337 潰すにしても、正しい潰し方がある
クラディスがアイリスになり、王国の公認賢者──国定魔導士になっていた。
それだけでも驚きの事実だというのに……転生者で、それに加えて姉が妹で魔族。
そして──「殺されても良いと思ってる人にしか話してません」という言葉。
クラディスは亜人だと言っていた。人類側の最上位種。それに目覚めたばかりなのだという。
あの殺気にも似たような圧倒的な信頼を送られたティナは身震いした。
「…………なぁ、ナグモ」
「ん?」
王城から帰る坂道で、隣を歩いているナグモに声をかけた。
「少し前……お主、あのクソガキやクラディスの情報が漏れとると言っていたろう」
「あぁ。まだまだ可能性の段階だけどね」とナグモは笑った。だが、なにか掴んでいる顔をしている。それに気づかないほど付き合いは浅くない。
「ペルシェト。お主も何か気付いとるんだろう」
「え、私にも振ってくるとは思わなかった……スルーしてたのに」
「ならん。ナグモよりもそういうのには気づくじゃろう」
むぅ、とペルシェトは唇を突き出して、観念したようにため息を吐いた。
「最初はね、情報漏洩とかそういうのは思ってなかったの。……ただ、階級が上がりにくいってのが疑問に思ってさ」
ペルシェトは話を始めた。手を後ろで組んで、ナグモやティナの前をゆらゆらと歩きながら。
「クラディスくんとアンちゃんの依頼の達成数は他の冒険者よりも多くて、その依頼の難易度もどれも高いモノばかりで。……本当はとっくのとうに金等級に上がるはずだったの。というか、実力はもう白金等級にも届いてると思う」
「でも、上がっておらんのだろう」
「うん。ずっと邪魔してる人がいる。情報部の人でね。理由は簡単だ。すぐに階級を上げてしまうと、死傷率が上がるから」
血盟報告会とほとんど同時期にあった冒険者組合の定例会議にも出た話だ。
優秀な人でも、階級が上がれば「咄嗟のこと」ができずに死んでしまう。若い才能の種を摘まないためには、ゆっくりと階級を上げる必要があると。
「真っ当な理由だと思うよ。実際問題、実力が足りてない人が階級が上がれば死んじゃうこともある。でも、クラディスくん達はもうそんな域にいない。二人はつよいんだよ。だけど、上げてくれない。で……なんでだろう、他に理由があるのかなぁ〜って思って考えて、もしかしてと思ったことがあった」
ペルシェトは振り返って、青色の瞳をまつ毛で隠しながら問うた。
「金等級に上がるためにはやらないといけないことがあるのは知ってる?」
「知らん」
「二次転職ですね」
「そう! 転職をしないといけない。クラディスくん達は剣闘士見習い。剣闘士ですらない。一次転職ですらできてないの。でも、一次転職はあくまでも基礎を学ぶ場所で特別受けないといけない理由はない。けど、二次転職は別。情報部が依頼を選び、発行したのを受けて、クリアしないといけない。絶対に必要なの」
指を立ててニコリと笑うペルシェトだが……目は笑っていない。
どこか遠くを見つめながら、記憶を整理しながら喋って。
「だから、階級を上げるのを渋っていた理由は、それに何か仕掛けてるからじゃないか……って思った」
「…………」
ペルシェトは仕事中だというのに気が抜けたような態度をするし、普段の様子から天然だの、どこか抜けていると冒険者から親しまれている。
しかし、ナグモが厄介ごとを片付ける腕の立つ職員ならばその反対でペルシェトは頭がよくキレる職員。
忘れ去られているが、彼女はこのデュアラル王国の冒険者組合の本部の副職員長をあのナグモと肩を並べて務めているのだ。
「それに思いつくのは、血盟への加入の制限かな! 金等級になると血盟に入れる。でも、血盟に入っちゃうと後ろ盾ができちゃう。だから、面倒事が増えないように銀等級に留めていた」
「……ペルシェトは変わらないな」
「なにがあ?」
「いいや。いつも飯ばっかり食っとるやつだと思っていたが、変わらっとらんな。さすが、ワタシが見込んだだけある」
「へっへへへ〜。それほどでも〜。まぁ、これに関してはワタシもちょっと気がかりだったからさ」
「ソイツには目星はついているのか?」
「うん。私達の組合のお偉いさん」
ペルシェトの瞳から光が消えたのが見えた。
「そうか……」
ティナは思い出した。
クラディスの先生というのは、ナグモや自分だけではないと。
勉強会というのをティナが来るまでにしていたし、治癒魔法についても教えている。
──ペルシェトもクラディスの先生なのだ。
「……ならば、ソイツを潰そうか」
ティナが殺気を言葉に纏わせると、その両頬を横から摘まれた。
むぉ、という気の抜けた声が漏れると横にいる男性は大笑い。
「あははは! ティナちゃんてば、短気なんだから」
「……ころすぞ、おぬし」
「はっはっは。いやぁ……気が早いよ、みんな。アッチはある程度は準備を重ねてるんだよ? 真っ直ぐ殴りに行ったらティナちゃんが悪者になっちゃうでしょ」
あー、と笑いの波が終わったナグモは細めていた黒い瞳の目を開いて……つり上がった口角によってまた細められた。
「だから、さ。──色々と手を回してるよ」
ナグモの見た目というのは非常に整っており、冒険者組合の女性の職員達や女性冒険者の中にもファンがいるほどだ。
涼し気な顔と何もかも見透かしてくるような切れ長の瞳。そして何より高身長で、私生活をあまり明かさない神秘的な部分が彼の存在を唯一無二にしている。
が、やはり……完璧な人間はいないというか。なんというか。
「潰すにしても、正しい潰し方がある。武力行使なんてもってのほかさ」
ナグモは下賤な笑みを浮かべて、ソレを隠すように手袋をしている手を上げて隠した。
とても良い性格をしている。もちろん悪い意味で。人が苦しんでいる姿を見るのが好き、と普通にいうような男だ。
その内面を知っているペルシェトとティナは、ちょっと引くように笑った。
が、今回ばかりは同じ方向を向いている。
「じゃあ、任せても良いのか? 何か手伝うことは?」
「今のところは大丈夫かな。でも……任せる気はいっぱいある」
「私はえーと……まぁ、怒られない程度なら、頑張りますので」
「何が怒られることなんてあるんですか! 大丈夫ですよ!」
というとナグモはペルシェトの肩に手をおいた。
猫耳がへにゃんと下がるのに気付いているのか、気付いていないのか。
「だって、教え子に手を出していいのは私達だけっていうのを教えるだけなんですから」
「そうじゃ、阿呆なモノに阿呆と言うだけじゃ。なにも悪くない」
「あはは……」
にっこにこで不穏なことを言う二人に、ペルシェトは肩や手を掴まれて王城を後にした。




