398 アンが監査庁に捕まった
アンが捕まった。
その報せを聞いたぼくはデュアラル王国の西部ギルドへ足を運んだ。
人混みを避けて職員の部屋まで抜けていくと、ぼくに気付いたペルシェトさんが動いてくれて第二書庫まで一緒に小走りで向かった。
「何があったんですか!!」
「落ち着いて。とりあえずは、ね?」
「落ち着いてます! どういう状況なのか詳しく教えてください!」
焦る気持ちを堪えるが、全てを我慢できるわけがない。
「だって──アンは……ぼくと同じ様に……二次転職の依頼を受けてるはずで」
頭がこんがらがって、意味がわからない。
「なにが、どうなって……アンは……監査庁にっ」
「心配はせんでも良い」
がらがらと扉を開けて出てきたのは、
「……ティナ、先生」
こんな時にでも悠長にパンを食べている先生だった。
「それって、どういう……」
「コレはワタシとナグモの計画の一部だ」
「アンが捕まることが、ですか……?」
「あぁ。とある奴を引きずり出すための餌になってもらった」
「……アンには……それを伝えてるんですか……?」
「死ぬな、とだけ伝えてる」
淡々と話すティナ先生にさすがのぼくも怒りが頭に上り、先生の前に立ちはだかった。
手はギュッと握って。ちょっとだけ大きくなった背丈で先生を見下ろす。
「先生の無茶振りには、さんざんと付き合ってきましたが、これは、いくらなんでも」
「じゃあ、これから先も情報を流されても良いのか?」
「話が見えません。関係のある話ですか」
「あぁ。これは、ナグモが前々から考えていた計画だ。……おかしいことに気付かんかったか?」
「なにが……」
「お主とあのクソガキの情報が流されとることに。今回の個人宛の依頼、その前の大人数でのクエスト。全部に冒険者組合のタヌキが関わっとる」
「…………」
個人宛の依頼では、略奪が横行している村に派遣されて。
依頼自体も白金等級では足りないレベルの依頼を渡された。
「大人数でのクエスト……は、特に、なにも……」
「本当か?」
「はい」と口に出した後に思い出した「……いや」
──ギルドの上の人らが勝手に呼んだから、何か起きると思ってたんだよなぁ。
狼人は最初に呼ぶつもりじゃなかった。
そして、その狼人は匂い袋を使ってモンスターを呼び寄せ……ぼくとアンとケトスを狙ってきた。
……彼らが加入している血盟は──
「フーシェンが、まだ……絡んでるんですか」
「ようやく追いついたか。ギルドがお主を匿っとることで下手に手出しをできなくなったから無理な依頼を流したり、フーシェンに依頼先の情報を流して殺そうとしておる。ここでケリを付けておかねばずっとつきまとってくるぞ」
……先生の言いたいことは分かる。
確かに、フーシェンは厄介な相手だ。
アンをしつこく狙うロバートが出資している先の血盟。
「でも……アンが捕まる必要があったんですか……っ?」
それでも、捕まる前になにかできたハズだ。
冒険者組合のタヌキっていう知らない人がボロを出すまで待つとか、依頼に関わってるならその証拠を集めて組合長に掛け合ってみたり。
「もっと、別の方法があったんじゃないですか……?」
「あったとしても時間がかかる。あいつには捕まってもらうのが一番手っ取り早い」
「それで……アンが酷い目にあったとしても……ですか」
「……お主が優しいのは分かっておる。が、監査庁に捕まったとして……あやつは転生者じゃあないんじゃろう?」
「はい……」
「じゃあ、なぜ、監査庁は捕まえた?」
「それは……アンが、闘技場の件で」
「だとしても転生者じゃなければ、監査庁は殺すことができない。その権利がない。彼らは組織であって、罪人を罰せれるような場所ではないからな」
「ちょっと……待ってください……話が」
「詳しくは、目で見てくると良い」
というと、先生は衣嚢から手紙を取り出していた。
「ナグモを通じて、連絡が来ていた。国定魔導士殿に王国が用事があるみたいだぞ」
「このタイミングで呼ぶ……ってことは」
ぼくは呼ばれた理由に心当たりがあった。
◇◇◇
王城にアイリスの姿で足を運ぶ。
廊下で軍人に挨拶をされたが、簡易的な会釈で済まし、呼び出してきた主がいる部屋まで。
ノックを四回。そして入る時の自己紹介はコレ。
「アイリス国定魔導士。入室いたします」
「やぁ、助手くん」
「先輩……呼び出された理由をお聞きしにきたのですが」
「まぁ、そう急ぐな。……といっても無理か。助手くんもワクワクしてるんだろう? 転生者と会えるかもしれないって」
上機嫌に上位森人の長耳を揺らし、持っていた新聞を机の上に放り投げた。
「既に話はそれとなく聞いてるんだろうけど、転生者だと疑われてるヒトが捕まったっていう話だ。が──」
ルル先輩は足を組み替えて、こっちに近づいて来るように指をクイクイとした。
耳を近づけると、楽しそうな声色で。
「そのヒトが捕まった瞬間を私は見た。あれは良い戦士だ」
「見た……というのは」
「おそらくだが、その転生者だと疑われている分血の暗黒森人が捕まったのがイニシアの森の第七区画にある崖上の砦。あそこには侵入者が来たら分かるように私が研究に研究を重ねた騎士を配備しててね。それには天瞳も備えていて…………っと」
魔法陣を展開し、何やら文字を埋め込んでいくと目の前にボードのようなものが表示された。
もっと近くにこいという手招きを受けて一緒にそのボードを覗き込んでみると──
そこにはアンがいた。
古びた場所。列柱が立ち並び、明かりも何もない場所の扉をアンがゆっくりと開けて入ってきてオーガと戦う姿。
オーガを倒した後、何者かが現れた。それはフーシェンと……
「これ、奴隷商人ですか……?」
「だな。声までは聞こえんが……隷属の印でも使ったか。ここ、ほら」
一時停止、巻き戻し機能もあるのか。すごいな。
いや、映像記録媒体よりも高性能な魔法って……。
そういえば、この人賢者だった。
「殴りに行こうとした体が急に動きが止まってる。新聞にも書いてあったんだが元奴隷なんだろう? 主人がいるなら奴隷商人は隷属の印は解除をしておく必要があるはずなんだが……市民に戻る手続きは数年前に撤廃したばかりだし」
「そういうのがあるんですか?」
「あぁ。奴隷を買うような人は貴族やどこかの豪商くらい……たまに一般の人も買うか。そういう人が良く忘れるんだ。というか、奴隷という階級自体、面倒な手続きが多いっていうのに……」
「じゃあ、コレは」
「不正だ。そもそも、主人が手続きをしておらんでも主人が生きてる間は所有権は主人のモノだ。奴隷商がコレをすることは犯罪行為だ。この子の主人は生きているんだろう」
「えぇ。生きています」
「なら、これは犯罪だな」
「………………」
コイツら……その隷属の印っていうのを解除せずに、こういう機会を待っていたのか。
そこまでやるのか。……クズめ。
「だが、なんだかよくわからないがこの娘は勝った」
「えっ……あ、ホントだ」
「捕まったのはこの後だ」
魔法陣のルーンを組み替えて、広場のような場所に視点を変えた。
凄いな……なんでもありか。
「ここにいるのは監査庁。そろそろ出てくるハズだ……ほら、出てきた」
「……待機していた監査庁に捕まったということか」
「まぁ、あれほど敵を倒せれるような娘は転生者の可能性も高いか……」
ルル先輩は唸る。
「……わたしを呼んだ理由は、その転生者を殺す役に選ばれたってことですよね」
「あぁそうだ。監査庁側も新たな賢者の就任に興味を示しているようでね。ぜひ、一緒に仕事をしたいのだと。久々の転生者疑いの人物だからねじ込むのは難しいかと思ったが、なんとかいけた」
ありがとうございます。先輩。この映像を見せてくれて。
そのおかげで、不安とか、焦りとか、そういう類の情けない感情が、アンに酷い目を合わせた奴を懲らしめたいっていう怒りに変わった。
「その前に会わせてもらえませんか? 転生者の顔を拝みたいので」




