336 先生流慰め術
ティナは、聞いた話を思い返しながら頬杖を突く。
目の前で泣いている奴は、自分の弟子。
手塩にかけて育てている白髪の少年。それが、今は少女になっている。
その理由は最上位種の亜人で、体を変化させることができるのだという。
挙句の果てに、転生者という嫌われ者だ。
転生前の世界では、実の妹が居て、こっちの世界でもその妹と一緒に暮らしている。
そして、こっちの世界ではその妹は魔族なのだと。
そんな話を警戒心を抱かずに、べらべらと自分たちに向かって喋った。
そこで二次転生者の死に様を教えてやった。
内部告発。仲間割れ。身内からの情報漏洩で、オマエの先輩は死んだのだぞ、と。
すると泣き出して、あろうことか感謝を言いだした。
「心配してくれて、ありがとう……ございます」
(気まずい……)
──なんだか、気の毒に思えてきた。
その小さな体で。
訳も分からずに転生して。
理不尽に殺されそうになることも多く。
死ぬほど努力しても、まだまだ敵は強い。
「…………」
だが、気の毒には思えど、態度に出すわけにはいかない。
聞いたのはティナだ。だから、話を一方的に打ち切る権利もティナにある。そのはずだ。
「あーーーー、そんなに頭を気軽に下げるな。お主は今、国定魔導士じゃろう!? もっとしっかりしたらどうじゃ?」
「と言われましても……」
「認定賢者ということはじゃ、お主は大勢の者の上に立っとる。それに、ワタシと戦って兵士共に実力を見せつけた!」
そう言いながら、頬杖を突きながら指をさした。
「もっと、誇れ。馬鹿弟子。お主の振舞いでこの国の兵士の質が伺えてしまうぞ? 国が認めたんじゃ、国がお主を必要だと感じとる」といいながら、目をギロッと細くした。「大方、実力がどうとか、怖いだとか面倒臭いことばかり考えとるんじゃろう?」
「わっ、わかるんですか!?」
「分かる分かる。わたしも昔はそうじゃったからのぉ! ナグモからの推薦で軍事顧問になった時、いろんなヤツから僻まれたわ」
「ナグモさん……何者……」
「わたしは個人的にこの国の王様となかよしですので」
「本当に何者なんですか……」
雰囲気が変わった。
これで良い。これで良いのだ。
「……それで、先生はどうしたんですか? その周りの人からそういう目で見られた時……」
「実力を誇示した。全員を打ちのめして、強引に納得させた。それだけじゃ。ワタシに敵わんと知れば、少なくとも実力の差は分かるからのぉ!」
「じゃあ軍人さんの中で、やたら腕試しとかそういうのがあるのは」
「わたしのおかげじゃぞ。階級なんぞただの印じゃ」
「あぁ……」
しみったれた雰囲気なんぞ、必要ない。
そういうのは求めてはいないのだ。
「クラディス!」
「はい!」
「もっと胸を張れ。背筋を伸ばせ。強者は強者たる振舞いをしろ! なめられるな!」
「は、はい!」
「精神修養。戦士の基本じゃ! しっかりと励め!」
腕を組んだティナは笑った。
人の心に寄り添うなんてティナらしくない。
寄り添わず、振り回している内に相手が悩みのことよりも今の状況に目を向けたらそれで万々歳。
悩み解決など知るものか。人生一度きりなのだから、目をやるべき箇所は楽しいことの方がいいに決まっている。
「と軍事顧問殿からのお話でした。まぁ、私は気にしなくてもいい派ですがね」
席に立ったティナの肩を、ナグモはゆっくりと抑えて席に座らせた。
「自信や技術っていうのはやがてついてきます。精神修養もできる人とできない人がいます。ただ、私から言えることとしたら」
んー、と顎に手をやって、ややあってナグモは笑った。
「国定魔導士になって周りに申し訳ないという気持ちが本当にあるならば……その気持ちは要らないということです」
「でも……その、えっと……一生懸命頑張ってる人もいるのに、ぼくなんかがこんな地位を貰って……」
「強い人が高い地位に就くのは当然なんですよ。良縁を持っている人が良い機会に恵まれるのも必然なんです」
ふわとした優しい顔でそう言いながら、今までの雰囲気のまま。
「今のクラディス様よりも私の方が強いです。安心して、研鑽してください」
といった。
「…………?」
「強くなることができる人は当然、人の上に立つことが多くなる。すると、僻み、妬みといった感情を向けられるようになる。今のクラディス様はそんな状態です」
「は、はぁ……」
「でも、私より弱いです。ペルシェトよりも弱い。ティナちゃんよりも弱い。気にせず、もっと強くなりなさい」
「……」
「それに自身より下の地位にいる者に申し訳ないという感情は、強くなって調子に乗っていることとなんら変わりません。できることが増えてきたら人は調子に乗るものですからねぇ。ですが、調子に乗るなら、一人で上位迷宮をクリアできるくらいになってからにしてもらわないと。今のクラディス様は、冬山の生態系の頂点に立って、たかが準上位血盟を支配下に置いただけ。賢者だと言われて、佐官の立場に置かれただけ」
ナグモはクラディスの頭に手をおいて、笑った。
「転生者ならもっと強くなれ、雑魚。申し訳ないと思うほど強くねぇんだよ」
ナグモは悲しみや苦しみという負の感情を怒りという感情にスイッチさせたがる。
そして、その怒りという感情はありとあらゆる原動力になる。
これはちなみに人によってはオーバーキルである。
しかし、クラディスという少年は得てして心が強い。
「なに、はっ、ふざけっ。すぐ強くなりますよ!? 追い抜きますよ? なんなら追い抜くが?? 追い抜くに決まってんじゃねぇですか……!」
「できるもんなら、やってみろ雑魚」
「〜ッ!!!」
爽やかに笑っているイケメンを目の前にして、クラディスの中でメラメラと闘志が燃え出した。
歯をギシギシと言わせ、ナグモの手を払うと逆の手で頭を押さえられ、沸騰した薬缶のような声を出している。
「だから──」と優しくナグモは撫でた。「今はたっぷり泣いて、たっぷり汗をかいて、悩んで、悩んで、それで……たっぷり息抜きをしましょう」
「そっ! だって、今月末は! 下位ダンジョンに行くんだもんね! ねっ、ナグモさんっ??」
ペルシェトが横から入ってきて、ナグモの手を取っ払った。
ジトォと見上げる視線を流すナグモは気まずそうに受け取る。
ダンジョンの約束を入れ込んだのが先日バレたばかりなのだ。
「また迎えに来ますので、それまでいい子にしておいてくださいね?」
「分かりました」
そうして、2日後にあるダンジョンの話を進め、その場は解散をした。
ティナ達が「またね」と言った時のクラディスの顔は、よく印象に残っている。




