396 隷属魔法
「まずは話を聞いてほしいんや、混血ちゃん。まずな──」
ガシャンッと音が鳴った。
わたしが男に向かって角灯を投げて……フーシェンの男が捌いた音。
「フゥッ──フッ──!!」
「獣みたいな声ださんと。話を聞いてほしいだけやんか。なぁ?」
男は胸元にある衣嚢から、とある紙をその中から取り出した。
「混血ちゃんは元々戦闘奴隷やんか? 首輪はもう外してもろうとるみたいやけどさ。でも、契約書はちゃんと読んだかな? あぁ、それとも……渡すのを忘れてしもうたかなぁ〜?」
ぺら、と紙を投げて渡してきた。
足元に落ちた紙を拾い上げ、警戒をしながら目だけをゆっくりと紙の上に滑らす。
「奴隷から一般市民に戻るためには手続きを踏まないとならん。混血ちゃんはまだ奴隷。首輪がないけど、ただの奴隷となんら変わりない。で、あるじを失った時に奴隷がいまだに市民に戻る手続きをせずに奴隷だった場合は──その所有権は、奴隷商が持っているものとする」
「…………」
「つまり、混血ちゃんの所有権は、オレらにあるんよ。ほら、尻尾ぐらい振れや」
「……お前らは何を言っているのか分かっているのか?」
「なに? 質問? ええで、聞いたる」
「わたしはまだあるじを失ってはいない。所有権はあるじにある」
「あぁ。えーと……クラディス・ヘイ・アルジェント……っけ? あの子いい子よなぁ。今、混血ちゃんと同じように二次転職の依頼を受け取る途中やろ?」
「……なぜ、そこまで知っている」
「だって、転職の依頼を出したのオレらやし。この依頼に決めたのもオレら。あんたの主人に依頼をしたのもオレら」
男の言葉を聞いて、背筋が何かになぞられた気がした。
「貴様ら……あるじに何かしたか?」
「オレらは何もしとらんよ。ただ、なぁ〜? 村ってのが金持ちな訳がないやん? 小さな村になればなるほど、扱いやすい。……いやぁ、ほんま、無事やとええなぁ、あんたのご主人サマ」
プチッと脳内で何かが弾けた気がした。
その音が戦闘開始の鐘の音の代わりとなり、わたしの体は宙を裂くように移動をした。
「ぶち殺す──」
「なんの対策もせずに来たと思うとるん? 【止まれ】」
「!?」
男の声が聞こえた瞬間、ガクンッと勢いが殺され、地面に無様に落下した。
体の芯からなにかに引っ張られたような感覚。
「おい、今のうちや。混血ちゃんを捕まえ」
「ッ!」手で体を起こし、近寄った男の顔面に向けて蹴りを食らわそうとすると。
「!? おいおい──【暴れるな】」
「グッ!?」
また体が硬直がした。
「ったく、足なんてきったねぇモン向けやがってよォッ!」
ガシッと足を握られるて放り投げられ、私の体は奥まで飛んでいく。
「──……」
硬直が解けずに背中から壁にぶつかった。
受け身も取れず、ズルズルと地面に伸びて、心臓が動揺しているように激しく脈打っているのが分かる。
「なに投げてんの。捕まえろちいうたやんか」
「あんな元気な奴を捕まえるってのも無理な話だろ。……オーガと戦わせたんだろ? なんで、アイツ……まだあんなに動けるんだよ。もっとその隷属魔法ってので強力な命令を飛ばせれねぇのか」
「はぁ? なに言うてんねん。本来なら最初の命令で動けなくなるっちゅーねん」
視界が揺らめいた時に会話を聞いて、コイツらが物怖じせずに向かってくる理由が分かった。
隷属魔法。
おそらく、奴隷が何かしらで拘束や首輪を外した際に使うための予備の魔法。
……わたしが奴隷に落とされた時から施されていたモノ。
それがあるから、アイツラは堂々とわたしの前で立って、あるじを馬鹿にした。
あろうことか……あるじの依頼にも何かしらの細工をしている。
──「心配をしている訳じゃないが、死ぬなよ?」
(アイツ……何か知っていたのか? こういうことになるってことが……)
依頼書を持ってきたのは、あのクソガキだ。
だったら何かしら事情を知っているのかもしれない。
問い詰めて吐かす必要がある。
だから、その前に……コイツらをぶん殴らないと。
「オイ。拘束するから、もう一回魔法を使え」
「うっさいねん。はぁ〜、【動くな】」
男の足音が聞こえる。近づいてくる。
動けないわたしの体を拘束しようとして。
ゆっくりとゆっくりと近づいてきて。
腕を伸ばした瞬間に──腕を逆方向に捻じ曲げた。
「ギャアアアアアアアアアアアッ!?」
「なにがッ──おい、奴隷商人! オマエっ!」
「【動くな】──【止まれッ!】」
言葉が聞こえるが、わたしの体は動き続ける。
近寄ってきていた男たちの頭の上を足蹴にして、奴隷商にまで飛んでいって顔面を鷲掴みにした。
「なんっ──でっ」
そのまま後頭部を扉の破片の上に差し込み、吹き出た血液を顔で浴びた。
それらを拭いながら、生きていた場合は喋れないように顎の骨を踏み潰して砕いておく。
「ガッ──」
生きているか。まぁ、殺す価値なんてないしな。
「よし。これで、術者は黙らせた。あとはお前らだけだな。フーシェン」
「おまえ……どうして、うごけて……」
「どうしてって言われてもなぁ……」
男の問いに目を上に上げた。そこには、いつもとは違うボードが浮かんでいる。
【個体名:アン・アルジェントは 最上位種の従者です】
【隷属魔法の抵抗に成功しました】
【隷属無効が与えられました】
「ふっ……」
どこかボードも楽しそうにメッセージを発している。
従者契約をしていないのに、従者と言われた。
隷属無効ということは、あるじに護られているということ。
「ふふふ。あるじに……まもられてる」
離れていても、わたしのあるじは……やはり、素晴らしい御方だ。
「あー、なんか楽しくなってきた!」
グググッと背筋を伸ばし、足を竦ませている男たちに指を向けた。
「とりあえず、お前に恨みはないから……半殺しだ」
砦に悲鳴が響き渡ったが、知ったことか。
これが終われば、すぐにあるじの元へ行かなければならないのだ。




