394 二次転職の依頼(アン)
朝起きたらあるじがいませんでした。
わたしの名前はアン。クラディス様に仕える従者。だが、主従契約は結んでない。
あるじが妹に色々と報告してから、やけにぐっすり眠ることができていた。
悩みが一つ消えたというか、のんびりできていた訳だ。
そうして、ぐっすり寝れた今日。朝起きたらあるじがいなかった。
その代わりにいたのが……
「よっ」
「…………」
ティナという名前のクソガキ。
なんだか長いパンを咥えていた。玄関の鍵は持っていなかったはずなので、あるじが入れたのだろうと思うが、朝から見たくない顔なのは間違いない。
話によると、あるじは二次転職の依頼へと向かったらしい。
本当にわたしのあるじは休憩するということを知らない。それで、その依頼とやらがわたしにも渡された。
内容を確認して、まぁ、なんとも簡単そうな内容だった。
依頼は簡単。ただ達成をすればよし。後は冒険者と手合わせなんだろうが、それで拳術家になることができるのだという。
わたしはあるじの付き添いで登録したから、そこまで冒険者にこだわっているわけではないが……あるじと組めなくなるのは困る。
妹は冒険者に登録はしてはいるが、依頼の一つも受けやしない。
わたしが起きた今でもまだ寝ている。ほんとうにアイツがあるじの妹だと信じられない。
「じゃあ……依頼をしてくればいいのだな」
「おうちょっと待て」
出ようとした首根っこを引っ張られ、玄関に留まらせてきた。なんなんだコイツ。殺してやろうか。
「心配をしている訳じゃないが、死ぬなよ?」
「……わたしがこの程度の依頼で死ぬとでも?」
「行ってみりゃあ分かることだ」
「ふん」
あるじは「他人には愛想よく」という言葉をよく言っている。
シタシキナカニモレイギアリ……とかなんとか。仲良い人にも親しみを込めて話そうと。
だが、コイツは例外だ。親しくないのだ。つまり礼儀もなくてよし。
「それじゃあ行くが、戸締りはまだ寝てるアイツにさせろよ」
「ふん〜。まぁ、せいぜい頑張れ」
あれだけの訓練をしてきながら心配をしてくるなんぞ、過小評価をしすぎではないのか。
◇◇◇
あのクソガキから受け取った依頼の内容は、『砦に巣食う人型のなにがしかの討伐』というもの。
推奨されている階級は白金等級。依頼者は冒険者組合。
冒険者組合から依頼をされるモノとしては「冒険者からの被害報告」によって発行される依頼がほとんど。
金等級未満の冒険者がここら付近で依頼があって失敗した。その失敗理由がこの砦のモンスターだった、というものだろう。
なので、この場合は調査などをする必要性もない。というかできない。
依頼主がいるならソイツに聞けばいいのだが、依頼主が冒険者でそっちの情報は冒険者組合が持っている以上、持ちえている情報はこの依頼書にかかれていることで全て。
「砦に巣食う……人型の何か。モンスターだと思われる、か」
(魔族じゃないのか、それ)
見上げたそこは、勉強会の時に学んだ場所。
イニシアの森の第七区に当たる崖上にある古びた砦。かつて王国が王国間戦争の時に活用した砦なのだという。
砦の門を見上げると、何かにぶち開けられたような形に壊れている。
オークのでっかいのがこれくらいだったか。
「まぁ、どうでもいい」
砦の中に入ると、広場のような場所。砦とされる建物までの地面が砂で埋められた空間。
周りにある壁は尖塔と尖塔をつなぐ橋にも代替されている。昔はあそこで人が立って監視などを行っていたのだろうと思える。
建物の中に入ると、一気に雰囲気が変わった。
暗がりの中にわたしが入ってきた所から差し込む光の柱。そこにふよふよと浮遊する埃。
──の割には、そこまで汚くない。
「ふむ……手入れがされているのか」
家の掃除をあるじとやることが多いが、家ですらすぐに埃が出てくるのだ。
こんなに大きかったら。いや、まて、埃って……なんだ? 埃ってなんで出てくるんだ?
「今度、あるじに聞いてみるか」
足をコンコンッと地面で鳴らすと、スッと視界の端に黒い影が揺らめいた。
「…………人型モンスターではあるが……ちょっとデカいか」
現れたのは鬼の顔。オークよりも太く、腕や足に砲丸でも詰まっているのかと思うほどに膨れ上がっている化物。
「オーガ。冬以来だな」
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
見上げるほどに高く、この建物の天井に頭がギリギリというもの。
砦の扉がぶち壊されていたのはコイツのせいか。
「あるじは会話ができると言っていたが、コイツも話すことが出来るんだろうか」
岩のような拳が降り注ぐが、正面から殴り返して横転させた。
「まぁいい。砦の中もくまなく調査をしないとダメなんだろうし……」
面倒だが、依頼ならばやらねば。
あぁ、早く帰ってあるじのご飯を食べたい。




