346 降霊術中に訪問者
本日は晴天なり。
積もっている雪もちょっと土色に汚れている様子。
真っ白いからかわからないけど、照り返しがきっついんだぁ。雪がテカテカして眩しい。
「日焼け止めほちい……」
そもそも、この世界には日焼け止めがあるのだろうか。
でもみんな肌キレイだよなぁー……。
「アルマ。現実逃避は止めな」
「……ふっ、疲れたのだよ、先生」
「なーにが疲れただ。まだ降霊術をしただけじゃないか」
蕎麦先生に外で訓練と言われたから、何事かと思うと、幽霊さんとお話タイムだ。
なんと私、幽霊が見えます。ぶいっ。
すげぇ、異世界すげぇえです。でも、たまに怖いです。おばけって苦手なんだよなぁ。得意な人はいないだろうけどさ?
「そういえば、先生はなんで死霊術を勉強しようと思ったの?」
「ただの物好きなだけさ」
お、これは深掘りできそうな予感。
「詳しく詳しく」
「老人はお喋りだけどねぇ、若者が考えることもなんとなく分かるんだよ。喋らせて休憩しようとしてるね?」
「ぎ、ぎくっ」
「さぁ、もう一回だよ。モンスターだろうが、人の死体だろうが、引っ張って話をしてみな」
先生は優しいけど、こういうところで抜け目ない。私が何をやろうとしても筒抜けなのだ。
「うぅ……みょんもんみょんもん〜……」
言われるがまま、顎をちょっと持ち上げて通信をするような姿へ。
これに何か意味があるのかと言われたらわからない。電話してる時にちょっと見上げるのと一緒だ。
「死霊術だからといって相手は元々は生きてた。ちゃんと敬意を払うんだよ?」
「みょんみょん……」
「あと、その意味の分からないの止めな」
「みょん……なんか、コッチのほうが通信してる感じがあるのだ……みょんみょん……」
「……舐められたら終わりだからね? 主人になっても良いと思われるような泰然とした態度をだね」
「ンなことを言われても……うえぇぇ……うぇ……ン、ア、おぉ……これは……キタ!」
繋がったッ!
「これは、オークの死体だっ!」
ジャンッと目を開くと、そこには霊体のオークの姿。ふわふわと下半身が湯気のように踊ってらっしゃる。
「おおおーーー……オークだぁ……で? これからは、えーと……契約を持ちかけるんだよね?」
「そうさ」
「ほい、オーク君。どうだい、契約は──あデッ!? なんでっ殴るのッ!?」
霊体の彼は不満そうな顔をして、もう一度握りこぶしを作っていた。
「なにさっ! ケチ! 悪い契約じゃないよ! 必要な時にしか呼び出さない! ホワイト企業ですっ! アルマに仕えたら、今ならオトク!──いつつ!!──なんで殴んのって! やっちゃうよ! 出るとこでちゃうぞ!──イデ! ぬぅっっっ〜!」
頬を膨らませて、聞き分けの良くないオークに指を指す。蕎麦先生も見てないで怒って欲しいんですが!
「そんな顔をされても困るがね……」
キッと睨むと、呆れたようにオークは消えていった。
なんだってんだ! ふざけんな! へんっ! 腕を組んで鼻を鳴らしてやった。全く、モンスターとは仲良くなれる気がしないよ全く!
「死んだ後に引っ張り出されるんだ。……あんた、格がないんじゃないかい?」
「格なんてあるもんか! こちとらトーシローだぞい!」
「だぞいねぇ〜……」
蕎麦先生は座り心地が絶妙に悪そうな岩に腰掛けて、指を立てた。
「まず、降霊術の基本は対話だ。あとは、レベルの差。主人よりもレベルの高いヤツは基本的には仕えさせるのが難しい」
「さっきのオークは私よりレベルが上だった?」
「どうみてもフツーのオークだったからねぇ、そんなことは無いはずだよ」
「なんじゃい。対話が駄目ってのか」
「なーんであんたはそんなに不満そうなんだい。まぁ、気に入られなかったってことだろうさ」
「……。レベルの高い人と契約する方法はないの?」
「気に入られるか、自分で倒して服従させるか。その二択さ」
結局は力こそ正義の世界か。ふっ……この残酷な世界に救済はないのかね。
「ちなみに、私のこの十夜は知り合いでね。私よりもレベルが高い」
「……どうやって契約したの? 気に入られた?」
「死んだら使い潰してやるよって先に言っておいたからねぇ。契約にこまることはなかったねぇ」
「約束か。ふむ……」
指切りげんまんで無双をする日が来るか? 来るわけないか。
でも、このわたしのちっちゃな小指でとんでもない強いのと契約する可能性もあるってことか。
「めちゃつよの人と、執事さんとか呼び出して、寝てるだけで全部上手くいくようにしたい」
「はぁ……欲の権化だよアンタは……」
「私くらいの女の子は強欲の悪魔さ。ふへっ」
欲深い私は、漫画に出てくる王様くらいの強欲なのだ。
まぁ、お兄ちゃんのスネを美味しく頂いてる金なし職なし意気地無しのプー太郎なんですがね。ははは。
「じゃあ、次は……みょんみょん……」
──ヂッ。
「みょん?」
今、なんだろう。
ノイズが走った気がした。
これは…………霊体が、何か、怯えてる?
「──アルマ」
「?」
蕎麦先生の声がどこか緊張を持っていて、
その視線の先には……誰もいないけど、なんだかイヤな気配がして。
──あれ、なんだろう。これ……私の感覚じゃない、よね。
霊体を通じて感じるのは、明確な殺意と恐怖。
蕎麦先生が見ている先にいるのは……モンスター達にとって、良くない存在ということか。
「姿を現したらどうだい。行儀の悪い王国軍人さんよ」
蕎麦先生がそう言うと、視線の奥の木々の間から人が出てきた。
ヌッと現れた訳じゃない。霧が徐々に晴れるように、体が部分的に出てきたのだ。
「盗み聞きはマナーとしてどうなんだい?」
「いやぁ、こっちとしても盗み聞きだけで留めるつもりだったんですが」
現れたのは白髪を後ろで結っている男の人。
うわぁ、イケメンだ。軍人さんってもっと……ゴツゴツ系かと思ったら、ゴリゴリにメイクした舞台俳優さんみたいなのが出てきた。
お兄ちゃんよりは……かっこよくないけど、クール系だ。
「どのみち、聞いた内容は報告するんだろう?」
「仕事なんでな」
「困るねぇ。どうにか黙っておいていただけませんかね? あたしゃ、老いぼれで、こっちはまだまだクソガキなんだ」
蕎麦先生が警戒をしているような笑みを浮かべて、手をこっちに出してきた。私の後ろにいなさい、と言っているような気がした。
いまいち、事態を把握できていない私はおどおどしたまま蕎麦先生の背中の後ろでそれを眺めていた。
「年齢を盾に出されちゃあ困るなぁ。こっちは今年で37歳だ。ようやっと頬に老人線が出てきたくらいだってのに」
青年のように笑う。しかし、目だけは笑っていないと気づく。
「……少し前。書籍館の方で、死霊術についての書物を読もうとしていたという連絡が入ったのを思い出したよ」
ジロと瞳が私を射抜いた。
「君だったのかい?」
「……!」
この王国に入ってきて、お兄ちゃんに言われて図書館に言ったのを思い出す。
死霊術の勉強をしようして司書さんに話をして……気持ち悪がられた。
その話は軍人さんにも伝わっていた。
それくらいダメなことなの? ただ、調べようとしただけなのに……?
「……結局、その人物は逃げ出すようにどこかに行った、と。書籍館の管理者達は気にしてない様子だった。ただの興味本位で聞いてきた。嫌がらせだろう、って。見た目年齢はキミくらいの子だったらしい」
腕を組み、下がった右手で腰に下げている刀の先端に触れた。
「ご婦人。禁忌の魔法は研究も使用も許されてはいないことをご存知でしょう」
「知ってるよ」
「なら、それを破った人がどうなるかも知っているのでは?」
蕎麦先生は答えない。男の人は観念したようにため息を吐いた。
「……即刻、指名手配。そして、現場に居合わせた場合……取り押さえる必要が出てくる。が、若い女の子と、ご婦人を取り押さえるなんて私にはとてもじゃないができません」
ので、と言うと男の人は右手は武器に触れたまま、左手だけを動かした。
「掴まってくださると助かります。努力して処罰を軽くしましょう」
「蕎麦先生……」
先生の服を掴むと、ガシガシと頭を撫でられた。
「お断りだよ、坊や。禁忌魔法だろうがなんだろうが。こっちは好きでやってんだ。趣味にとやかく言われる筋合いはないね」
男の人はつり上がっていた目をゆっくりと閉ざして、
「なら、取り押さえるんだが──ネクロマンスは禁忌の中でも、オレがいっちばん嫌いな類だ」
今までは触れていただけの刀を握り、刀身に光が当たった。
「少々、手荒にいくぞ」




