391 死んでも文句を言うなよ
「……へ…………?」
ぼくの気持ちを察するのには時間がかかったみたい。
信じられなかったのだろう。ぼくの見た目は子どもだ。情に訴えたら逃してくれると思っていたんだと思う。
けど、そんな訳がないでしょう。許すわけがない。
「ッ──!! 逃げれる奴は逃げろ!! 今すぐにッ! 捕まる前に逃げろっ!!」
男は声を張り上げた。外にいる女性達だけでも逃がそうとしたのだろう。
(まぁ……そうなるか)
ぼくの拘束は届いていない。
でも、たぶん、そろそろかな。
『──────────』
村全体が揺れるほどの咆哮が聞こえた。
ぼくがいる宿も揺れて、男たちは怯えるように頭を下げた。
「ばっ、化物……!?」
「今のは一体……!」
「なんの音だ!?」
あの声は、デイジーかな。ママ渡黒鴉と似た咆哮だ。さすが親子。
それに連なるようにドスドスと足音と、大風が村を巻き込んだ。
「モンスターが襲ってきたのか!?」
「これはなんだ!? どうなってる!!」
「嵐が、嵐が来たのかっ……!?」
ダンカンの足音と、モンドの風魔法かな。
三人には通話を繋いでおいた。向こうの声は聞こえないように施しているが、コッチの声は向こうに届いている。
それを聞いた彼らが飛んできてくれた訳だ。魔法陣は別に真正面に置かなくてもいいからな。ベッドの下に忍ばせてもらってます。
「大丈夫だよ。だから、誰も殺すな」と耳に手を当てて言った。
さすがにそこまで暴れることはないとは思うけど、一応だ。
窓から見える外では、女性たちが震えて動けなくなってる。普通の人ならそりゃあビビる。
万が一のことがあるから外に出ておくか。魔素で縛っている都合上、あまり外には出れないけど。
「…………? あんた……一体、なにものなんだ」
そんなことを聞かれても困るので、答えずにその宿を後にした。
外にでるとバタバタしてたから子どもたちが起きてきたのだろう。
窓から覗いていた顔が、僕の顔を見ると外に出てきた。
「クラディスさんっ……これは……」
「…………」
「クラディスさん……? お母さんも……」
寝巻きのままの少年少女が怯えながらそう聞いてきた。
「これって……なにが……ママ達はなんで武器を持って」
ぼくの後ろにいる、咆哮と嵐に怯えている母親を見て、村を見回して……一番冷静なぼくを見上げた。
「モンスターが襲ってきたんですか……? だから、それで……」
「でもそれだったら……パパたちが家の中にいるのは……」
「これが、キミの住んでる村の収入源なんだってさ」
「……え?」
少年と少女達は再び、周りを見渡し、情報を脳味噌に叩き込んでいく。
しかし、感情が拒否をしている様子だ。その瞳を見たらよく分かる。事態が上手く飲み込めないんだろう。
「ぼくが襲われたんだよ。さっきまでぼくはあの男たちがいる宿に寝てた。したら、襲ってきた」
「襲った……って、クラディスさんを」
「うん」
「パパと……ママが?」
「そうだよ」
丁寧に説明をした。
自分の父と母が目の前の僕を殺そうとしていただなんて、分かるわけもない。
だから、分かってもらおうと。別に悪気や嫌味があった訳じゃない。本当に心の底から理解をしてもらおうとしているのだ。
「冒険者を襲って、金品や報酬金を払わない。あんな大人にはならないようにね」
頭を撫でると、怯えたような目は変わらないまま地面に言葉を落としていた。
「なにが、なんで……そんな……嘘だ」
「これから組合の人が来てくれるから、それで皆を引き渡して」
「引き渡すって……なんでっ──嫌だ、嫌だ! 辞めて、お願い……パパとママを連れて行かないで」
「それはさ。僕じゃなくて、君たちのパパとママに言ってくれないかな」
「……っ!」
「突然のことで何が起きてるかわからないだろうけど、理解してほしいな」
子どもたちに残酷なことを知っているのは知っている。
だが、野放しにすれば、同じことを繰り返す。
どこの世でも最短で誰でも簡単に最もお金を稼ぐ方法が略奪だ。
それに味を占めている以上、僕にはどうすることもできない。
「ぼくは殺されそうになったから自分の身を護っただけ。だから、僕に言うのは──」
──かちゃっ。
「……ソレを人に向ける意味、分かってるの? 君たちまで捕まる必要は無いよ」
僕に向けられたのは武器。
それも、僕の名前を入れさせてもらった刀だ。
「私達っ、パパとママがいないと……どうやって生きたらいいか分からない! だから!」
「……だから、人を殺してきたパパとママを助けてって?」
「……!!」
武器に手を当て、ぐいと下げさせた。
力が弱い。ちゃんと握られていない証拠だ。
「それって、間接的に……ぼくが死んでも文句言うなってことだよね? ぼくなんか死んでもいいってことだよね」
「……そんなことは……いって」
「人を殺してカネを稼いだ。それでご飯を食べてるし。武器も買ってもらえた。温かい布団で寝られる。でもさぁ……それを正当化しちゃうと、殺される側はたまったもんじゃないよ。で、矛先が自分たちに向いた瞬間に、助けてくださいって」
この子たちはこの世界がどれだけ汚いかをまだ知らない。
「例えば、君たちが冒険者として一人前になって、宿に寝泊まりをするようになった。すると寝込みを襲われて殺されかけた。本当は憲兵に突き出した方がいい。でも、彼らの子どもたちが可哀想だから見逃してあげよう。次にこの村に泊まりに来るのはぼくの友人かもしれないし、恋人かもしれないし、家族かもしれませんが、どうぞ襲ってください。襲って殺して金品を奪って、なんなら装備も奪って、家の鍵があったら家の金品もどうぞ漁ってください」
「……わたし、ちがう」
「何が違うの? 子どもが可哀想だったら見逃すんだもんね?」
「そんなこと言って……」
「君たちが言ってることは間接的にそうなるんだよ。自分たちが可哀想だから、お前なんか殺されて金品を奪われてしまえばいいんだ。ぼくが死んだことによって誰かが泣いても、不幸になっても、自分たちが温かい布団で寝られて、明日も明後日も美味しいご飯が食べられるんだから。喜んで死んでくださいって──」
パチンッと少女が僕の頬を叩いた。
痛みなんてほとんどない。が、感情が籠もった手のひらに揺さぶられた。
「クラディスさんなんてっ……大嫌いッ!」
「…………そうかい」
叩かれた頬を撫ぜる手のひらの感触は、どこか寂しく感じた。
痛みなんて感じはしなかったが、胸がチクリと傷む。
「私達は……そんなつもりなんてなかった! ただっ、パパとママを助けてもらいたかっただけなのに!!」
「そうだ! 俺たちは……だって、クラディスさんのことも」
「事情が飲み込めてなかったんだもんね。で、事情を飲み込んだ今ならなんて答える?」
「「…………」」
少年少女は言葉を失う。代わりに僕を見上げてきた。
それが彼らの答えだ。
正直、羨ましく思った。
憎しみが込められても、そんな綺麗な瞳のままでいられるだなんて。
(残念だ。……ぼくは、好きだったんだけどなぁ)
間もなくして、組合の人たちがやってきた。
大人しく拘束されていく人たちを遠目に見ていると職員の人が来て、事情聴取など簡易的なものが行われた。
その間、ずっと見てくる彼らの視線は絶望と憎しみが渦巻く色をしていた。




