350 しっかり、しないと
転生者は勇者と賢者に並んでいる、この世界で魔王に対抗することのできる才能を持つ者。
第二期転生者が過ちを犯してしまったことを除けば、彼らがこの世界に貢献したことも多い。
小さな努力で大きな結果を生み出す。
称号Ⅰ持ちはその力がある。
ただ、その分、過酷な運命を約束される。
凡夫を優に超える力の代償は、並大抵のものではない。
おとぎ話で聞いた勇者のお話や賢者の話で彼らに憧れる者も多い。
が、現実というのは、そう上手くいくことばかりではない。
ここにも、それを肌で感じている者がいた。
彼女の名前はアルマ。転生者である。
死霊術を使うことができ、魔族であるため魔素の含有量も多く、ただの魔法一つとってもその出力というのは計り知れない。
最強になることができる才能は持っている。
しかし、この世界に置いて、アルマは────まだ強くない。
白煙が宙に立ち上っていく。
「はあ、子ども相手になにムキになってんだかなあ〜……」
かつては猛威を振るっていた者たちは両足を折られ、二度と立つことができなくなっていた。
そこに降り注いだのはアルマの魔素と降霊術。
再び、立つことのできたもの達は一人の男に向かっていった。
けれど、その男は領土戦争の生き残りであり、武闘派軍人である。
罪人を取り押さえ、生きた魔族を屠ったこともある。死んだモンスターや魔族なぞ、型落ち、だ。
「魔導士、召喚士は生身を狙われたら終わり。どれだけ数を召喚しようが、どれだけ強いモノを召喚しようがな」
男は岩に腰掛けて、フゥとタバコの煙を吐いた。
あれだけ多くの敵を倒したというのに、辺りはなにもなかったような顔をして風に揺れている。
死霊は殺しても、地面が汚れる訳でもない。
汚れるとしたら……術者の血液くらいだ。
男はついと視線を送った。そこにいるのはアルマ。
「任務完了か。王国襲撃の件とは関係なさそうだったが」
木の根本で生気のない瞳を外に放り出し、腹部と胸から大量の血液を垂れ流す死体となったアルマだ。
「アイツラも王国側に着いた頃だろうし……ふぅ〜……本来なら生かしたまま聴取なんてのをやったほうがいいんだろうがなぁ」
タバコを指に挟み、猫背になった男はソバドアとアルマの死体を交互にみやった。
「まあいいだろう。術者を拘束するような装備じゃなかったしな。増援を待つのも面倒くさい」
禁忌魔法を研究している老婆。それに教えを請う少女。
なんでそんな奴らが王国にいたのか。王国でなくそこらの民家であれば結界も機能していないから、魔法の研究なんてのはやりやすいはず。
「……」
他に企んでいることがあったんじゃないのか。仲間はどうだ。死霊術が使えるということは、普通の魔法にも長けている可能性がある。他に教え子がいるのでは。少女側は危険性を理解してなかった様子だ。
(老婆が適性のある孤児を集めて禁忌魔法を後継していた……?)
そのように見えるが、決めつけるのは良くない。
「はあ〜……王国にいる理由を考えると、他にも仲間がいるって思ったほうがいいか」
考えれば考えるほど、胃がキリキリする。
捉えることは可能だったかと言われると、まぁ、可能だった。
が、殺したかった。
「……禁忌魔法とは、倫理観の欠片もねぇ奴ら」
昔、目の前で仲間がこの魔法で殺され、操られ、戦うことになった。
仲間の肉を裂き、循環していない腐った血を浴びて、吐いて。泣いて。泣いて。
そんな過去をタバコの煙と一緒に吐き出し、吸殻を靴の裏で潰した。
「っと、帰るか。報告書をかかねぇと」
──。
なにも音はしなかった。が、感じた。
「? なにが──」
男が振り返ると、立っていた。
殺したはずの少女が。
生気のない瞳のまま、ゆら、と。
「…………と。わたしが、頑張らないと」
「……こいつ……まだ生きてたのか?」
血を拭いたばかりの剣を鞘から抜き、構えて。
「なんだ、この感じ」表現しようのない違和感を感じた。「…………あぁ、そういう」
男の額に汗が伝う。
初めて、顔に緊張の色が乗っかった。
この感覚は久しい。
かつて、領土戦争で相手にしたことがある。
「おまえ……魔族だろ。肌に刺さり、内臓が浮き上がるこの感覚──っ」
「わたしが、しっかり、しないと……! 期待に応えないと──みんな、いなくなっちゃう!」
魔族だ。
男に魔素は見えない。だが、次に見えた【色】で完全に理解した。
「【でてこい】──」
彼女の瞳の色は、赤色だったはず。
それが、魔族が戦闘体勢に入ったときの色──金色へと変わっていることに。
「十夜」
しかし、未熟なのは一度戦って理解した。
だからこそ、勝てる。もう一度殺せば──
「天穿……!」
「――……」
その名前が呼ばれた瞬間、男は構えていた武器をゆっくりと下げていった。
それは本能的なものだ。頭が理解するよりも先に、体が反応をしたのだ。
「……なんだ、そいつ」
一体は見覚えがある。あの老婦が使役していた死霊だ。
でも、もう一体は知らない。見たことがない。
眼の前にいるのは十夜と呼ばれた死霊とは異なり、十夜よりも恐ろしく、格が違う存在。
魔族なのはそうだろう。だが、その中でも階位が上の存在。
コイツは、魔王に近い存在だ。
顔が見えないように頭から何かを被っており、体つきは女性の様に見えるが、定かではない。
だが、女性ならば持てないような黒い大剣を握っている。その大剣は現れたソレの胴体よりも太く、長い。
白色で剣だけが黒。顔が見えない。指は細い。体も細い。が、なぜか、勝てないと分かる。
「は、はは……こりゃあ……手持ちの装備じゃ、きつそうなのがきた」
男の顔が引きつる。
「勝てねぇ──なら」
男は武器を握ったまま、回れ右。ダッと逃げ出した。
その様子を見ていた、アルマの目が大きく見開いていく。
「逃げる……? にげる? なんで……っ! にげるなッ! 逃げるなァ──ッ!!」
「馬鹿言え。勝てねぇ相手からは逃げるのが常識だ! 命は一個だけなんだよ!」
「先生を殺したくせに……許さないっ! 行こう、みんな──【でてきて】」
魔法陣が先程よりも広く地面に広がると、殺されたはずのモンスターが復活した。
その光景を男は確認し、恐ろしすぎて苦笑いが浮かんだ。
「化物め……!!」
そんな化物に追われ、男は東側へ走っていった。




