343 入出国調査
【紫蘭之団】が編成され、急遽、隊長が任命された。
それも、【称号Ⅰ申出制度】で確認された『賢者』を有する傭兵出の女性だという。
この件は、デュアラル王国の全土に広く知れ渡っていた。
多くは新任賢者へ肯定的な意見だ。しかし、中には、急すぎるのではないかという話も散見された。
前例のないことをこうも立て続けに行われると、こういう話が出てくるのも仕方なし。
皆、不安なのだ。
この王国が前例のないことをやる時は決まって『なにかの前兆』であると、皆が分かっているから。
声のないシグナルと言えばよいか。決して不安を煽る目的ではないのだが、事実、そうなってしまっている。
前回の領土戦争の前にあった【王国間戦争】の際には急遽、外部から人材を引き抜いたことがあった。
一人は傭兵。一人はパン屋の看板娘。そして、その二人はその戦争で功績を上げ、今では王国の二対の元帥になっている。
長くこの王国に住んでいる者は気付いている。
近々、何かあるのではないか――と。
「何もねぇよ。変な噂を鵜呑みにすんな」
王国に入国する憲兵の待機所で、その男は机の上に足を乗っけて部下からの質問にそう返していた。
「しかし……国民が」
「国民の声よりも上司の話を聞いてほしいもんだが」
気だるそうに話す男の長い白髪は頭の後ろで結っても長く、肩甲骨辺りまで垂れ下がってきている。少し笑ってみせても不機嫌にみえる切れ長の瞳は彼の帯刀している剣と同等の鋭さを宿している。
「は、はい。申し訳有りません」
「そんな畏まらんでもいいがな」
彼の名前はレナード。階級は大佐である。
【紫蘭之団】に【称号Ⅰ申出制度】を試験導入をする際に説明役として任命され、アイリスという仮面をつけている女性を元帥の自室へと案内した男だ。
また、最近、不在だった軍事顧問が返ってくる前に門の憲兵の管轄を任せられたことで直接的な訓練を免れた幸せ者でもある。
部下にいた黒服の大尉は相変わらず、軍事顧問殿にみっちりと扱かれているらしい。時折、「逃げやがって」という恨み言が通信魔導具を介して聞こえてくるが、聞き耳を持たない。
彼は、ティナという軍事顧問がその地位に着任した際に、若気の至りで勝負を挑み、返り討ちにあった一人だ。
王国側でストレスのはけ口にされているのは彼。そして、あの黒軍服の大尉とゴルドンという中将くらい。
ゴルドン中将は何を隠そう、【紫蘭之団】が編成された時にアイリスに「仮面は外さないのか?」と聞いた大柄な男性。
彼も昔は血の気が多かったのだが、ティナ軍事顧問にみっちりと扱かれた結果、ふさふさだった髪の毛が少なくなった。可哀想に。
まぁ、そんなことは置いておこう。
彼は王城務めの言ってしまえば、エリート街道を歩む男だ。
が、なぜ、今、こんな城門警備のところにいるというと……
「そんなことよりも、データは?」
「はっ……?」
「出国、入国を繰り返してるヤツのデータだよ。王国襲撃の手引したヤツを探すって言ったろ」
目的はコレだ。
数ヶ月前にあった王国襲撃の際、王国内に下位魔族が突如として現れた。……これは普通に考えればありえない話である。
王国の周りには結界が張られており、魔族が侵入しようとすれば弾くようになっている。
飛行系モンスターの襲撃に合わないのはこれが理由でこの結界は交代制で結界を張る者がいるため、24時間365日安心して暮らすことができる、というのが以前の話。
今となれば、杜撰な警備だったということになっているが。
現段階で分かってるのは『何者かが転移魔法で魔族を呼び寄せる』か『結界の感知外から王国内へ座標指定し、魔法を放つ』ことができれば、王国側へ被害を出すことが可能ということ。
――王国内に下位魔族の転移。
――マールベリー元帥への上位魔族の干渉。
転移魔法に関しては入口と出口の情報が分かり、即座に対処ができるようになっているのだが……今回のケースは現在調査中。えらく手の込んだ魔法らしい。解読班が日夜奔走をしている。
そんなことは「ありえないほど卓越した魔法使い」がいないとできない芸当だ。でそいつは、おそらくマールベリー元帥の報告にあった、魔司者がしたと考えられている。
人間ではなかったと喜ぶべき。人間だったら、下手したら国家間の戦争になっていた可能性だってある。
(不幸中の幸い。まぁ、ロベル王国がそんな簡単に戦争をふっかける訳もないか)
まぁ、転移関係の話はそこら。
で、今のホットな問題は『手引した者がいる』可能性があるということ。
上位血盟が出払っているタイミングをピンポイントで狙った。
憲兵の数が少ないところには魔族の出現が多く、西門などの警備が手厚い場所には少数だった。
魔族側にこの国の情報を流した者がいると勘ぐるのは必然。
それで、この度の調査が始まった訳だ。
「大佐。こちらがその時期に出入国を繰り返していた者のリストです」
ぺら、と受け取った将校からの紙に目を通す。
「ふむ……クラディス……アン。冒険者か」
そこに書かれてあったのは、名前と所属と時間帯。
冒険者ならば出入国が多いのは当然ではあるが、特にこのクラディスという少年は抜きん出て多い。
(一番怪しいのはコイツだが……)
と、目を落とした所、同時刻に出入国している人物を見てマグカップへと伸ばそうとしていた手を止めた。
「ティナ……?」
紛れもない、軍事顧問の名前である。
冬が始まる前の時期はクラディスという少年と、冬が始まってからはアンという少女の付き添いで。
「……静かだと思ったら、冒険者でストレス発散を? こわっ。──この二人は問題ない、ほかにはないか?」
紙を返すと、もう一枚の紙を渡された。
「これは?」
「冬季に入ってから、入国してきたばかりの者達です。ほとんど毎日外出をしているようです」
「……王国襲撃にあった日には出てない、が……それが収まってから、出るようになったか」
そこにあった名前は、アルマ・ハイドレンジ。冒険者。
出身の村は……ユシル村。
「で、この子の付き添いは? いるのか?」
「はい。ソバドア。職業は魔法使い、とだけ」ペラと出された紙に目を通しながら、タバコを燻らす。「出身はデュアラル王国ではありますが、出入国のデータは調べてもありませんでした」
「……偽造? 戸籍をか」
「その可能性もあります」
ここデュアラル王国では、個人登録で事件別で戸籍が登録されている。
いつ生まれ、いつ結婚して、いつ死んだか。
村や街ごとで管理されているため、出入りの激しい所ならば家系図なんて役に立たないこともある。デュアラル王国は残念ながらそっち。
役に立つだろうというのは、個人登録の情報まで。
「個人登録された時のはいつだ」
「…………300年前、と」
「300年かァ、長生きなばあさんだな。この国の管理の杜撰さが露呈したか? はあ……」
300年前と言われて「なにっ!? 300年前に出生しているだと!?」となるのは阿呆だ。そこまで、この戸籍の信頼性は高くない。
「今、ちょうど外に出ているようですが、どうされます?」
「どうされますって言われてもなぁ〜……」
ガシガシと髪の毛を掻いて、その紙を手に持って席から立ち上がった。
「……元より、可能性が低いことの調査だ。足を動かさねぇとなぁ」
アルマ。
ソバドア。
この二人が現状で、最も怪しいと思われる人物。
「憲兵。暇な奴らはちょっとついてこい。というか、息抜きしたいやつは来い」
ならば、調査しなければならない。これは仕事なのだ。
「森の散歩でもしようぜ」
タバコを手にして、レナードはめんどくさそうに笑った。




