380 黒薔薇の守護者
「ふっ──ッ」
鎧は吐き出した笑みを一瞬にして殺意で上塗りにした。
再び投擲された槍を避け、グイッと姿勢を前に倒した。刀を握り込み、迫り来る武器の振り上げを刀の側面で軌道をズラシ、そのまま魔素を這わせた。
「!?」
上へ振り抜いた手を魔素で締め付ける。これで少しは時間稼ぎになるはずだ。
その間に、反対の手に召喚した小刀で首元を狙った攻撃を繰り出して──
「【反魔素空間】」
「なっ──!?」
腕を固定していた魔素が一瞬にして消え去った。
なにをした。今、コイツ……何をしたんだ!? 魔素が一瞬にして無効化された!?
「グッ」
目前では懐に入った僕を殺すべく、背後の槍を戻そうとしている黒薔薇の姿。
──コイツ、自分ごと貫こうとしてるのか!?
いや、身体強化を一瞬極限まで高めたらすぐに離脱が可能だ。ぼくの首を狙った攻撃の方が早い。
「ッ──!」
振り上げていた小刀を兜の下にねじ込み、勢いよく切り上げた。
刃が壊れど、その開いた穴から顔が見えた。
「……おまえっ……」
即座に思考を切り替えなければならない。
だというのに、その顔を見たら思考が一瞬止まった。
背後から迫りくる槍に対応ができずにいると、
「ママ!」
デイジーの魔法が槍を弾き、背中に風穴が空くことはなかった。
「チッ」
が、まだぼくは黒薔薇の間合いの中で呆然とその顔を見つめている。
そして……鎧が蠢き、すぐさま覆い顔が再び見えなくなった。
鎧もその間は動くことはせず、止まったまま動かない。
チラと見えた顔。唇。鼻の下。肌の色。首筋。──それは目の前の鎧の性別を女性だと決定づけるモノだった。
「……人間、じゃないか、オマエ……」
集中が一気に切れ、息を吐きながらそう言葉を落とす。
少し、ゆっくりと、後退りをしながら。
「それも……暗黒森の番人。それに……その鎧、なんだソレ」
欠損部位を修復する鎧なんて聞いたことない。
正体不明。理解不能。まるで、本当に生きているかのような動きで……。
「生きてる鎧……。それに、ヒト、亜人種! 魔族なんかじゃない! だったら、なんで、そんな……」
「…………」
「あなたは……何者なんですか……」
鎧は動かない。
まるで、こちらの判断を待っているかのように動かない。
額に浮かぶ汗を拭った。
「……最初、魔素の形を見て思った。獣臭くて、気配もうまく消してはいる。感知できない人から見れば魔族に見える。……なんでそんな紛らわしいことをしてるんだ」
「なんで、そんなことを聞くのかしら」
「戦わないでいいなら、戦いたくないからに決まってるでしょ」
「優しいのね。でも、現実はそんなに厳しくはないわ。私は私と会ったことを外で知られたら困るの」
「困る……?」
僕の問いにゆっくりと首肯。
「キミは指名手配って知ってるかな」
「……あぁ」
「じゃあ話は早い。たぶん、冒険者組合の張り紙の端に張られてるハズよ。十数年前の記憶だから変わってるかもしれないけど」
「…………」
──この人に感じていた違和感は、ソレか。
「黒薔薇の守護者……?」
「……知ってたのね」
やはり、そうか。
「あなたが……そうだったんですね」
黒薔薇の守護者。
冒険者組合に張り紙がされている指名手配犯の所にあった名前だ。
森林地帯に縄張りを持つ暗黒森の番人とされ、定期的に森を変えて、特定の場所にいることはない。
かけられた懸賞金は並の冒険者が一生涯働いて稼ぐお金より高い――四億ウォル。
なぜ、そんなに高いのかという理由は明確。
(見間違いかと思ってたけど……)
あの日、ぼくが思わず二度確認した。
冒険者組合で、あそこまで堂々と書かれているとは思わなかったから。
──この黒薔薇の守護者は、転生者だと言われているのだ。
「……転生者という話は本当なんですか……?」
「随分と前はそう呼ばれていたわ。前の世界じゃあゆっくりと過ごしていたんだけどね」
今回の依頼は少し癖が強いな。
まさか、魔族かと思ったら……転生者だと疑われている人と戦うことになるとは。
「そうか……こんな場所で転生者と出会えるとは……」
「嬉しかった? 良かった。でも、それを聞いた以上は生かしては帰さないよ」
スッと武器を構える黒薔薇の守護者。
「この依頼の対象は転生者だったとギルドに通達すれば、血盟が動く。……だったら、ずっと魔族と勘違いされている方が楽。そうは思わない?」
随分と内情を知っている。転生者という話は間違いはないようだ。
「魔族だと偽装をする理由はソレですか」
「えぇ。転生者だからね。みんなとは違うことができるの。坊やは黒い魔素が見えるのね、珍しい」
ぼくはたまたまリリーさんが賢者だと言ってくれたから、賢者として王国に仕えることが出来た。
が、そうか、魔族の方が転生者として生きていくよりも生きやすいのか。
指名手配をされてるってことは……僕よりも前に転生をしている。つまり、必然的にあの事件を起こした者たちと同期ということになる。
「お前は転生者。間違いないな?」
「何度聞くの? さっきから何度も言ってるじゃない」
「転生者……か」
ウズと口角が歪んだ。
武器を持つ手に力が入る。
「前から、ずっと会いたかったんだ。この……クソ野郎共」
この黒薔薇の守護者という奴は僕の前の転生者。
ぼくが第三期の転生者だと言われた。そして、第一期は数百年前。
となると、この人は第二期転生者──領土戦争で敵側に情報を流布し、今の転生者を迫害する流れを引き起こしたクズ。
ぼくや、アン、佳奈が生きにくい世界を作り上げた。ぼくが最も嫌いな奴らだ。
だから、指名手配をされてる。
命を狙われても当然ってことだ。
「個人的な恨みがあってな……。その顔、ぶん殴らせろ」
「やれるもんなら、やってみろ」
手加減なんて、ここからはなしだ。




