397 二重の罠
地面に伸びている男たちの体を乗り越えながら、最奥の間から出ていく。
これが二次転職の依頼ということなんてすっかり頭から抜け落ちているが、とりあえずここから早く出て、あるじの元へ行かなければならないという思いで足を動かしている。
オーガ。フーシェン。
その二つの手先で拘束できると思っていたのか、階級も金等級の冒険者がほとんどだった。
比較的簡単に倒すことができたが……それでも殺さぬ手心というのはいつでも疲れるモノだ。
(殺していたら、そっちで罪をふっかけてくるかもしれないからな)
奴隷商人は殺しておきたかったが。まぁ、運が良かったから見逃してやろう。
なにより、機嫌が良いからな。
「それにしても、感知が効かなかったな……」
あの砦の中には何かしらの結界が張られているとみていい。
感知系の魔法を阻害するような何か。王国間の戦争の時の名残でもあるのだろうか。
だからこそ、オーガが住処にすることができたのだろう。あそこを拠点にすれば感知系のスキルを持っている冒険者にもバレずに繁殖することができて、安全に縄張りを広げられる。
知恵のあるモンスターというのは厄介だな、本当に。
そして、それに目をつけたフーシェンが……わたしに依頼を発行。
もし、近くに冒険者がいたとしても感知系魔法で気づかれないように。
人目に着かず、王国の結界外で、最悪暗殺をしても放置しておけばいい場所。
(用意周到ということか。……小賢しい)
フーシェンだけでできることなのかは分からないが……冒険者組合にもフーシェンの関係者がいると見ていい。
だが、とりあえずは……まぁ……障害になる奴もいない、だろう、し──
砦の入り口を開いて、外の光を浴びると──目を見張った。
「あ? なんで、女が出てくるんだよ」
「フーシェンの皆さんはどうした」
そこにいたのは、黒い服を身に着けている者たち。
掲げているのは……
「……あ、……え」
おもわず、後退りをした。
──両親と暮らしていた所にやってきた組織が掲げていた旗。
──父を殺した者が身に付けていた旗。
彼らが掲げているのは、監査庁の旗だ。
「どうした? そんなに怯えて」
まずい。
動揺が顔に出てきた。
なぜ、コイツラがここに。
「待て。……なぜ、オマエはそんなに血まみれなのだ?」
「これは……モンスターを、殺して」
「……オイ。部隊を編成し、砦内に入って調査を行え」
リーダーと思しき人物がそう命令し、即座に5人がわたしの横を抜けて砦の中に入っていった。
「お嬢ちゃんはなんでこの砦にいたのかな」
「わたし……は、二次転職の依頼で……」
「それ、みせてくれるかい?」
言われるがまま依頼書と説明書きがされていた紙を渡す。
男がそれを見るのが時間が長く続く。重く、苦しい時間だ。
そして、男は後ろにいた者たちとなにやら耳打ちをしはじめた。
──大丈夫。大丈夫……だって。そのはず。
この依頼は、わたしに向けて出された依頼書だ。
元をたどればさすがに依頼発行先が出てくるはず。
それに、うん。……さすがに、だって。
「………………」
「あの、えっと……わたし」
「フーシェンの彼らが持っていた依頼書と全く同じモノじゃないか」
「…………え?」
「だから、コレ。フーシェンが持っていたモノと同じなんだよ」
男のいう言葉が全く理解ができなかった。
だって、そんなはずがない。
「違う……ちがいます。それは、わたしがもらった依頼で」
「しかし、我々側に依頼をされたのもコレでな。人型の何かが砦に巣食うっているという話で、フーシェンが我々に応援を要請してきた」
同じ依頼……?
「……そんなはず」
「あぁ、ちょっと待て。確かに違う所がある。フーシェンの依頼書には『転生者の可能性がある』と書かれていた」
「……てん、せいしゃ?」
「そうだ。キミの依頼書には……何も書かれていないな。日付が違うんじゃないのか?……ふむ、日付が書かれていない、か。これはここ最近発行されたものかな?」
「はい……そうです……そのはずです」
そういって俯くと、監査庁の男は顎に手をやって悩む素振りを見せた。
「…………お嬢さん。私は疑っているよ。キミのことを」
「……え?」
「転生者がいると言われていた場所にキミがいた。そして、フーシェンの冒険者は帰ってきていない。フーシェンの冒険者とは会ったかい?」
「………………」
会った。
会って、無力化した。
でも、それをどうやって説明する?
どうやったら監査庁が納得できる説明ができる?
「──隊長! 中でフーシェンの皆さんを確認しました! 皆さん意識不明の重体です」
「ほぉ……」
男の視線が再び、血に塗れたわたしを捉えた。
「お嬢ちゃん。ちょっと、聴取をさせてくれないかな」
──あ。
「なん、で」
──そんな。これ、まさか、ここまで……全部が、罠だったってこと……?
目撃証言なんてない場所で。
フーシェンと奴隷商が結託して入ってきて、私を殺そうとして。
殺せなかったとしても……監査庁を外で待機させて──
「なに、ちょっと話を聞くだけさ。怯えることはない」
監査庁相手に暴れると……あるじにまで調査が及ぶ可能性がある。
ここは……大人しく、付いていくしかない。
「…………」
自分が罠に嵌められるとは……思ってもみなかった。
ここまで用意周到に。
まさか、フーシェンが自分たちが負けた後のことも考えて動いていたなんて。
この日、アンは監査庁に捕らえられた。
数日後、新聞で『下位ダンジョンの最速記録保持者、転生者疑いで逮捕』と大々的に報道されたのは言うまでもない。
アン・アルジェントは闘技場の最長連勝記録保持者と同一人物であることも書かれる始末。
このことにより、最速記録のことが再び話題に上がり、世間の注目の的になった。




