393 急報に急く
「どうします? ウェルカム状態ですけども」
急になんでそんなことを言い出したんだ?
……前のことをまだ言ってるのかな?
直近で思春期だかなんだかって話があったばかりだし、そういえば「エリルをそういう目で見れない」的なことを言った気もする。
「そんなにキスしたいのぉ? イヤらしいなぁ」
「減るもんじゃないですからね!」
両手をバッと広げて、片目だけを開けてチラチラとこちらを見てくる。
この雰囲気でよくそんな感じにできるよ。エリルにとってはちっちゃな話なんだろうなぁ。
「もっとムードとか」
「そんなの考えるのは初めて同士だけですよ! 男と女! 周りにはなにもない! やることは一つ! さぁ!」
どーん、と構えるエリル。海外ドラマでも履修したか?
戦いが終わった後に急にイチャイチャしだすってのはそうだけど……でも、まぁ。
「……いいよ。じゃあ、やろっか」
「ふぇっ……えっ、ほんっ、うぇっ」
「あははは、耳まで真っ赤。押し返しただけだぞ〜?」
押されるとは思ってもみずに煽ってくるだけ。エリルらしいといえばエリルらしい。
「でも、そこまで言ってくれるなら」と歩み寄って行く。「エリル。止まって」
「は、はいっ……あのっ、優しく……」
広げられている両手の中に体を入れ込んで、後ろ首に手を回した。
体を覆いかぶさるようにして、口を近づけて。
「はぇ……?」
エリルはサッと頭の上に手を回して、その感触に触れた。
「あっ、髪の毛、ですかぁっ!?」
「恥ずかしいんだもん。いいでしょー?」
「緊張返せッ! 緊張返せッ!」
「あはは」
おでことか頬とかにキスするの恥ずかしい。
とくにエリルはいつも一緒にいるから、そういう雰囲気になると色々と困るのである。
だから、親愛を込めて、無難な場所に。
それでもポカポカ殴ってくるけど。いたいいたい。
「アレだけ慰めたのに! ファーストキスくらい奪ってみせろってんだ! いくじなし! 女たらし!」
「え”っ”、エリルってファーストキス……まだなの」
「あ”っ”……………………」
おっと。これは失言だったか。
「神様って、なんか、結構、そういうのって……」
神話とかでは執拗に女性を追いかける男性神とか、思わず孕ませちゃったてへ、みたいなのがたくさんあるから……神様ってそういうのはしっかりとしてると思ってたんだけど。
あら、あらあらあらあら……顔真っ赤になってるじゃないですか。
「わっ、わっ……たしは……観測者、とか、そういう感じ、なので……縁が、なくて」
「じゃあ、まともに男性と話したこととかも……」
「パパ……とだけ」
「あちゃあ」
「あちゃあってなんですかっ!! 焼きますよッ!?」
よしよしと頭を撫でて、クスッと笑った。
なんだか前より、エリルが可愛く見えてきた。
「だったら、なおのこと僕みたいな悪いやつに渡すなんて勿体ないよ。エリルは可愛いもんね」
「…………そういうのは、わたしが決めるんですよお」
「じゃあ、しっかりと決めて貰わないとだ」
話してたら皆の影が見えてきた。少し歩く速度を緩めると、それでも後ろに回っていたエリルが袖を引っ張ってきた。
「……私との時間、もっと増やしてください」
「寝る前とかいつも話してない?」
「もっと、です!」
「…………」
ジトッと見上げてくるエリルがとても愛らしく感じた。
でも、アンとああいうキスをした以上、浮気とかそういうのになるんじゃあないのかソレ。
う〜ん……でも、エリルとはそういうのじゃないしなぁ。
佳奈みたいな存在と言うか、うむ、身内……? 身内みたいなもんか。
「うん。分かった」
「〜! ほんとですよ! いいましたね! 約束ですよ! すぐに忘れたら許しませんからねっ!」
語彙があっちに行ったりコッチに行ったりしてるエリルに頷いた。
言っても、割と時間を取ってる方だと思ってたんだけどなぁー……。
まぁ、いいか。エリルと話すの楽しいし。
(って、身内……?)
待て。そういえば、クズな男は別の女性を「こいつは妹みたいなもんだから」っていうと聞いたことがある。
…………え、僕って……もしかして……。
いやいや、そんなこと……でも、傍からみたら……。
「…………まずい」
髪をかきあげながら顔を手で覆った。
あー、やだ。そんなつもりじゃなかったのに……。
僕ってクズなんだ……僕って。あー、つらくなってきた。
「ママ〜! 大丈夫だったー!?」
と、こちらに気付いたデイジーが飛んできた。
「うぉ、デイジー。連絡のとおりだよ。へーきへーき」
「それにしても寝込みを襲うなんて……オレらより野蛮だな人間……恐れ入った」
「その上、嘘を付き、命乞いと……」
あの人達の会話は全部、皆には筒抜けだったからびっくりしてる。
そうなんですよ。人間って実は恐ろしいんです。
「まー、あっちのことはもういいだろうから、ぼくらはキャンプの続きをすっぞー!」
「「「おー!」」」
切り替えだ。切り替え。
これからちゃんと修正していけばいいんだから。
逆に気づけたことを褒めてあげないとな! うん、そうだそうだ。きっとそれでいい。
「ますたー? わたし、いますからね?」
(うぐっ……分かってるよ、忘れてないって)
なんだか色々あったけど、しばらくはゆっくりと休ませてもらおう。
心と体的にも休む期間というのは必要なのだ。うむ。それに、中々会えないみんなとの時間ってのは大事だ。
そうして、皆と森の奥で過ごして七日目の昼に通信魔導具に連絡が入った。
その話を聞いて、ぼくはすぐに皆を元の場所に転移させて、家に急いで帰ることになった。
ペルシェトさんから舞い込んだ話は、とてもではないが信じられないような内容で。
だって、本当に……。
『クラディス君……落ち着いて聞いてね』
最初、神妙な声に違和感と緊張を感じた。
いつものペルシェトさんじゃないって、思って。
そして、紡がれた次の言葉を聞いて、風景が黒く見えるほど影が落ちた。
『アンちゃんが、監査庁に捕まちゃって……殺されちゃう』




