356 おかしいよ、おまえ
眼の前のルルという子の目は、敵を見るような目だった。
さっきまで話していた女王様も驚き、少し警戒するような色が滲んでる気がする。
「…………え?」
さっきまで普通に話ができてたのに……。
一瞬にして向けられる視線が痛くなった。胸が……苦しくなった。
動かなくてもいいくせに、心臓の音が耳の近くで聞こえるほど煩く鳴っている。
そんなに動いてくるくせに酸素が脳味噌にまで届いてはくれない。
心に急に湧いて出た感情を処理するために、全神経を集中させているのだ。
不安感。疎外感。
そして……人格を否定されたという気持ち。
(さっきまで、楽しく……話せていたのに──)
魔族。
それは、みんなの敵だということくらい知ってる。でも、わたしは……敵だという認識なんてない。
なのに、魔族だというだけで……こんなにも居心地が悪くなる。
「なにか言ったらどうだ」
「そ、れは……」
言葉が詰まった。
なんて言えばいいのか分からなかった。
相手方の疑問が理解できるからだ。
なぜ、魔族なのに、この王城に入りこんでいるの? というもの。
なぜ、敵がこの国の女王と一緒に座ってお菓子を食べて、あろうことか歓談しているの? というもの。
「わたし……」
「自分が魔族ってことは理解してるんだ」
指されていた指がだらんと下げられ、
「魔族が私達の敵だっていうことも理解してる訳だ」
「…………は、い」
そう言うしか無い。この子には私が魔族だとバレているのだ。
変に言い訳をするつもりもない。言い訳っていうのは罪の意識がある人がやることで、言い逃れたいからやることで。
だから、わたしは、しない。だって……わたしは、なにも……してないし。
「どんな気持ちでこの場所にいるのさ。おかしいよ、キミ」
でも、わたしが何もしていなくとも、魔族はこれまで色々なことをしてきた。
魔族であるというだけで、わたしは何れにせよ「魔族」というのが先に見られる。
「普通に会話して、普通にお菓子を食べて。……気持ち悪いよ」
「…………でも、わたし……なにも」
「な訳がないよ。だって、キミから血の匂いがする」
「!?」
「こびり付いた殺人の匂いだ。何人殺した。どうやって殺した」
「あっ、あれは仕方なく、で……」
「仕方なくだったら、人を殺してもいいと。やはり価値観が違うみたいだ」
だって、ほんとうに、しかたなく──。
気がつけば、狭い暗がりにいて。
そこにいるだけで、冒険者がやってきて、逃げようにも扉が閉まって。
攻撃されて。攻撃されて。……死ぬのは嫌だから反撃したら、人が死んだ。人を……殺した。たくさん、ころした。
ソレ以外に選択肢がなかったんだ。
だって、そうしなきゃ……わたしが死ぬ、から。
「マグダレナ。そこから離れて──そいつ、殺すから」
向けられた殺意に、喉から悲鳴が出た。
あの時と変わらないじゃないか。あの時と……なにも変わらないじゃないか!
わたしは何もしてないのにっ……殺そうとして、大人しく死ねっていうの?
「わたし、だからっ! なにもやって──」
「敵だと理解してるなら、王国に立ち入るな!!」
「敵じゃないんです……っ」
だって、わたし……前はただの、女の子で。
お兄ちゃんは……人で。
外で暮らすより、中で暮らす方が落ち着いて。
「魔族は敵だ」
「わたしは敵じゃない!」
「オマエは魔族だろう」
「だからっ──」
やっぱり、話し合いで片付く問題ではない。
──戦わずして、どうやって分かり会えるっていうんだ。
「わたしはっ……ちがうんですっ」
でも、いやだ。
いやだよ。
「戦いたくなんか……ないんです」
疑われる度に、戦わないといけないなんて。
本当はみんなと仲良くしたい。
普通に、生活をしたい。
「武器を取れ!」
「戦いませんっ!」
向けられた殺意に真っ向に立ち向かい、やっぱり怖くて視線を落とした。
「だってっ……戦ったら! わたし……本当に魔族と……一緒になっちゃう」
前は死ぬのが怖かったけど。
今は、この体は死なないことが分かった。
人を殺すくらいならっ……ちょっと、くらい……なら。
ギリッとルルの歯ぎしりが聞こえた。
苛立ちの感情が伝わってくる。
怖くて、ギュッと目を瞑った──
「──魔族ってことくらい、どうってことはないんじゃないかな」
「…………え?」
その声は、隣から聞こえた。
先生の声じゃない。この声は……
「女王……さま?」
「魔族だなんだっていうのは、種族のことを指してる訳だ。だが、この子の名前を聞いたらね。アルマっていうらしい」
震える瞳を向けると、包み込むような笑顔を向けてくれた。
「ルルはこの子の名前を知っているかな」
「……聞いてた」
「じゃあ、魔族だなんて呼び方は良くないね。名前で呼ぶんだよ」
「…………」
「あとねぇ。この十数年で最も人を殺したヤツは誰だか知ってるかい?」
「……知らない。転生者、魔族のどっちかじゃないの」
「人さ。称号も何も持っていない人なんだよ」
女王様は私の頭を撫でながら、ルルの方を向いて。
「それでいうなら、わたしは称号も何も持っていない人さ。ここのソバドア先生もね。あらっ、じゃあ私達二人もルルに殺してもらわないとね」
「マグダレナ……いくらなんでもそれは飛躍し過ぎだ」
「いいや。ルルの理論はこれくらいの危険性を持ってる」
女王様の青色の瞳が優しい微笑みで隠れた。
「でも、アルマちゃん」
「は、はいっ」
「ルルの言い分もわからないわけじゃあないんだ。キミは魔族なのに変わりない。そこで質問だ。キミは危害を加えるような悪い子かい?」
青色の瞳に本音が引っ張り出される気がした。
この人なら、なんでも受け入れてくれそうな気もした。
「わたしは、そのっ、大丈夫だと思います……確証なんて持てない、し、弱いし」
自分で言って、悲しくなってきた。
「でも、魔族であっても、心は人です!」
「ガキかな」
髪の毛を掻きながらルルは苛立ちを隠さないまま。
「確証が持てないなら、オマエは敵だ。成人済みだろ、オマエ。感情でモノを語るな」
「心は見せられない……です」
「だから、他で私達が納得できる何かを証明しろって言ってんだ」
「うぅ……」
胸をカパッって開いて心を見せれるなら見せるのに。
「自分が仲間だと証明なんて誰ができるんだい?」
「今度はあなたか……魔族をかばうなんて余程思い入れがあるようで」
「そりゃあ教え子だからさ。そんな教え子が人の心を持ってるって言ってんだ。信用してもいいんじゃないか?」
「今は持っていたとしても、将来、魔族に戻る日がくる」
「それを言うなら、みんなそうだろう。人間だって化物になる時がくる」
先生は言い放った。
「人の心を持ってるやつをバケモノにさせるのは、いつだって人間側さ。あんたはソレだよ。大方、素を引き出すために詰問をしてたんだろう? それで手を出してきたら殺すなんて間違ってると思うがねぇ」
「人付き合いはそれだろう。が、ここは王国で最も安全な場所でなければならない」
「じゃあ、尚更、もう終わりにした方がいいだろうねぇ。もう答えがわかったんだろう? アルマが怯えちまってるよ」
ルルさんは先生の袖を掴んで震えている私を見やった。
大人……怖い……。
「はぁ……大人が入ってきたからすぐに手の内がバレる。その通りだ。手を出してきたら殺してた」
「ルルは職務を全うして偉い偉い」
「あんたのためってことを忘れないで欲しいな。で、どうだったんだ?」
頭上にはてなが浮かんだ。
どうだった、とは? 女王さまに今、それを聞くタイミングか?
「アルマちゃん」
「は、はい!」
「女なのに王様になれるのはおかしいと思わない?」
「え……いや、おもわない……です。ちょっと、そこらへん……分からないので」
前の世界だと普通に女性の王様はいた気がする。
貴族とか、王族とか、日本にいたからちょっとわからないんです。
「王様になれる人っていうのが決まっていてね。それはとあるスキルがあるかどうかによって決まる」
そういうと、青色の瞳が窓から差し込む光に照らされた。
「……相手が嘘をついてるとか、ついてない、とかが分かるスキルがね」




