335 全て、話せ
模擬試合が終わり、兵士らが訓練やら昼食やらで広場から姿を消した後、僕はティナ先生と外の庭園にある白い円卓で話をしていた。
話していた内容の前半はティナ先生の愚痴だった。98%が愚痴だ。ぼくの話はほとんどしなかった。ので、
「機嫌が悪かったのはどうしてなんです?」
ちょっと気になったことを聞いてみると、机に頬杖を着いてもちもちとした頬を持ち上げながら。
「お主がおらんと発散できんのじゃ……ナグモは付き合うてくれんし」それは思いをこじらせる女子のような顔だが、その感情の正体はぼくは知っているから苦笑いだ。「一生懸命育てた教え子が連れ去られたかと思うと腹も立つ」
「あー……」というしかできなないです。
「ストレス発散に久々に王国で手ほどきをしとったら、部隊が結成された、という話が兵士の間から聞こえてな。したら教え子が隊長となっとった。長く生きてきたが、こんなのは初めてじゃ」
たしなめる視線が体に刺さり、からだをもじっと縮めた。
ティナ先生、割と怒ってらっしゃいます。矛先はぼくじゃないけど……うぅ。
「事情は説明しますので……」
「その前に──きたきた。くんのが遅いぞ阿呆め」
庭園の中にある円卓に顔を覗かせたのは見覚えのある二人だった。
「呼ばれたから来ましたが、一体何事で」
「わ、ナグモさん」──「ちょす! わたしも来たよ〜」──「ペルシェトさん……」
思わず素の反応をすると、ピクと二人は口を尖らせた。
「お美しい女性かと思ったら……その反応をするのは、クラディス様ですかね」
「えぇ!? ありゃあ……美人さんになっちゃって……」
このタイミングでこの二人を呼ぶってことは……。
視線を送ると、ティナ先生はニコと笑った。
「隠しとること、全て話せ」
「──……」
「ある程度は聞いとる。じゃが、お主の口から聞きたい。二人はお主のよき理解者なのじゃろう?」
ナグモさん、ペルシェトさんの目から受け取る意図。それを理解した。
あぁ、話しても大丈夫なのか。
「ええぇっと……なにから話しましょうか」
机の上に置いていた仮面を触って、小さく、ほんのちいさく、視線を下げた。
◇◇◇
たくさんのことを話した。
その中には、ナグモさんやペルシェトさんが知らない話も当然あっただろう。
最西の街で何があったのか。この右手の魔障のこと。
そして──この体のことのほとんどすべて。
話をして触れなかったのは無いんじゃないかってほど話をした。
僕に気を遣ってくれているからなのか。深く踏み込んでこようとはしてこなかった。
真剣な顔をして、時折相槌を打ちながら話を聞いてくれる大人三人を前にして、ぼくは笑いながら話をすることができた。
「──ということで、今、こんな形になりました」
「はあ〜。なんというか、おもしろい話が聞けた」
ティナ先生は腕を組んで唸った。
そして、後ろで立っていたナグモさんの耳に何やら話していた。
何を話しているんだろう……。
「前々から聞いていたが、本人の口から称号の話を聞けるとは思ってもみなんだ」
「ぼくも先生に言えてよかったです。色々とお世話になってる人に……嘘を付くのはイヤなので」
「だが……いいのか? クラディスは知らんだろうが、お主が言うその【第二期の転生者】の多くは仲間からの裏切りによって告発をされとる」
聞いておいてあれだがな、と机をとんとんと叩いて、首を傾げていた。
「それは……」
「転生者のことを告発すればお金がでる。お主が転生者だと知られた時、匿っていたと思われる人物も裁かれる。今、お主の命というのはお主だけの命じゃあない。その血盟、モンスター。そして……転生者の近辺は洗いざらい監査庁が捜査をする」
「知り合いが転生者だと言う時、私の方にも監査庁の方が来られました。まぁ、私は一般人ですので何もなかったですが」というナグモさんの説明を横で聞いて。
「話す仲間がほしいから仲間を作る。孤独が怖い、居心地が悪いからコミュニティを作る。それは理解ができる。じゃが……それをやって、お主の先輩方は死んだということをしっかりと肝に命じておけ」
真っ直ぐに目を向けられて、ぼくはおもわず、
「……あはっ」
笑みがこぼれた。
「なんじゃ……気色悪い」
「いえ。なんか、嬉しくて……」
キュッと口元を結んだ。
笑みは浮かべたけど、こみ上げてきたのは熱い感情。
「……なんだか……ほんとうに、心配してもらえてるんだなぁって……思えてっ」
「心配一つで大げさな」
「で、ですよね……でも、はは……」
ぼろ、ぼろと涙がこぼれて膝上の手に落ちていく。
最近のぼくは情緒がおかしい気がする。
なんだか、ぼくがぼくじゃないみたいに。
色々な気持ちに敏感になってる気がする。
「……あぁ〜……涙……止まらないや……どうしたんだろ」
両手で涙を拭ってもまだまだ出てくる。
ぼくが涙を流している理由が自分でも良くわかっていない。
心配されたことが嬉しかったのか。
叱ってくれたことが嬉しかったのか。
「……」
……あぁ、そうか。
ぼくは……今まで心配をされたことがほとんどなかった。
「こうやって話を聞いてくれる人もいなかった、し」
嗚咽のように言葉を詰まらせ、感情を吐き出していく。
「……こうやって、注意してくれる人も……いなくて……」
こどものときには父親と母親がいなかったから。
昔のことを今になって思い出して、悲しい気持ちになって。
それでも優しく体の心配をしてくれたことが嬉しくて。
「一週間くらいいなくなったら、心配してくれる、し……」
……ずっと、孤独だったんだ。
褒めてくれる人も。
慰めてくれる人も。
導いてくれる人も。
誰もいない。
残されたのは、導かなければならない妹だけ。
だというのに、
「ぼく……恵まれてるなあ……っ」
この世界の人は、厳しくて、優しい。
未熟だというのに人前で一人前に振る舞わないといけなかったぼくを……ちゃんと叱ってくれて、こうして心配もしてくれる。
それが、嬉しくて……涙が出るほど温かい感情になるんだ。
「心配してくれて、ありがとう……ございます」
そんな雰囲気ではないことは分かってる。急に泣き出してキモイと思われたかもしれない。
でも、それでいいんだ。感謝を伝えることが悪いことな訳がないんだから。
「……ふっ」
そうして頭を下げていると、三人は笑った。
ナグモ先生は控えめに笑い、ペルシェトさんは耳をピコピコさせて笑い、ティナ先生は顎を引いて歯を見せながら笑った。
「なっ、なんで笑うんですか!?」
「じゃってのぉ……あの、感情がなさそうなクラディスがのお?」
感情はありますけど!?
「あの、見る度に傷が増えていたクラディス君が」
それは、訓練が厳しかったから。
「どれだけ厳しくしても食らいついてきたクラディス様がねぇ……」
食らいつかないといけない状況だったから、そうしただけで。
そうして、ペルシェトさんとナグモさんは口を揃えて。
「「人間らしいところあるんですねぇ」」
「人間ですけど!!」
「あの訓練について来れる人は人間じゃないですよぉ。ねぇ?」
「ですです」
そんなニコニコしながら言わなくても。
「まぁ、先の話のようなことは他人にホイホイ話すんじゃないぞ。全く……」
「……」
少し恥ずかしそうに目を逸らしたティナ先生を見て、まだ目頭が熱くなった。
なんだかんだ言って、この人は心配をしてくれている。
それが本当に嬉しくて。感謝を言いたくて。
「大丈夫ですよ、先生」
目尻に涙が浮かびながらも、先生を安心させるように笑った。
「殺されても良いと思ってる人にしか話してません」
「……!!」
ぼくの発言で、スンッと空気が澄んだ気がした。
「だから、大丈夫です」
にこりと笑いながら、鼻水をすすった。




