347 人殺しの才能
「オマエらはこのことを王国に伝えに行け」
白髪の軍人は後ろにいた仲間たちにそう言うと、武器を抜いた。
「……!」
戦闘が始まったのだと、素人目に見ても分かる。
どうしたら、いいの?
わたし、わたしができることは……。
「【出てきな】──」
蕎麦先生が呟くと、影のような兵隊が七体現れた。
鎧は実物。だが、それを身に着けているのがゆらめき、一秒たりとも同じ形を保っていない。
色が違う炎が鎧を身に付け、武器を手に持っているみたいだ。
「ちっ、召喚もできんのか……そんな装備できてねぇっての」
「……虹色だ」
現れた七体の兵隊の中身は一体一体が色が違う。赤、橙、黃、緑、青、藍、紫。それぞれ単色なのだが、宝石のようなギラギラとした色をしている。
「七色の兵……そいつら魔族か」
「おぉ、よくご存知で」
「軍人舐めんな。座学もさせられんだ──二つ前の領土戦争の時に猛威を振るった七対の魔族だろ」
「それをちくとアレンジした子さ。受けてみるかい?」
赤色に燃える兵は、魔法を放とうと手を前に出して。
橙色に燃える兵は、龍の文字を組み込んだ魔法陣を展開して。
黄色に燃える兵は、龍のような形へと姿を変えて。
緑色に燃える兵は、長刀を地面に引きずりながら揺らめいて。
青色に燃える兵は、錫杖のようなものを地面に打ち付けて、味方へ支援を行い。
藍色に燃える兵は、馬に乗ったまま大槍を構えて。
紫色に燃える兵は、羽をはやして両手には魔素のような不定形の剣を握った。
七体の死霊の攻撃が男に向かって一斉に放たれた。
「おぉおぉ、派手だな」
男は鎌首をもたげると、口元を不快そうに歪めた。
「が、ネクロマンスってぇのは少々弱くなるってのが相場だ」
握っていた武器を振り抜き、魔法を弾くと龍に向かって飛び上がって眼窩を貫いた。
声にならない叫び声が大地を揺らす。すぐさまカバーに入る他の影に向かって懐にあったものを向けて──
「バン」
体に風穴が空いた。
手に握られていたのは、二つの銃口が覗いている重火器だった。
「オレが、禁忌魔法のことを毛嫌いしている理由は──それを魔族が使うからだ。特に死霊術はな」
緑色の兵が距離を詰めるのを、たった一つの足の動きで自分の得意な間合いへ移動して、股下から頭にかけて振り上げた。
その振り下げで馬の首を落とし、銃口は騎手に向けられた。
「墓荒しだよ、あんたらは。戦争の時、死んでいった仲間をオレの眼の前で呼び寄せ、殺し合いをさせた。──オレの機嫌を損ねるのが得意らしい」
剣を肩に乗せると姿勢を低くして、再生しようとした兵を蹴り飛ばして龍の手を躱して、腕を切り飛ばした。
その落下中──チカッ──と光った。二つの銃口が私達に向いているのだ。
「足の一本くらいは無くなっても文句はねぇよな?」
バンッと火花が散ると、私達の前に一本の剣が地面から生えて弾を防いだ。
それを握り、出で立つのは蕎麦先生のかつての友人だったと言われる──十夜。
「この子に手を出したら、タダじゃあ置かないよ。坊や」
「おぉ、怖い怖い」
息をつく暇もない。
私も何かしないと、私にできること──できる、ことは──。
「ボルル君……」
風にかき消されるような声量で彼の名前を呼ぶと、十夜の横に骸骨騎士が並んだ。
この子は私が出せる一番の死霊。多くの冒険者の命を奪い、お兄ちゃんやアンちゃんを追い込んだ怪物。
「ちっ……嬢ちゃんの方も使えるとは。ンでも、骸骨の騎士か」
とんでくる魔法を剣で打ち消しながら地面を滑るように真っ直ぐボルル君の真下へと入り込んだ。
『!?』
黒炎を纏う大剣を振りかざすボルル君だったが、その付け根に向けられていた銃口から火が吹いたのが見えた。
ガヂンッと鈍い金属の音がなると、片手が吹き飛んでいった。反対の手で剣を握ろうとして、そちらは切り飛ばされて。
よろめいたボルル君は、背後から迫ってきていた魔法の盾にされた。
「悪ぃな。オレ、こんなんでも王国の大佐で」
十夜の攻撃すらもボルル君の装甲で受け止め、銃口を修復中の頭に突っ込んで撃ち抜いていた。
「ちょっとは強いんで」
霧のように崩れていた体。生身の体ならばこれで決着が着いていたはず。
「が……そうだよな。死霊術ってぇのは、コレが醍醐味だもんな」
男の攻撃なんてなかったようにズズズと再生をし続ける死霊を見て、男は下げていた口角を自分で持ち上げていた。
「手加減ってのは、ちとムズいか」
武器を握りしめる男の瞳の鋭さが増した。
「ったく、本当に……」
涼し気な表情に宿るのは明確な敵意。だが、私はまだ、この状況についていけていなかった。
「……なんで、そんなに……怒ってるんですか」
だから、質問をした。
今の私の気分は外を散歩していたら急に殴られたようなもので。
通り魔と言えばいいのか、この戦闘にどんな道理があるのかがいまいち分かっていない。
それに加え、急すぎる。冷静そうな男の人がこれほどまでに敵意を剥き出しにする理由が……私にはまだ分かりきれていない。
「? 怒ってる? 誰が」
汗をかいた髪を掻き上げながら男は冷めた目を向けてきた。
「……なにか勘違いしてるみたいだな、お嬢ちゃん。……キミは規則、規律、ルール。こういう言葉って知ってるか?」
ふぅ、と息を整える男は先生と私を同時に見やる。
その声色は説得をしようとしている訳でもない。ただ、聞かれたから答えているという事務的なもの。
男は一貫してその態度を取っている。──仕方がない、という顔で。
「それを護らないと大多数の人が不幸になる。上手く回らなくなる。で、護らねぇヤツが出てくると、ルールは破綻する。円滑に社会を回すためにルールってのはあるんだ。それをアンタらは壊そうとしてる。で、オレはそういうのを処罰する側。怒ってる、怒ってないじゃないんだよ」
「……でも、わたし、これしかできなくて」
「ならやるな。そんな才能なんて要らねぇ」
「そんな……」
男の人の説明を受けて、この世界で……久しぶりに生きづらさを感じた。
いや、初めて、という方が正しいかもしれない。
今までは理解してなかったからこそ生きづらさがあった。でも、今は色々と分かった上で『生きづらい』と感じた。
やろうと思っていることが、やっては駄目なことで。
頑張ろうと思ってやっても、周りからは非難されて。
「だって……わたし、本当に……これしかできないんです……!」
「人殺しの才能があるヤツが人殺しを学んでる場面に出くわした。お嬢ちゃんにわかりやすく言うと、今のオレはそんな感じだ」
「……っ……でも、まだ、わたしはこの力で……」
――『まだ誰も殺してない』
「……っ!」
咄嗟に出かけた言葉の影を追いかけて、喉の奥で悲鳴のような声を上げた。
……今、わたしは嘘をつくところだった。
わたしは、たくさんの人を殺した。
何もわからないまま、たくさんの人を殺した。
開き直ることなんてできやしない。
この人に届く言葉なんて私は持ち合わせていないんだ。
「死霊術じゃなく普通の魔法を勉強すりゃあ良かったのになぁー」
わたしは、男が何故攻撃をしてくるかを理解してしまったのだ。
「が、もう遅いんでな。死霊術が使える時点で、カテゴライズの脅威度はS。そこらの魔族と同じくらいだ」
「信じてください……私は、この力を悪用しようとしてる訳じゃないんです」
「で? 見逃してくれって? こんな状況でか?」
話している間に、男は蕎麦先生の兵に囲まれている。
わたしは先生を見上げた。すると──顔を辛そうに歪めている先生がそこにいた。
「せんせ……っ……?」
顔色が悪い。
いつもの元気な先生じゃない。
ずっと静かだと思っていたら……。
「老体には死霊の体を回復させるほどの魔素もねぇと思ったが、キツそうだな」
「はっ……はっ……なにが、まだまだ若いさ」
「分かった分かった」男は肩を竦めて、目の光を消し去った。「その気なら、目撃者なんていねぇし。──やっちまうか」
殺気にあてられ、足が竦んだ。
男の視線を遮るように十夜が体を入れ込む。少しは和らいだが、震えが止まらない。
(駄目だ。私にできることはなにもない。でも、何かやらないと。先生も具合悪そうだし。でも、でも──)
ぽんっ、と肩に手を置かれた。
「……」
見上げると、笑みを浮かべている先生の姿。
「十夜……。この子は絶対に守るんだよ」
「蕎麦先生……わたしも」
肩に置かれた手を握ると──驚くほどに先生の手が冷たく感じた。
「……これ、なんで……先生……体が」
何かが先生の体温を奪っている。そう思えるほどの温度に顔がこわばる。
体調が悪いってもんじゃない。
「駄目だよ、せんせい……戦ったら……」
「馬鹿だね。戦わないで、どうやって相手と分かり会えるっていうんだい」
先生は覚悟を決めたようにして男に向かっていった。




