345 負ける気がしなくなった
ボリュームとかももう少し下げておくか。
このままさっきみたいに大声が聞こえたら鼓膜がいよいよどっかいっちゃう。
『旦那ですかい!? 今、どこに!?』
キリキリと調整をしてる時に声が聞こえてきた。
この声はダンカンだな。
「えっとね、今はね──」
『ママ!』『ご主人!! お久しぶりです』『この声はアイリスか!?』『間違いないわね……びっくりした』『こんな急に聞こえるんだ。魔法陣とかないけど、どこに』『ママ! すごく強くなったよ!』『いやぁ、アイリス。聞いたぞ。ロベル王国にまで話が来ていてな』『ゴブリン部隊は順調ですよ! 任せてください!』『ウルフ部隊は中々に手を焼いてるみたいですよ、あの妹が』『ご主人聞いてくださいよ! お兄ちゃんが全然仕事しないんです!』『ますたー!』『せんせい──』
おぉぉぅ……声がたくさん。
これ、契約しているゴブリンとウルフの全員にも繋がってるから量と勢いがすごい。
「ちょっと、ごめんね。みんなの声が聞きたくなったから」
隣のアンが不思議そうに首を傾げてきたので、魔法陣をちょいちょいと指をさした。
それでも分かってなさそうなので、魔法陣に文字を組み込んで、ちょっと弄ると──
『そんな嬉しいことを言っていただけるなんて! はやく旦那の顔が見たいぞオレぁ!』『あれから何回か人が山に登ってきたんですが、一人も殺めてはおりませんのでご安心を』『ダンジョンに潜ろうとするヤツがいたから、その時はちゃんと掃けて』『魚がめっちゃいる場所がいたんだぜ!』『いい加減木の実にもあきてきたっていうのがあるけど』『まぁ、人の肉を食うくらいなら他のモンスターを襲うし』『そういえば、オークが降伏をしてきたんです』『シュルペーは相変わらずうざったくて』
「……うるさ」
スピーカーに早変わり。
耳をふさいで嫌そうな顔をしているアンに喋ってもらうようにジェスチャーをしてみた。
「これで、わたしの声が聞こえる……?」
『げっ、その声は戦闘狂の』『お、姉御! 久しぶりです! お元気でしたか!?』『あ、従者さん。やっほー』『アンさんじゃないか、息災か?』──
多くの声に追いやられて、顔をひきつらせていた。
まぁ、モンスターの声はアンには聞こえないから鳴き声や唸り声と時折聞こえてくるエヴァーチェの皆の声って感じだろうけど。
(みんな元気そうでなによりだ)
(それにしてもおおくないですか? 聞き取れませんが)
(そりゃあ全員と繋いでるからさ)
こそっ、と声が乗らない程度の声量で話をして笑った。
「みんな、ごめんね。急に連絡して。ちょっと、これからダンジョンに入ろうと思ってさ」
この手の連絡の時に、上を向くのはなんでだろう。でも、こうした方がみんなに声が届く気がするのだ。
「だから、みんなから応援してもらいたくて連絡したんだ」
『……攻略してなかったのか?』
これは、ユットロールさんの声だ。困惑してらっしゃる。
「まだ、攻略してないんだよ! 今更って思うでしょ。でも、本当にこれが初めてなんだ」
分かりますか。こんなヤツをあなた達はボコボコにしたんですよ。
思い出したらちょっと腹たってきた。今度会う機会があったら、ご飯とか奢ってもらおう。
『アイリス様なら大丈夫さ。なぁ?』『そうだ。そうだとも』『私らに勝てるアナタが下位ダンジョン如きで怯えないでちょうだいよ』『ちゃちゃっと終わらせてまた連絡くれ』
エヴァーチェのみなさんからの応援のメッセージ。
人間らしいというか、なんというか。
『ママなら大丈夫だよ! なにがかは分かんないけど……』『旦那に勝てるヤツなんかいねぇさ。派手に行きましょうや!』『ご主人さまなら大丈夫ですとも。あなたは私達の長ですので、なぁ!』
モンドの呼びかけに応じて、狼とゴブリンの雄叫びが聞こえた。
みんな一緒の場所にいるのか。楽しそうでいいなぁ。
「ありがとう。じゃあ、魔素を使い切っちゃうとアレだから切るね」
みんなの声を聞きながら、魔法陣を閉ざそうとして──
『ママ!』
「……デイジー?」
『早く会いたい! ママに会うために強くなったんだよ!』
「……」
声から感じ取れる感情に溺れてしまいそうになった。
ああ、まだ、この子はぼくのことを親だと言ってくれるのか。
渡黒鴉は……もう旅立ったかな。寂しいだろうなぁ……。
「……ぼくもだよ。デイジー。ぼくももっと強くなる」
今度こそキミを守れるように、はエヴァーチェのみんながいる手前言いにくいから言わないけどさ。
「強くなってたくさん遊ぼう。飽きるくらい。飽きて、日常に溶け込むくらい、ずっと」
『旦那!』『ご主人さま!』
「みんなもだよ。……エヴァーチェの皆さんも。皆の主人の名に恥じないように、誇ってもらえるように頑張るよ」
──ぷつ。
と、魔素をこれ以上使ったら駄目だ。
「あるじは罪深い男です」
「なにが? なんで?」
「分からないようならいいです。ただ、主人が頑張ってるのに頑張らない従者はいません」
「……ふ、ふふ。そっか。申し訳ないなあ」どうやら悪気のない発破になったらしい。
アンはダンジョンに向けていた目に闘気を宿した。
ぼくも背中を押してもらえた。ジリっと足元の砂を払った。
「──ペルシェトさん。準備万端です」
通信魔導具に魔素を注ぎ込むと、すぐに繋がったのが分かった。
前に持っていたモノよりも明るくなり、周辺を照らすほどの光源になって。
『じゃあ、こっちの時計に合わすから。あと15秒くらい待ってて〜』
「15秒かぁ、なにする?」
──14。
「あ、そういえば佳奈にダンジョンに行くよって最後の連絡を……って無理か」
──8。
「あるじ、武器とかは大丈夫ですか?」
「あっ。新調するの忘れてた……」
──3。
「まー、なんとかなるでしょ」
──1.
『はい、測定開始。ダンジョンへ向かってください』
ペルシェトさんの声を受けてダンジョンに足を踏み入れると、すぐに魔素に惑わされて明かりが薄暗くなった。
「行こう、アン。登竜門とやらへ」
「みずぼらしい門でしたら叩き割ってやりましょう」
フッと笑い、視線を前に向けた。
こんな気持ちはこの世界で初めてかもしれない。
──負ける気がしない。
少し、欲をかいてみようか。




