383 黒薔薇の守護者の正体
「案内するわ。ここがワタシの家。ただのウッドデッキみたいなものだけど」
黒薔薇の守護者に連れて行かれた先は、ダンジョンから数キロ離れた場所。
彼女は大蛇に乗って移動。ぼくはデイジーに乗って移動をしたから良かったが、かなりの山奥だ。
急斜面の場所が多く、冒険者ならば何か依頼がなければ登らないだろう場所。何もないからこそ、建てる価値があると言うか。
「あがっていって」
移動中に水薬を浴びるほど飲んだから歩けるくらいには治った。
──けど。水薬に反射して見えた目……気の所為とは思えないほど、黒色の瞳が金色に近づいていっている。
力を使った代償だとは分かっているが、魔族が戦闘時にしか金色にならないのに対して、ぼくは常時金色。
目の色の変化に関しては、魔障の症例に上がっている。
つまり、ぼくの体は絶賛「魔障」に脅かされているという状況だ。
言い訳のやり方は色々とあるが……ちょっと、面倒くさいことになりそうでアレだなぁ。
「どうぞ。お客さんが来るとは思っても見なかったから……お茶で良い?」
「…………」
「あのぉ……」
「兜。取ってくれませんか?」
「あっ、ご、ごめんね……そのっ……外すの、あんまり……なくて」
何故か分からないが、さっきと別人に見える。
ぷは、と顔を出す黒薔薇の顔は30〜40代の女性に見えた。
戦闘中には割と苦しそうな顔ばっかりを浮かべていたから良く分からなかったけど、普通の顔なら美しい女性といった顔立ちをしている。
兜内で蒸れていたであろう艶のある黒髪は、それでもよどみなく真っ直ぐに流れている。目尻は赤い。化粧かと思ったが、こんな場所で生活している人ができるわけもない。泣き腫らした跡だとすぐに気づいた。
ふっくらと膨らんだ唇は、優しそうな女性を連想する。今まで武器を持って戦っていた人物だと脳が認識してくれない理由の一つだろう。
「はっ、ふぅ……久々に動いたから疲れたよぉ〜。少年が強いからだぞ?」
というか態度変わりすぎじゃないか。
さっきまで「やれるならやってみろ」って言ってましたよね。
……それを言うなら、ぼくもか。
「まぁ、ここにお客さんが来るの初めてだから。私以外住んでないし……はは」
それにしても、無傷なのか。
アレだけ近距離で魔法を放っても……暗黒森の番人っていうのは体が頑丈だとは聞いていたし、鎧のこともあるのだろう。
修復をする鎧。そして、おそらく刀や槍も同じような材質で作られている。
「あのっ……キミ、名前は?」
冷静に周囲を見ていると声をかけられ、まだ腹の底でグツグツと煮えている感情が声を低くした。
「……名乗る必要はない。まだ、あなたを完全に信用した訳じゃない」
「そ、そうだよね……あはは……じゃあ、私から」
そう言うと、黒薔薇は胸に手を当ててお辞儀をしてきた。
「モーティア・オブス・シュヴァルツベート……が、こっちの名前で」
机の上にズイとお茶を出して、笑った。
「地球……というか、日本じゃあ『麻央』って名前だったの。広島に住んでて。元々保育士をしてて……キミは?」
情報を出すのは相手が本当に信用に足る人間かと判断した時だ。
「…………稲堀」
「いなほり……? えっ、どこだろう……」
「大都会ですよ、ご存知ないです?」
「うーん……大阪とか、福岡、名古屋、東京……は大都市だと思ってるけど。稲堀はどこの県なの?」
──適当に上げた地名に引っかからない。
だが、転生者のことを知っている人物ならここら辺までは会話のネタとして出てくるだろう。
「ごめんなさい。嘘を付きました東京出身なんです」
「わっ! 都会っ子! わっ、わああっ。わたしっ、東京行ったことなくてさ! どんなとこなの!?」
「……どんなところって言われても。それよりも、保育士さんなんて大変な職業じゃないですか」
「大変なお仕事だったけど、やりがいがあるお仕事よ? 保護者さんとのやり取りがちょっと大変だったけど。それでも、みんな可愛くて」
保育士という職業のことを知っている。
転生者であることは嘘ではないのか。何か、罠である可能性も薄い。
「昔から保育士になりたかったんです?」
「ううん。昔はお嫁さんになるのが夢だったの。たくさんの子どもに囲われて、田舎の方でゆっくりと過ごして、パン屋さんとか開きたいなぁって……」
「…………」
ぼくより大きな体を小さくまとめて、恥ずかしそうに笑った。
「分かりました。あなたは転生者みたいですね」
「えぇ!? うん。だって、最初からそういってて……」
「話すだけで命を握られるような情報をおいそれと言う人が、この時代まで生きてるとは思ってもみなかったので」
「あ……そ、そうだよね……。ちょっと、久々に人に会ったから、嬉しくて」
「気をつけてくださいよ。多くの二期転生者は知人からの密告で無くなったという話なので」
「………………うん。知ってる。知ってるよ。ごめんね、お姉さんが無用心だった」
さっきまで楽しそうに話していた人が、一気に悲しそうな顔になった。
……ぼくは、こういうのに弱いな。
だから、甘いって言われるんだろう。
「……」
外で待機しているデイジーの方をチラと見て、入れていた力を解いた。
そして【身体変化】を発動。かつての平野明人の姿になった。
服の件はご安心を。少し袖あまりの服だったから、引きちぎれることはない。ちょっときついけど。
「ぼくの名前は、クラディス・ヘイ・アルジェント。東京に妹と一緒に住んでた……前の名前は平野明人です」
「あっ……えっ、あぅ……その。おいくつ……ですか?」
「こっちの世界じゃ12歳。あっちの世界では……20歳で」
「わっか! えっ、わっか!! すご……私なんて……いや、年齢は、いっか。アハハ……」
「元の年齢なんて関係ないですよ。……コッチの世界は、コッチの世界の年齢に精神年齢が引っ張られるみたいですし」
「あ、やっぱりそうなの? そうなんだ……良かったぁ。若い時とかちょっと大変だったのよ」
「お察しをしますが」身体変化をパッと解き、座り直した。「今、お話したいのはそういう話ではないです」
魔素がない状態で身体変化をした理由はアレだ。境界線を引き直したというのが正しい。今の彼女──モーティアさんは、どこまで話して良いのかと悩んでいる様子だった。
人間関係構築時に、冗談を言う人とか素を出す人とすぐに打ち解けられるのは「ここまで話しても良い」という体を見せてくれるからだ。
序盤から下ネタを言う人には下ネタを言っても通じるし、ボディタッチをしてくる人にはボディタッチは許される。……まぁ、セクハラとかにならない程度の話だが。
それに似たことで、元の世界の姿を見せることによって「転生者である」ということを決定づけ、彼女には見せることができないラインまでを見せた。
これで、互いに話しやすくなるだろう。
「……いや、わたしはもっとお話したいわ」
「ですから」
「だって……今話しておかないと……次はいつ、こんな話ができるかわからないじゃない……?」
体を小さくまとめる彼女の目尻が少し赤くなっている。
「……ぼくらはさっきまで殺し合ってんですよ」
「お互いがお互いに勘違いをしたままね。でも、今は仲良くできるじゃない?」
と言うと、彼女は手を握ってこてんと首を傾げた。
「この世界に来て、明人君はどんな感じで生きてきたの? お話しましょ」




