392 ひどい言葉が僕の最善だった
「なんであんな言い方をしたんですか? 珍しかったです」
「聞いてたのか……」
「真面目なますたーの雰囲気は大好きですが、ちょっと大人でクール系のますたーっていう新味だったので」
村から離れていく時にエリルが横に出てきた。
デイジー達は感知されないように遠い場所で待ってもらってるから、そこまでのおしゃべりタイムだ。
「……なんでだろうなぁ」
「いつものますたーなら、もっと優しくというか、ふんわりと伝えると思ったんですが」
「それじゃあ、あの子達が可哀想だと思った」
前を向いたまま呟く。
時計の針なんて既に真上から若干右斜に傾いているような時間だから辺りは真っ暗だ。
昔に転生した時に狼に襲われていたような時間よりも暗い。
「…………渡黒鴉の言葉じゃないけど、優しさにも種類があると思う」
そんな中で、特に舗装をされていない場所を歩く。
「あそこでぼくが優しく伝えたとして、事態を甘く飲み込めず、両親がやったことを正しく理解できなかった場合、何が起きると思う」
「んー、何が起きるんです?」
「彼らの中で、略奪が選択肢に入ったままになる」
まぁ、ありえる話だ。
「冒険者で上手くいく人っていうのは少ない。そんな中で村の方は定期的に収入がある。何をしているのかと聞くと、あのようなことをしている。で、男ならやってみせろ。女は外で万が一のことがあった時に動けるように、って言われる。で、成功して、お金を稼ぐ。すると、情報を共有した人としてその輪から抜け出すのが難しくなる」
昔ながらのというか……そういうのはいつの時代もある。
日本だって裏社会に行けばそういうのはゴロゴロとあるだろうし、学校なんかも「いじめ」っていう立派な犯罪が横行している。その輪に入ってしまえば、出ていくとその標的になる可能性がある。
ある種のコミュニティに属すのと一緒。そこから出るためには覚悟が必要だし、覚悟だけじゃなくて代償を伴う可能性がある。
「今回のアレで、略奪は悪いことで、残された側はこんな気持になるのか、って子どもながらに分かってもらえたら嬉しい」
「でも……あの年代の子に両親が居ないのは……」
「たぶん、そう。幸せにはならない。形だけでも両親がいる方がいい」
エリルの言いたいことは分かる。
あれくらいの時期の子どもに両親っていうのは大事な存在。
親離れなんてできるわけもない。教育上、親というほど偉大な存在はないんだ。
特にこんな犯罪が当たり前に横行している世の中では、何かあった時に駆け寄れる存在というのは必要だろう。
親という存在を失ったらどうなるかは、ぼくが一番良く分かってる。
でも、ぼくなんかがなにかできる訳でもない。
「こういうのは……難しい問題だよなぁ」
遠くを見つめて、呟いた。
…………ほんとうに、難しい話だ。
「……ますたーは優しいですよねぇ。殺されかけたのに」
ちょっと前にあるき出したエリルは手を後ろで組んだまま。
「優しくなんかないよ……。怖いから、他の人からの評価を気にしていい顔をしてるだけの偽善者さ」
「でも、すごく、辛そうな顔してますよ」
無意識に作っていた握りこぶしを解き、覗き込むエリルから顔をそらす。
そんなに酷い顔をしていたのだろうか。
髪の毛を直すふりをして、顔を手で隠した。
「エヘ。ますたー、笑ってください?」
「…………あんなことした後で……?」
「そうです。良いことをしたんでしょう?」
「……あんな、最低なことを……したんだよ?」
「でも、良いことです。最低でも、良いことは良いことなんですよ」
……そう、なのかな。
けど、この気持ちは良いことをした後のように晴れやかな気分ではない。
だから、これは、良いことではないのかもしれない。
「──……何が、正解か、分からないことが、多い」
前髪で顔を隠れるように俯いた。
「生きるって……難しいんだなって……つくづく思う」
「そりゃあ難しいですよお」
「成長したのは感じてるんだ。夜の道だって危なげなく歩くことができる。この前の麻央さんとの戦闘も、強くなったと感じた。けど……それでも、解決できないことが、多いんだ」
「そんなの当たり前ですよ。強くなっても何でもかんでもできるようになるわけじゃない」
「……それじゃあ、ダメなんだ……皆が生きやすい環境を作らないといけない。誰も、不幸にならないように、したくて」
目頭に込み上がってくる熱い感情を必死に抑え込みながら。
「本当は……、あの子達を助けたかった。子どもに罪はない。でも、きっと、不幸になる」
両手で顔を覆った。
涙が溢れてこないように。感情を外に出さないように。
「ああやって厳しくすることが、ぼくの最善だった。今のぼくの、できることだった」
泣いたらダメだ。
泣いたら、感情が流れていく。
「全員が幸せになる方法なんて無いんですよ」
「……分かってるよ」
「人っていう字は人と人が支え合ってできている! っていう言葉がますたーのいた世界にはあるんですよね?」
顔を覆っていた両手にエリルは優しく触れて、顔が見えるようにして微笑んだ。
「ますたーのおかげで幸せになった人はたくさんいます。ますたーは人を支えるための一本の線。それも大勢の人を支えているんです。あまり思いつめなくてもいいです」
指を『人の字』にして話すエリルは、寄りかかっている側の方の指をグググと強くして。
「結局、支えられる側も寄りかかってばかりでは人として成ることはできません。ますたーは頑張って支えようとした。だから、後は少年たち次第です」
今度はピシッと人さし指をたてて、背筋を伸ばして話し始めた。
「それに家を離れて冒険者で頑張って暮らしている子どももいますよ? 冒険者の先輩に世話を焼いてもらったり、牛舎で暮らしてたり、孤児院に行ったり。むしろ、冒険者になる人っていうのはそういう人が多いです。村の仕事を継ぐのが嫌だから冒険者になるんだ! って出る子がたくさんいて。で、上手く行かなかったから家業を継ぐ。今回のコレはあの子達にとっての岐路だと思えばいいんですよ。で、岐路に対して茶々を入れることはNGです。優しさは依存されやすいので。自立するために、放置が適任かと」
言い切ると、ドヤッとした顔を向けられ、人さし指で眼鏡を押し上げるような動作をしてみせた。
「……エリルに慰められるの、久しぶりだな」
「最近のますたーは慰めずとも自己解決できてましたから。ちょっと寂しかったんですが……久々のお姉さん発揮です」
「手を貸しすぎるのも彼らのためじゃないっていうのは、そうなんだろう。けどなぁー……」
「ぶっ殺そうとしてきたガキなんてひねり潰せばいいんですよ」
「うわっ。口悪っ」
でも、そうだよな。命を狙われたんだし、そこまで手を貸す必要はない。
それに……一応は、組合の人達にも事情は説明をしてるしな。
悪いようにはならないだろう。
(山賊の首を懸賞金に変えて、支援をしようと思ってた……)
昔の自分ならやってた。でも、それは最適ではない。
ぼくにも生活があるし、村の子どもだけでも何人いるか分からない。そこまで金持ちではないから。
それに、ペルシェトさんから聞いた話。
あの村があるここら一帯は──ロバート公の領土。
(渡したカネが、アイツの資金に回る可能性だってある)
……やっぱり、ぼくは良いやつじゃないな。
あれこれ言い訳をして、子どもたちを支援しないようにしてるんだから。
「わたしはますたー大好きなヤツなんで。ますたーを全肯定しますとも」
考え込んでる視界にエリルが映り込んだ。
「なので、我慢できなかったら……手を出してくれても良いんですよ?」
「……へ?」
なんだ、突然。わ、なんでそんな顔してるのさ。




