338 アイリスという賢者は可哀想らしい
あの変な腕試しから2日が経った。
今日のお昼頃にナグモさん達が迎えにきてくれるらしい。それまでは職務を全うしなければならない。
今思うと、王国の佐官と聞いてもパッとしない。会社で言うとどのような立ち位置なんだろう。
課長とかそういう感じになるのかしら。ある種の管理職みたいなものか?
部下をまとめ、備品なりなんなりの点検や、戦術的な指導とか……わからんから全部あのお団子先生に任せてるんだけど。
(この資料もそれなんだろうなぁ。あのお団子は案外働き者らしい)
抱える資料の上に書いてある備品やら、軍隊やらの文字を見て頭が上がらないと思った。
まぁ、勝手に部隊を編成して、その隊長に勝手に任命してきたんだ。悪いとは思ってはいない。というか、この手の仕事を任せられても困る。わからん。部下なんて持ったこと無い。
まぁ、それは置いておいて。
ティナ先生との模擬試合から、変わったことがあったのでそちらのご報告も。
(……こちらはこちらで不思議な感じ)
あの戦いを見た兵士は、口々にぽっと出の僕の印象を噂でもって広めていった。
『おそろしく強い、武闘派の賢者殿らしい』
それが尾ひれに尾ひれを付け、色んな異名へと昇華した。
戦神に愛される、王国の守り手。
武装賢者。
雪原に咲く、一輪の蘭。
白銀賢者。
賢者なのにあれほどまでに武器を扱えるのは、孤独であったから。
そして、【紫蘭之団】編成時の式では仮面を外せない理由で「戦闘で負った傷がある」と言った。それも、おそらくは不得手な近距離戦闘に持ち込まれてつけられた傷なのだろうと。
極めつけには【雪原に咲く、一輪の蘭】という異名も聞いたことがある。
僕が剣を取らざるを得ない境遇に生まれたと勘違いをして悲観的に、そして詩的に名付けてくれたのだろう。
「噂って、怖いなぁ」
いまや、僕は「突然出てきた成り上がり野郎」ではなく「暗い過去を背負った、麗しげの賢者殿」になってる。
まぁ、嫌われるよかマシだけどさ。
だけど、こうして書類を持って廊下を歩いているだけで……。
「アイリス国定魔導士殿! 荷物をお持ちしましょうか!」
「馬鹿、お前。賢者殿はお前よりも力があるんだ。だからここはっ、お菓子を作ってみたのですが」
「お菓子だぁ? ふざけんな。そんなもの、手が塞がってる状況で食えるもんか!」
こうやって、お節介をやく人が出てきた。最近、やたら絡んでくる。
街中の商店街でカメラマンとタレントが食べロケをしていたら、その後ろをついてくる町民のように、僕の後ろをぞろぞろとついてくるのだ。
君たちは兵士じゃないのか? 仕事は? 僕に構っても何もしてあげられないんだけど。
「あ、あのお……」
「!? なんでしょうか、アイリス国定魔導士殿!」
うぅ……やりづらい。
「わたしのことは大丈夫だからさ。他の困ってる人を助けてあげて」
その言葉に、ついてきた人はゴォと泣いて。
「い、いえ! 私どもは貴女の生い立ちを聞いて」
いや、それ、架空の話なんだけど。
「ですから、何か手伝えることはないかと」
「賢者殿はここにやってきて日も短い。教えられることがあれば」
「じゃあ、これからマールベリー元帥の部屋に行くんだけど……」
そう言うと、今度はガチンと皆の表情が固まる。
やがて、視線を逸らし、何かを思い出したかのようにはけていく。
僕と話をしていた二人までもが気まずそうにしていたから、問うと。
「私どもでは、あのお方とお話することさえできません……兵のことを、あまり好いてはおらぬようなので」
そして、それ以外のことでしたらぜひともお手伝いをさせてください、と付け加えて、その二人も去っていった。
「……あのお団子、そんな気難しいのか……?」
僕の後ろをついてくる人がいなくなった後で、僕は何も言うことはせずにくるりと踵を返して、呼び出されいた書庫まで足を運んでいった。
◇◇◇
「お団子さんは」
「せんぱーい」
「お団子先輩は、なんでちっちゃいんですか?」
お団子の部屋に資料を運び、次のお仕事が舞い込んでくるまでの間、暇だったから治癒魔導書を読んでいた。その片手間にその質問をした。
すると、机に向かってメガネをかけて仕事をしているお団子は目だけをこっちに向けてきて。
「ふむ。それは答えずとも考えれば分かる質問だ。賢者殿には考えてもらいたい」
まぁ、仕事中の人にかける言葉じゃないか。
「上位森人だからです?」
「なんだ、分かってるじゃないか」
「こういうのは本人の口から聞いてみたいんですよ」
「私の場合は、種族昇華による若返りだな。寿命が伸びたから幼くなった」
「ってことは、エルフのときは」
「おばあちゃんだよ。どれくらいと言えばいいか……」
上を向いて考えてる仕草はまさにおばあちゃんそのもの。
「ログリオという青年は知ってるかな? あれよりも年上だな」
「ハインストの……?」
「そう。いつの間にか英雄だって呼ばれてたが、私の中だったらまだまだガキもガキだ」
「私、その人の血盟に誘われましたよ」
「へぇ。行かなくてよかったんじゃないか。ハインストよりもコッチのほうが楽しいぞぉ〜? なんていったって、私がいるんだからな」
「はいはい」
すっごいポジティブのおばあちゃんだこと。
上位森人になったことで、身に纏う空気は厳かに。けれど内面まで変わるわけではない、という感じかな。
「あ」
「ん」
そうだ。ちょっと聞いてみたいことがあったんだった。
「お団子先輩は兵のことが嫌いなんですか?」
「私が? 兵のことを? そんな訳ない。あれほどまでに国に奉仕をしてくれている者たちを嫌いになる理由はない」
「ふぅん……」
「なんだ」
「いーえ」
思い過ごしか。
こんなワガママお団子おばあちゃんが気難しい訳がないか。
「ただ。前も言ったが、無駄な努力をする者は嫌いだな。もっと他のことをすればいいのに、とは思う」
「あー……そういう」
この人はあれか。ズケズケと素直に評価する人か。
必死に努力をしている人に向かって「何してんだお前、無駄な努力はやめろ」というタイプ。
そこまで真正面から言うかは分からないが、おそらく、ほとんど変わらないような言葉で言い放つ。
「そうだ。その点、助手クンにも当てはまるぞ、ソレは」
読むのを止め、メガネ越しにこちらを見ている先生を見上げた。
「何故、それを勉強している。無駄だろう」
ピシと指をさされた先にあるのは、僕が今読んでいる治癒魔導書だ。
「無駄って……あのですね、先生。わたしの目は紫色だったでしょう? だから無駄じゃあなくて」
「いいや、無駄だ」
言いきられた。
……なるほど、兵達が嫌われていると感じる理由も分かった気がする。おばあちゃんといっても姑気質があるというか、なんというか。
「自分で進んで勉強をしているのか?」
「……以前、わたしを拾ってくれた恩人と話をして」
「薦められて勉強をしているのか!! これは、また。どんな愚者だ、そいつらは」
「……発言の撤回をお願いします」
嫌悪感が混じった鋭い目をお団子に向けた。
「……。恩人を馬鹿にしたことを詫びよう、アイリス。けれど、ソレが真に恩人たるのか?」
資料の束の上で頬杖をついて、首を傾げる。
「治癒魔導を勉強をしても協会に入れる訳もない。初級魔導書しか発行をされていない治癒魔法を学び、何の役に立つ? 人体の構造を学び、傷が少し癒せれるだけだろう。そんなもの、水薬で事足りる。わざわざ、魔法や武器を扱う時間を割いてまで治癒魔法を学ぶ必要なぞないはずだ。未来への選択を広げているつもりなのだろうが……無駄だな。んふふ、どうしようもない恩人を持ったな」
愉快そうに眉を顰め、喜劇でも見ているかのように口端を緩ませた。
「私の恩人を馬鹿にするな」
「おっと。そこまで傾倒をしているとは。すまない、悪気はないよ。さ、お茶を淹れてくれ」
子どもが「なんでなの?」と聞くかのように自然と、本当にそこに悪気がないような問いかけ。
なんで僕はアサルトリアに恩を感じているのか。
助けてもらったからだ。暖かさを教えてもらったからだ。それが『どうしようもない恩人』だと?
「お団子め……」
苦いお茶を淹れてやるぞこのやろうめ……。




