368 報せの裏で
昇華スル者や幾千ノ剣に広まったことが他の所に届かない訳がない。
多くの血盟の者たちの目にも止まった。
今の時期は、下半期の血盟順位が出る前の最終追い込みの時期。
そして、血盟順位には所属している冒険者の情報も加味されている。つまりは『成績の優等生』がいたらそれは加点ポイント。依頼を失敗ばかりする者は存在だけでマイナスポイントということ。
もちろん新聞にはクラディスやアンの今まで受けてきた依頼の達成率も書かれていた。
デュアラル王国が発行した依頼の達成率は100%。上位血盟となった幾千ノ剣の依頼の引き継ぎの際に魔族に襲撃をされたことで依頼の失敗が一件あったが、これは誰であっても失敗はするだろう。
ならば、下部の血盟は彼を狙わない訳がない。いるだけで加点ポイントの新人なんていくらいてもいいんだから。
それに加え、人格と功績ともに申し分なく、加入させることができたら知名度すら得られる。
前回の下位ダンジョンの最速記録保持者のスケア達はフーシェンに引き抜かれたため、手出しができなかったが……彼らなら!
そのように巷が賑わっている中、人里離れた場所では──
「ケトス」
青年は名前を呼ばれ、振り返った。
そこは剣闘士協会。
まるで宮殿のような白壁に、上に行くにつれて細くなっていく高い天井。壁には等間隔に色付きの磨硝子が当て込まれて、光を屈折させながら地面に歪な絵画を描いている。
そんな場所にいたクラディスの友人──ケトス。胸元にあるのは金等級の認識票。
ここ協会において、最低階級の彼は剣闘士協会の受付人が持ってきた新聞に目を通していた。
「どうやら、下位ダンジョンを最速でクリアした奴がいるんだってさ」
「……そうか。ようやく、動き出したんだ」
「? なんだか嬉しそうだな」
「まぁね。彼はぼくの友人だから」
そこだけ読み終えると、投げるように受付の男性に紙を返して奥に向かっていった。
「オイ、昇級試験頑張るんだぞ」
受付人の言葉には振り返らず、手をひらひらとだけさせて通路の奥に消えていく。
ケトスは協会に来たばかりの新人。だが、その実力は協会内部においても認められてきている。
剣闘士協会は皇・戦士卿・四之柱・洛陽といった位階に分けられている。
来たばかりの者たちは洛陽という位階にいる人物の補助や、下っ端として働くことになるのだが、ケトスは協会に来てそれを面倒くさがって目上の人間に喧嘩をふっかけたことで問題になっていた。
違う洛陽に飛ばされたとしても同様に拒み、一言。
「お前ら、オレより強いの?」
と言ったことで、堪忍袋の緒が切れた洛陽の一人と戦うことが決められた。
ケトスが勝てば洛陽に昇進。負ければ協会から除名処分。
(勇者様ってのは本当に何を考えてるのかわかんねぇな)
受付人は疲れた様子で職員の部屋に戻っていった。
そして、その協会から離れていく者の手にもその新聞紙が握られていた。
「ほお。下位ダンジョンをクリアしたのか」
舗装されていた道が終わるとすぐにガタガタと幌馬車が揺れ始める。
これ以上は紙の小さな文字に集中していたら気分が悪くなるかもしれないので、男は新聞紙を床に置いた。
その紙を幌馬車内を這うようにしてやってきた少女が紙を手に取ると、ワッと声を上げた。
「クラディスが!! 下位ダンジョンクリアしたんだってさ!!」
「らしいね」
「さすがボクの見込んだ男である──ウッ」
少女は誇らしげにそう言うと、ガタガタ道で気持ち悪くなって唸っていた。
このようにクラディスと交流がある皆の目に行き届いた新聞だったが、皆が皆肯定的な意見を持っている訳ではない。
「ふざけんなよ……あのビビリ野郎ッ!」
持っていた新聞を思いっきり叩き、机の上にあった物を払い落とした男は息を荒くしていた。
彼の名前はスケア。今回、クラディス達が最速記録を更新する前の記録保持者である。
「クソがッ! クソォオオオオオオッ!!」
どれだけ彼らが努力をして、記録を更新したか。
昔は最速記録保持者だと持ち上げられていた彼らも、今やその影もない。
落ちた新星。そう揶揄する新聞社もあったほど、彼らの勢いは止まってしまっている。
「フゥゥッッッ……!! フゥッ……。何をした、アイツ……」
仲間を中位迷宮で失い、最悪な雰囲気の中にたらされたその報せ。ストレスの矛先が向くのも当然といえば当然だった。
「許さねぇ……絶対に……ッ」
その変わり果てた姿に残された仲間たちは慰めの言葉をかける訳でもなく、悲しそうな顔をして散らかった物を拾っているだけだった。
そして、この大きな報道の裏で暗躍をする者もいた。
『どうなってる。下位ダンジョンが攻略されたではないか』
通信魔導具の向こう側から聞こえる声に飲もうとしていたグラスをゆっくりと口から離した。
『何をしているんだ!』
「大丈夫です。ご安心ください。コレは、計画の内です」
天井に埋め込まれている照明にグラスの中に注ぎ込まれたワインを照らし、既に酔いが回っている顔を更に赤く染めた。
「貴方様のご期待に沿えるように、シナリオを用意したのですよ。絶望というのはその落差が激しければ激しいほど……良い顔をするのでしょう?」
ニタと笑う男は贅肉をたっぷりつけた顎を愉快げに揺らして。
「もう手は打っておりますので。ご心配はいりませんよ、ロバート公」
依頼主への報告を終えた。




