382 飲み込み
体の隅々にまで感覚が通っているのを感じる。
調子が良い。
調子が良すぎて、気分が上がる。
「ハッハァ──ッ!」
大剣で地面を裂きながら、一歩の踏み込みで黒薔薇の間合いへ。
御そうと槍で応戦してくるが、遅い。遅すぎる。
「こんなもんか、転生者ッ!」
振り上げる速度を増すために魔素で大剣を支える手を増やした。
剣の周りには殺傷能力を高めるために、刃のように鋭利な魔素を纏わせ。
渾身の力で黒薔薇の横腹を捉えた。
──ガキンッ!
「グッ──獣か! オマエは!」
「なんとでも言えばいい。もう、罵倒はされ慣れた──」
たった一撃。それだけで大剣が壊れた。
使い方が悪かったのか? 所詮は拾いモノの鉄の塊だ。
だったら……自分の魔素を使えばいい。
「お前らのせいで言われ慣れた……!!」
黒い魔素の使い方はずっとイメージしてきた。
この力なら、もう、ぼくのモノだ。
ノアの真似事じゃない。完全に、自分のモノにした。
魔素を硬質化。まだ、足りない。足りない。もっと、硬く、堅く。
手に握った魔素を構えて、地面に触れた。
抵抗感がなく、地面に挿し込まれた。硬く、鋭い、理想の武器だ。
「オマエ、その技! 魔族の」
「オ。その通りだよ。魔司者の技だ!」
やっぱり知ってるか。さすが生き残りは違うな。
「なぜオマエが黒い魔素を出せるんだ!」
「出せるから! 逆に聞きたいね! なんでアンタが出せるのか!」
モンスターと意思疎通ができて。黒い魔素を出すことができる。
「まさか同じスキルですか!? ハッハ! 光栄だなぁ、くそったれの転生者と一緒のスキルなんて!!」
空間に魔素の剣をなぞり、そこに残していく魔素で魔法を展開。
斉射するのは雷の矢。その後を追いかけるように空間に魔素を放出しながら前進。
放出しながら硬めていく。武器の硬さは維持したまま、極限まで凝縮した黒い魔素から放たられる高濃度の魔法で空間を覆っていく。
空間を切れば、切った線から魔法陣が無数に描かれ、そこから雷魔法が放たれていく。
地面を走れば、踏み込んだ跡から雷がほとばしり、地面を這うように雷が伸びていく。
それらを一人の転生者に向けて。
槍を振るい、大風を起こして一部は相殺されたが、メインはソレじゃない。
「入ったぞ」
「入れたんだよ──【戻れ】」
黒薔薇はいつの間にか後方に放っていた黒刀を背中めがけて戻るように命令を飛ばす。
そして、正面からは槍が迫ってきている。
「じゃあそのまま望み通りの動きをしてやるよ!」
これは、エリル抜きで行う。一人での連撃。
そして、そこに加える魔法の詠唱。
「『轟くと良い、亜人のオレが許可しよう。蜘蛛の様に周到に。聖母の様に泰然に。煽って、散し、雲を割って落とせ薄れ消え行くことは無し』──」
自分が放てる。最高で、最強の魔法。
片手の魔素刀で槍の軌道をズラシながら、ズラシて役目を終えた魔素刀を本来の魔素の使い方へ。
背中に黒刀が突き刺さり、血を吐きながら訴えるように叫んだ。
「『嵐龍ノ鉤爪』……!」
霧散する黒い魔素が魔法陣へと姿を変える。
そして、魔素刀は防御をしようとしていた腕を突き刺し、グイッと体を開けさせた。
「ぶっ刺され──」
発射された鉤爪は黒薔薇の体を抉り、腕に突き刺した魔素は先端が肌を貫いたまま枝分かれを始め──魔素を使いすぎたのか、霧のように消えていった。
魔素ロスト。短期間で魔法を使いすぎた代償か……!
発動できた鉤爪の数は多くなかったが、黒薔薇の鎧を剥がして血を流すことには成功。
だが、致命傷には程遠い。
こちらの方が、傷としては深い。
そこに魔素ロストが重なり、顔は苦しみに歪む。
「……ッ!」
知るか。
魔素が無くなろうが、まだ、オレは──コイツを殴ってない。
こんな距離まで近づけたんだ。
「オマエ……のせいで……おまえらの、せいでっ……」
アンが理不尽な目にあって。
ただでさえ生きにくい佳奈がもっと生きづらくなって。
レヴィさんに殺されかけて。
いろんな人に、怪しまれて、誤解を解くために頑張って。
でも、伝わらないことのほうが多くて。
常にビクビクして生きなきゃいけなくて。
周りが全員敵に見えるんだ。
「オレは……ぼくは……ぼくたちはっ……普通に、生きられないんだっ!!」
絶対に殴ってやる。
今までの恨みを乗せて。
「…………きみは……もしかして──」
ぶん殴ろうとして──ふわ、と体が浮かんだ。
「ママ……! ごめんっ!」
「……でいじー…………」
拳は黒薔薇には届かずに空を切った。
デイジーが……動けるってことは、大蛇は……。
宙に浮かぶ体で目を動かすと……黒薔薇の方に心配そうに這い寄る大蛇が見えた。
「あぁ……」
黒薔薇との戦闘で手一杯だったけど、途中から戦闘をするのをやめてたのか……。
だったら、このまま少し離れた場所に移動して、水薬を使って応急処置と魔素だけを回復させたら…………まだ戦える。
「──待て! もしかして、キミも転生者なんじゃないか!?」
真下の黒薔薇が叫んだ。
既に鎧は修復をし始め、褐色よりも黒い肌はそれよりも黒い鎧に覆われようとしている。
「話をしたい! 誤解を解きたいんだ!」
「なにを……今更……話し合い、だとッ!?」
疲労感が体を襲うのを堪えながら、水薬を口で開けてそのまま浴びるようにして飲む。
「オマエが……話し合いをしないって言ったから……!! こうやって戦って……」
「私も被害者なんだ! 私もキミと同じ気持ちなんだ」
「なにを……馬鹿なことを!」
コイツ、この期に及んでなに被害者面をしてるんだ。
「いい加減にしろよ……? お前らが! 領土戦争で敵に情報を流したからッ──」
「私は領土戦争に参加していない。お願いだ。話を……したい……ようやく、話せれる……人と会えた、から」
黒薔薇は槍と刀を地面に刺し、兜を取って頭を下げた。
「頼む……。あなたと……わたしは……戦う必要がない。わかり合えるんだ……」
「……おまえ……」
「憎いのは分かってる。私だって……同じだ。アイツらのせいで……人が死んだ」
雰囲気は嘘のようではない。
でも、信用をしていいのか?
コイツはだって……二期の転生者で。この世界を作った張本人で。
「お願いだ……」
「…………」
悲しそうに話す黒薔薇を見て、ぼくの表情も落ちていく。
「…………本当だろうな」
「あぁ! ほんとうだ。嘘なんかじゃない……」
昂ぶっていた気持ちも急激に冷めていき──右手の火傷痕が酷くなっている感覚を残したまま、熱はなくなった。
話ができる……二期転生者。この機会を逃すと……もう話なんてできるかどうかも分からない。
「…………デイジー」
「……ママ?」
「ありがとう。止めて、くれて。……ちょっと、あの人と話をしてくるよ」
憎い。ぶん殴ってやりたい。
だが、話ができない悲しみはぼくも理解している。
「…………わかった」
「でも、ママ、へとへとだから……何かあったら助けてほしい」
「! わかった!」
デイジーが心配してくれているのは感じている。
だから、ちょっとお仕事を任せることにした。
……さて、どうなることか。




