385 第二の人生でやりたいこと
「……そんなことって……」
「これが現実に可能なのかは置いておいて……麻央さんの話を受けて考えると、一番可能性としては高いかと」
麻央さんは顔色を悪くして、唇を押さえたまま動かなくなった。
「まぁ、鵜呑みにしないでください。現実味のない話です」
「…………そう、ね」
「これ以上話しても飛躍ばかりする話になると思うので、ここくらいにしておきましょう」
第二期転生者の話を聞けてよかった。
そこまでの発展はなかったけど、生の声というのはかなり貴重だ。
ちょっと色々とボコボコにされたからメンタル的にはアレだったけど……まぁ、進歩だ。
その後も簡単な話をして、麻央さんに纏わりつかれながら解散をするという雰囲気に。
「じゃあね……明人くん。また、なにか……来てくれると嬉しいわ。お茶も出すし」
「なにげに遠いんですよココ。それに、一緒に住んでる人もいて」
「あらあら、女の子?」
「一人は元気な妹と……ぼくのことを慕ってくれてる女の子です。麻央さんに似てますよ、その子」
「ということは美人さんね。今度、紹介して頂戴?」
「なんでですか」
「あら! 私はもう明人くんのお友達よ? 私の子も明人くんよりちょっと年上くらいなんだから。それに、外にいる渡黒鴉……かな? ママって呼ばれてるじゃない」
「それは……まぁ、色々とありまして」
「なら、ママ友よ」
どーんと胸を張って言われて、苦笑い。
まぁ、ママとは呼ばれてますが。……性別が。いや、性別は変えることができるからやろうと思ったらできるのか。
「……それで、明人君はこれからどうするの?」
「まず村に帰って、報告を」
「ちがうちがう。……転生者として、これからどうやって生きていくの?」
その問いは、予想をしていなかった。
「転生者……として」
そういえば、そうか。
ぼくは……いつも、なんだかんだ誰かに導いて貰ってばかりだった。
行き当たりばったりというのだろうか。そういう感じだ。
今回のコレも……運命の悪戯みたいなものだし。
「離れ離れだった妹とも会えた……僕のことを主人だって……言ってくれる人もいる、から」
今、ぼくはこの世界で様々な縁に結ばれている。
堅く、大事にしたい縁だ。
「そんな皆が過ごしやすい環境を作れるように、大事な人達を守れるように。……ぼくはもっと力を貯めて……レベルアップして」
そうだ。
最初から決まっていたじゃないか。
「いつかは……それこそ、麻央さんみたいな悪いことをしていない転生者さん達と一緒に、どこか山奥とか、誰も来ないような場所で……村とか、街、とか作って……ゆっくりしたいな、って思ってます」
ぼくは、この世界で何不自由なく生活をしたい。
それを目標にして生きてきた。
最初はムロさん達と一緒に旅をしたい、とレベルアップをし始め。
その後は、転生者だと疑われていたアンを助けるためにレベルアップをして。
それからはアンや佳奈、他の皆を守るために力をつけようとレベルアップをして。
(──そうか)
かつて、僕はやがては最強の転生者になるとムロさんに約束をした。
あの日は漠然とした思いだった。
やりたいことがなかったから、最強になれると言われたから。
僕は最強の転生者になると言った。別にその気持ちは嘘ではない。
嘘ではないけど、それはあくまで過程なんだ。
あの日、ぼくの中で漠然としていた気持ちが今はハッキリと分かる。
元根本にあった思いは──「楽しく、ゆっくりと過ごしたい」だったのだ。
強くなければ誰も守ることができないから。
ゆっくり過ごすためには力が必要だから。
「だからこそ、ぼくが今、やるべきことは力をつけることです」
真っ直ぐ、麻央さんを向いて言った。
なにもそんなかっこよく言う事ではないのは分かっている。
が、なにはともあれ、やらねばならないことはコレなのだ。
──ぼくは、弱い。
だからこそ、力を付けなければならない。
「えらい、えらい」
ふわ、と柔い手のひらが頬に触れた。
「わたしは明人君の苦労のすべてを理解できる訳じゃあないけど、腐らずにがんばれてるのは……明人が真っ直ぐな人だからだと思う」
普通はそんなに真っ直ぐ前を向けないものよ、と自嘲をするように話して。
「わたしは……もう、腐っちゃったから。明人くんが眩しく感じちゃったなぁ〜」
「でも……麻央さんは、あれだけ強い力を」
「折れたのは戻ることはない。最愛の人たちを失って……居住地も何度も変えて……今は、ちょっと落ち着いてるけど……此処から先、どうやって生きていけば分からないの」
「だったら! 一緒に森を出ましょう。麻央さんの力があれば」
「だめよ。クラディスくん。こんなおばさんをそういう気持ちにさせたら」
泣き顔で微笑む麻央さんに、どこかアンの顔を重ねた。
強くあろうとする姿が、似ているのだ。
心は悲鳴を上げているというのに、気丈に振る舞う。弱みなんて出さず、己の過去に孤独で立ち向かう。
最初、会ったばかりのアンとそっくりだ。
瞳は絶望をしているけれど、それを上手く隠して取り繕う。
大人だからこそ……まだ子どもが残されているという希望があるからこそ、絶望をしてはならないと言い聞かせているような姿。
麻央さんはぼくの差し出した手をゆっくりと丸めて、包んだ。
「期待なんてもたせたらだめ。わたしは顔も、素性も、全部がバレてる状態なの。きみはまだ自由に動き回れる。わたしがそれの足を引っ張るわけにはいかないの。あなたの未来を、食べちゃう訳にはいかないから」
包んだ手をゆっくりとぼくの胸に押し付けて、微笑んだ。
「せっかくの第二の人生じゃない? 楽しまないと、ね」
言葉が出なかった。
同時に、罪悪感が胸からこぼれ出るほどいっぱいになった。
ぼくは、こんな人に……こんな人を転生者だと叫んで、攻撃をしたのか、と。
強くて、優しくて、一生懸命に生きてる人に、ぼくは何をした。
「麻央さん」
離れていく手を掴み、グイッと手前に引っ張った。
「麻央さんも……そのっ、気の利いたことは言えないですけど」
言え。
彼女の思いを救えるほど、器用で上手な言葉は言えないだろうが。
心を込めて、彼女が生きる希望を見つけてもらえるように。
背中を押せるような言葉を。
「今日、出会えたのはなにかの運命だと思いますのでっ! なにか、その、今日のこの出会いが、麻央さんのお役に立てたらと思いますっ! それでっ……頑張りますので、ぼくが強くなったら、ぜひ、仲間になってください!」
「…………」
「未来は、暗いことばかりじゃない──ので」
ぼと、ぼと、と涙を流す麻央さんに思わず言葉を失った。
言葉を咀嚼をするような時間が流れ、放心状態だった麻央さんは顎を引いてくつくつと笑った。
「お節介ね。明人くんは……そういうところが、みんなから好かれるんでしょう」
膨らみのある唇をぼくの額に当てて、ニコリと微笑んだ。
黒い肌に涙が宝石のように煌めき、緩やかに弧を描く口角は母の優しさを感じさせるもので。
「…………そうね。もうここも出ないと行けないわ。だから、そろそろ……勇気を出そうと思ってるの」
その口づけをした額を麻央さんは指で拭った。
「ありがとうね。明人くん」
「は、はい……」
……その女性らしい雰囲気に、ぼくの耳は真っ赤になっていた。




