395 砦内掃討
砦内はこんなもんか。
オーガ三体と、オークが五体。
大型のモンスターばかりがこんな砦に巣食うだなんてな。
「……本来なら、王国側が管理しているのだから……なにかしてほしいものだが」
それこそ、警備とか、なんとか。
「それにしてもオーガか。……この森では見たことがなかったな」
この森は本当に広いから、まだ会ったことのないモンスターがいる。
羽の生えたモンスター。地面から出てくるモンスターなど。名前は知らないし、会う予定もない。
が、オーガの生息地としては……もっと奥の方だったと思う。
(縄張りを広げた? だとしたら厄介な奴がいるかもしれないな)
砦内はあらかた探索をし終えて、後は階段を下っていった先にある地下だけ。
この階段も深く、天井が高い。化物が移動をするにはもってこいの階段だ。
降りていくと、通路が見えた。日光の入らない通路には明かりはない。なので、ポーチから角灯を取り出して進むことにした。拳術家としては片手を封じられるのは痛手だが、仕方ない。
「……っと、扉……」
禍々しい模様の大きな扉。なぜ、このようなモノが地下にあるのかは分からない。
頭に浮かんだのはダンジョンの危険指定階層だ。
グッと手に力を込めて押してみると、ギギギギッと錆びた鉄が床と擦れる音が聞こえ、砦内全体に響くほどの音を立てて開いていく。
「重たいな」角灯の持ち手を口に咥え、空いた片手も力を加えた。「扉だろ、開け」
バタンッと扉が開くと、そこは列柱が立ち並ぶ空間。
砦の中で戦った相手といえば、冬の山のゴブリンキングとの戦闘が思い浮かぶが、あそこよりも丈夫でしっかりとした造り。
ただ、あそこよりも薄暗い。何かいたとしても分からない程の暗さに、目を擦って──角灯を投げた。
風を切る音が二つ聞こえ──次の瞬間、バタンッと後方で音が鳴った。
「はぁ。どうも、ここは感知が効きにくいらしい」
夜目は効くからソイツの姿はよく見える。
何も持っていないオーガの……おそらく、進化個体が二体。
「ふむ。扉を強引に締めて殺すつもりだったのか? 変な奴ら」
あれほど重たい扉を両脇から壊すほどの力で殴り、間にいたやつを挟んで殺そうとする。
その拳で狙うよりかは確かに範囲は広い。が、なんというか、まぁ、人間にはない思考回路だ。
──敵はコイツらだけか。
扉を殴った拳から煙を放ちながら、こちらをゆるりと振り向いた。
「なにが人型モンスターだ。──ただのモンスター討伐じゃあないか」
冒険者組合が発行したというのに、かなりお粗末な依頼だ。
そもそも下位魔族だと確定していたら、一人に発行をするような依頼ではないのはそう。
じゃあ、この依頼っていうのは……なんだ?
なにか……少し、違和感のある依頼だ。
冒険者組合らしくないというか……まぁ、それもどうでもいいか。
「じゃあ、やろうか。鬼共」
地面に転がった角灯から明かりが消えると、戦闘が始まった。
──アンは知らない。オーガの脅威度というモノを。
モンスターの中の序列でいうと『強個体』に位置する彼らの脅威度は『B』にも匹敵をする。
これが通常個体の脅威度。つまりは、オーガは通常個体でゴブリンキングと並ぶ脅威度を有している。
そして、その進化個体である。脅威度は跳ね上がり、A-〜A+に位置する。
一部下位魔族。そして、渡黒鴉の青年期の脅威度と同程度。
それが二体ということは、主に、白金等級のパーティーがフル装備で挑まなければならないレベルだ。
一人の銀等級の冒険者には勝ち目のない戦闘であることは確かだった。
としても、彼女を普通の銀等級の冒険者だと見なすのには難しい。
「オーガって前も戦ったけど、やっぱり戦いにくいな」
はぁ、とため息一つ着いて、自分の拳殻を回して確かめた。
「終わりかな。じゃあ、帰るか……討伐証明は何を持って帰ったらいいんだろう」
一等級戦闘奴隷の時を思い返す。
闘技場で、モンスターとも戦わされたことがある。その時にオーガなんて常連も常連だ。
あの時は苦戦したが、ちょっと簡単だったかも。
(あの時よりも強くなってるから……そりゃあ、負けないか)
強敵と戦いすぎて感覚がおかしくなっているみたいだ。
最近は自分に自信が持てなくなってきていたからな。
どれもこれもあのクソガキの影響に違いない。あるじはよくあの訓練をして心が折れなかったのだと思う。
「……」手をグッパしてみて感触確認。
「うん。じゃ、とりあえずは腕でも持って帰るか」
オーガの腕ならオーガって分かるだろう。なにも耳じゃなくても……。
――カチャ。
「……? 今、動いたか?」
動いたのはオーガの死体ではない。物音が鳴った方に目を向けると、そこには白い鎧が突っ立っていた。
入ってきた時からあったのは気づいていたが……なんだ? 今の音は。
「気の所為……?」
「おお〜、まさか……生きてるとはな」
「!?」
飛び退きながら振り返り、武器を構えた。
入り口に見えるのは男が数名。
──気配が全くしなかった……。
声の主が特別秀でているという訳ではないのだろう。この砦に入ってきたときから、おかしいところがあった。
オーガが接近しても何も感じなかったということ。
まるで、なにか、感覚を阻害するような結界が張られているような感覚。
「……どうしてこんな場所にいる」
「そりゃあ変な質問だな。なぁ? 727番よ」
──ピクっ。
瞼が痙攣した。その名前は捨てたハズだ。
「お前ら……何者だ」
問うと、男たちは腕を捲り、入れ墨を顕わにした。
フーシェン。元、上位血盟だったこの大陸で最も血盟員が多い血盟。
そして──アンの前の持ち主が出資している……ズブズブな関係の血盟だ。
「ロバートの犬が、何の用だ」
この依頼は冒険者組合から発行された依頼だ。
だというのに、フーシェンがここに居合わせることなど無いはず。
……これは、何か……。
「おいおい〜。そんなけんけんすんなって。俺たちは仲間だろう?」
「失せろ。貴様ら汚泥と仲間になった覚えはない」
「一緒さ。意志もなければ、言われたことしかしねぇカスみたいな存在。それが俺らだろ?」
「言っていて悲しくならないか? 貴族に媚びへつらう犬の自覚はあるようだな。今回のコレも飼い主からの依頼か?」
「……ふふふ。まぁ、そう強い言葉を使うな。尻尾の振り方を考えた方がいいぞ?」
「わたしにはあるじがいるのでな。悪いが、他人に振る尻尾なぞない」
この距離なら殺せる。
相手は五人。三秒もあれば首を吹き飛ばせる。
「ですって。どうします?」
男が振り返った瞬間を狙って、踏み込もうとした──
「そうですね。まずは、誤解を解きましょうか」
その後ろから出てきた男を見て、頭の中がチカチカと明滅した。
古い記憶の中にいる。狐のような顔をしている黒い服に身を包んだ男。
ロバートの屋敷で働かされていた時、いつまで立っても心を開かなかったわたしを闘技場の戦士にしましょうと提案をした男。
そして、あるじが私を引き取る時に契約を結んでいた男。
「おまえは……奴隷商の……!」
「やぁ、ひさしぶりやね。出来損ないの混血ちゃん」
男は糸目をゆっくりと開いて、簡単なお辞儀をしてきた。




