364 下位迷宮:最終階層
「ここってダンジョンの中だよな……?」
明らかに森なんだが。森でもなんていうんだろう……明るい森だ。語彙力がなかった。
最下層のハズなのに天井というか空? から光が差し込んでいる。普通に考えたらおかしな話だ。
空間も今までで一番広く、5階層の何十倍も広い。そして……魔素も濃い。
木々は本物。水が流れる音もする。飲みたいとは思わないが。
人の服とかに種子がついて移動して、発芽したのかな。あとは、ダンジョン上の広場で枯れたの魔素が吸収されてるっていう説も考えれるか。
なにはともあれ、
「キレイだ」
「一瞬、外かと思いました」
「ね」
澄んだ空気が鼻に入り、耳には川の流れる音。
そして、見上げれば……こちらを見下ろす──ボスの姿。
「アイツか」
「龍、ですか?」
「違うと思う……あれは……」
最初は鯉のぼりかなにかかと思った。それくらい、ぐねぐね体が曲がりながら空を飛んでいる。鯉のぼりほどカラフルではないが。
天井が高いからよく見えなかったけど、こちらの存在に気付いてからは徐々に高度を落としてきている。
「サンドワームの亜種だと思う」
「さんどわーむ」
「言ってしまえば、空を飛ぶでかミミズ」
「空を飛ぶミミズ……なんでもありですか」
「付け加えると……倒すのに一番時間がかかる相手らしいよ」
「うわあ」
魔物図鑑なるものをぼくは目を通したことがある。
最初の勉強会でも触れられた内容だし、ダンジョンに潜るってなってからは何が出るかっていうのはある程度把握をしておいた。クイズ番組に出る人が、事前にこういう系のクイズが出ますよと教えられるみたいなもんだ。
事前情報によるとアイツは空を飛び、地面には中々降りてくることはない。また、降りてきたとしても、体力が少なくなると再び高度を上げる、と。
だから、ダンジョンの記録を狙っている時に遭遇するのは遠慮をしておきたい相手。
対処ができるのが魔導士とか弓士。剣士などは使い物にならない。そして、魔法使いや弓士ではアイツの外皮を破るのは難しい。
(ミミズだというのに、鱗のような装甲を持つ。ある種の龍だと思ったほうがいいだろう)
「本来なら、弓士や魔導士に遠距離攻撃を頼むらしいんだけど──」
ぼくらは残念ながら、無職二人。
剣闘士には登録はしているが、二次転職を済ませていないペーペーだ。
でも、やりようはある。
「──アン。アレ、落として」
「仰せのままに」
その言葉を待っていたのかと思えるほどに迅速な行動に目を見張った。
サンドワームが体をくねらせて移動している眼の前に、アンの体が浮かぶ。
『!?』
突如として現れた敵に驚いている間に、鋭利な歯を握ったアンは下に向かって放り投げ、軌道が下方向へなったサンドワームの外皮に踵落としを食らわせた。
ただでさえ移動速度が早いサンドワームの体は、超加速をして地面に突き刺さった。
「派手だなぁ〜」
砂埃を払っていると、体を這わせてサンドワーム種が目の前にまでやってきた。
(こんなに大きかったのか)
下顎と上顎から生えている二本の歯は刺さったら抜くことが難しそうなほど鋭利で、太い。歯の直径だけでぼくの体の3分の2は潰れちゃうだろうなぁ──
「そんな一直線に来られても、困るよ」
完全に温存をしている魔素を放ちながら、手袋をしていない左手をゆらと動かした。
敵までの距離は40mもないかくらい。車でこの速度なら、そろそろブレーキを踏んでもらわないとぶつかっちゃうだろうというもの。
でも、止まる気配なんてないんだよなぁ。
だから、とりあえずは、
「これをやれ、って言われてるみたいじゃないか──雷撃」
ぼくを喰らおうと空けていた大口に向かって、詠唱破棄の雷中級魔法を放った。
明るかった最下層が一瞬、暗転をするほどの衝撃。大地が揺れ、空間が鳴いた。
外皮が硬いヤツは基本的に口や眼球が柔いから弱点になる。
「予想通りだ」
雷に打たれたサンドワームは外皮から温度を逃がすことなどできず、一瞬にして丸焼けになった。
焦げ臭いニオイを周囲に撒き散らしながら、紫色の血液を噴出しながら──慣性で体が目前にまで迫る。
その時、再び、雷鳴が轟く。
アンが着地する際に、勢いを殺すために地面に向かって殴り動作を加えた音だ。
空気を押し出す技『大砲』はサンドワームの脳天に直撃し、頭部が地面にめり込んだ。
「ふぅ……なんだか、体が軽い気がします」
「よかった。たぶん、スキルが影響してるみたい」
「スキル、ですか?」
「うん。新しいスキルをちょっと前に覚えて。それがアンにも効果があるやつだったから。主人と従者にステータス上昇効果があるって」
「一体、どのようにして手に入れたのですか……!」
「手に入れた方法は──」
行為がフラッシュバックした。
「──えーと、内緒、かな……」
これしばらく……こんな感じだろうなあ。
ほんと思春期の男の子って感じだ。色を知りやがって。落ち着くことを覚えなさいな。
「まぁ……でも、これで終わりかな?」
魔素感知も反応なしだし、周囲の魔素が晴れた。
「じゃあ、連絡を入れるけど……ドロップ品の回収を頼んで良い? 魔石と」
「お任せあれっ!」
後始末をアンにまかせて、通信魔導具を取り出して魔素を注ぐ。ほのかに明るくなったのを確認して、発声練習。
「んー、あーー、あーーー。聞こえますかー?」
『…………え?』
「あ、ペルシェトさん? どうもー。いま、十階層の攻略が終わりました。森みたいな場所で、ちょっと見にくいか」
通信魔導具に魔素を繋いだまま『風よ』で浮かばせた。自撮り棒があれば楽なんだろうけど。
「見えますー? これ、すごいですよね。川の音とか、鳥の鳴き声とかは聞こえてこないんですけど。あ、あっちでアンが魔石を回収してくれてて」
『〜〜〜〜!!』
「ん? 声が聞こえない……」
離していた通信魔導具を近くに寄せ、顔を近づけてみた。
ペルシェトさんの顔が見えない。外は夜なのかな。
「ペルシェトさん〜?」
『──────!!』
「あのおー……声は聞こえるんですけど、何を言っているのかまでは」
『みんなっ! 起きて!! 起きて!!』
「あ、やっぱり夜だったのか……」
24時間対応できるように、スタッフが交代で通信魔導具を携帯しておく。
だから、安心していつでもかけてきていいよと言われていた。
「出てきたモンスターの報告とかは、ダンジョンから出てからでいいですか?」
『…………クラディス君?』
「あ、はい。なんです……? ちょっと疲れてるみたいですけど」
その時、ペルシェトさんのいる部屋の明かりが着いたのが見えた。
なんだかびっくりしているような顔してる。なんでだろうか。
『ほんとうに……クリアしたのね? もう、階層主は……いないのね?』
「いない、です。空を飛ぶサンドワームで……あ、見せたほうが早いか。あっちに死体があるんですけど」
まだダンジョンに吸収されきっていないサンドワーム亜種の死体を見せた。
それを見て頭を抱えながら、目はジィと凝らしている。
『……落ち着いて聞いてね……クラディス君』
「? はい。落ち着いてますけど……」
『今、連絡をしてくれた時間は夜中の2時ね。コッチの時計の話だから、クラディス君の方はどうかはわからないけど』
手袋をしている右手でゴソゴソのポケットに入ってる時計を出した。うん、2時で間違いない。
『で、ダンジョンに潜ったのが……というか、もう……はっきり言うわね』
なんなんだろう。もったいぶって。
なにかすごい大事なことを言う前みたいな雰囲気じゃないですか。
『あなた達は最速記録を更新したわ。時間でいうと8時間も早くね』
「…………あ」
忘れていた、という訳ではない。
直近に色々あったせいで印象が薄れていたのだ。忘れてたわけじゃないって。本当さ。
急いでる気持ちはあったし、ボスもなるべく早く仕留めた。睡眠時間とか、食事とかの時間も考慮してたし。
『ソレに加えて……人数とか、階級のこととかを踏まえて正式な判断を下すんだけど……前回の記録保持のパーティーは6人だった。から、たぶん、いや間違いなく──クラディス君達が最速記録保持者になるわ』
緊張感のあるペルシェトさんの声を聞いて、実感が湧いてきた。
やった……。やったんだ。
『これで、クラディス君とアンちゃんは君らの年代の最前線に立った訳だ。あとは無事に帰ってきたら、ダンジョン攻略は終わり! お疲れ様でした!』
ふつふつと湧き上がってくる達成感に振り返った。
「アン! 記録更新したって!」
「わぁい! ほんとですか!」
近くに来てもらうように手招きして、二人でペルシェトさんの顔を覗き込んだ。
『ほんともほんと。いやぁ、良かった良かった。みんなに良い報告できるよぉ〜、職員達も喜んでくれるだろうし』
「えへへ……」
冒険者組合の職員さん達にはなにかと良くしてもらってるから、喜んでもらえるなら嬉しい。
ナグモさんやティナ先生にも報告したいし、ムロさん達にも……強くなったんだぞって自慢したい。
『でも、5階層が早かったからもっとはやく到達するかも、とは思ってた! どこかで苦戦したでしょ!』
──ぎくっ。
「…………あはは……えー、まぁ……」
言える訳がない……ちょっとダンジョン内で……キスだけで……その、すごい時間を使っただなんて。
「ペルシェト先生のおかげで、あるじはわたしから離れられなくなったぞ!」
『おっ!! マジッ!?』
あぁ……終わった。
ペルシェトさんなんか、驚きすぎて叫んでる。ビックリマークが何個あっても足りない声だよそれ。
『早く帰ってきて! その話、詳しく聞かせてもらう!! はやく!! もう、というか、いま、もう用ないでしょその階層! ちゃちゃっとかえってき──』
ブチッと魔素を入れるのをやめて、疲れたように笑った。
横から顔をヌッと出したアンが楽しそうだし、嬉しそうな顔をしてるから……まぁいいけど。
「これで、逃げ道無くなりましたね」
「……そのためにペルシェトさんに言ったの……?」
小悪魔が目の前にいらっしゃる。
本当に彼女には敵わない。どこまで計算をしているのかはわからないけど。
「逃げるつもりなんてないよ」
その広いおでこにキスをして、こちらも笑ってやった。
この感じ。このもぞもぞする感じ。思春期のアレだ。
ダンジョンから出るまで、我慢できるかなぁ……ぼく。




