333 お望みとあらば
無様に背中を地面に擦らせながら木に激突をした。
「――っ~~!!!??」
頭を前と後ろから金槌で殴打されたような痛み。その衝撃から、酩酊をしたように視界がぼやける。
仮面に当たった攻撃で鼻は曲がったようで、おでこからは血が流れて仮面下の頬を流れて落ちていく。
(ああ────)
頭蓋骨に響いた攻撃。折れた鼻。ぼやける視界。
それらに治癒魔法を施す。身体変化で作った体とはいえ、この体はぼくの体だ。
せっかくエリルの大人版みたいな綺麗な女性の顔だったのになぁ。……全力で治そうとはしてみるけどさ。
それにしても……さっきの右手の感覚は……なんだ?
強敵を目の前にして「力を使え」と本能が叫んだ。傷が疼くように、訴えかけてきたのだ。
(……自分が思ってるより、この体は厄介な体になったらしい)
「ちょ、直撃した……」
「……?」
横に目を向けると、救護班を呼ぼうとしている兵士が見えた。
「や、やばいっ……! 死んだんじゃないか? さすがに」
「あの人の攻撃、マジで痛いからな……」
ティナ先生の攻撃を食らって壁にめり込んでいた兵士とその周りの人が、顔色を悪くしてそういった。
防具無し、ましてや兵を吹き飛ばした時よりも強く、鋭い一撃が顔面に入ったのだ。
おそらく、この場にいる全員が、勝負ありだと感じただろう。
「勝負あ──」
試合の勝敗を決める兵に向けて先生は手をはたと動かし、試合終了の声を止めた。
「……目が良い。首を狙ったのに、仮面で受けたか」
「あー……バレてる」
その賞賛がどれだけの人に聞こえたか分からないが、僕は咄嗟に、体に身に着けているモノで一番硬いところで攻撃を受けることを選択した。
訓練で四方八方からとびかかってくる魔物達の攻撃をどうしても受けなくてはならない時、被害を最小限に抑えるために僅かな動作で、最善な選択を取る。最初期に教えてもらった先生からの言葉だ。それでも鼻は折れたけど。
「はよぉ立て。さもなくば、殺すぞ」
「ハハッ。物騒だなぁ、もう――」
軽口を叩くと、風を切る音が聞こえてきた。
投擲。先生が持っていた槍をこちら目掛けて投げつけていたのだ。
「――《風よ》」
風の《ことば》で体を浮かして回避、そのまま木を蹴っ飛ばし、推進力に変換。
やめよう。
この人相手に、右手ことなんかを考えて戦って勝てる訳もない。
だから、今は、今だけは、余計なことは考えないようにして…………。
「──……っ」
そう上手くいく訳もない。
「くそ」
心に不安が残ったまま槍と剣の打ち合いが再び始まった。
「そら、動け! 賢者! 愚鈍な足を動かせ!」
二本の槍を持った先生との勝負が終われば、長い槍を両手で構え、先生の回転数の多さを活かした穂先と石突での連撃が始まった。
槍の本数が減ったから幾分かは楽だ。さっきよりは戦いやすい。
右手が疼くこともない。だから――
そう思って振るった剣が流され、カウンターで石突が顔面に直撃して、ハッと我に返った。
「馬鹿か、ボクは……!」
地面に手を突き、距離を取ったつもりが、その間合いもすぐに潰される。
「一本で弱くなったと思ったか? この体じゃと、長い武器は使いづろうて敵わん!」
槍は一本の方が取り回しがし易い。
先ほどよりも一撃は重くない。が、攻撃パターンが増えた。
石突で体を浮かし、回し蹴り。
柄で大剣を受け、流し、そのまま顔面を巻き込むようにして体勢を崩してくる。
(体感にして二倍ほどの攻撃速度……!!)
それも、剣で防御をしようとしたら手元を引いて突きに転じてくる。
変幻自在。じゃんけんをしようとしているのに、常に後出しをされている状態だ。
(やっぱり……強いんだなぁ)
凌ぐのに手が一杯で、反撃の隙なんかありゃしない。
こんな人を前に考え事なんて、烏滸がましい。
もっと戦闘に没頭しろ。せっかくの手合わせなんだ。鋭く息を吐き、雑念を吹き飛ばした。
あるものを全てを使って勝つ。これは、ティナ先生の教えだ。
戦闘のプロフェッショナル。そんな人を相手に、力で劣っている僕が戦略も何もなしで勝てる訳もない。
だったら、僕も、使えるものは使わないと――
「隙がない――なら――作ってしまえ」
これからするべきことに目星をつけ、魔素の放出量を高めた。
「その程度か? 賢者なんだろ?」
攻撃を躱しながら、力のある言葉を口にする。
──《火よ》《侵食しろ》──
「お望みとあらば、魔法をお見せしましょう」
火が空間を迸り、空間を真っ赤に染め上げた。
息をすれば、肺が焼けてしまうような高熱の空間が出来上がる。
「おぉ! これはっ!」
先生ならちょっとやりすぎるくらいでちょうどいいだろう。
《響くは龍の咆哮・暗雲を切り裂く一筋の光――》
「詠唱じゃと!? 素人め──」
先生が種火に衣類を侵されながら、こちらの詠唱を強引に止めさせようと槍を伸ばしてきた。
目の前で術者が詠唱込みの魔法を放とうとしている。無謀無策。歴戦の戦士の前でこれが通じる訳がない。
ましてや、ティナ先生相手にこんな堂々とした詠唱が通じるとは思ってはいないさ。
──ガキンッ!
「なっ」
だけど、させてもらう。──伸びてきた槍を横からの大薙ぎで飛ばした。
「!!」
そのまま軸足にしていた左足をグルンと回し、先生のこめかみを狙って回し蹴りを浴びせた。
クリーンヒットして、先生が飛んでいく体を止めるために地面に槍を突き立てて減速を図り。
「――並行詠唱……だとォ!?」
とても面白そうなモノを見る目で、こちらを見上げた。
これは、あの下位魔族との戦闘時で完成した戦闘スタイルの一つ。
武器を振るいながらの魔法展開。少しでも意識がブレたら、術者に跳ね返ってくる可能性もある魔法を動き回りながら使うのだ。
つ。
頭の神経が焼ききれてしまいそうな僕の口元に赤い液体が落ちてきた。
《天より出でる大鎌の名を知れ――稲妻》
轟音。
発光。
黒煙。
しかし、それは一瞬で晴らされた。
「この程度か!? 賢者の力は!!」
槍を回して風を起こした?
やっぱり、先生は出鱈目だ。
だからこそ、次の行動が読みやすい。
《収束せよ》《縛れ》
その《ことば》で、晴らされた黒煙がティナ先生を中心にして、まとまった。
まるで黒い卵。その閉塞空間内は酸素は焼け、呼吸をすれば毒。視界も不良。身動きも拘束の《ことば》で出来ない。
「あぁ! この程度さ、先生――ッ!!」
握っていた長剣を握りしめ、グググと溜めを作りながら高速接近。
剣が届く間合いに踏み込んだ瞬間。
「シッ」
卵が割れ、槍での横薙ぎが来た。
そうですよね。先生は、こんなんで諦めませんもんね。知ってます。だから――
「アアアアアァァッァッ!!」
そのまま低姿勢のまま駆け、レスリングのように先生に向けてタックルをした。
すぐさまマウンティングポジションを取り、長剣を喉元に突き立てた。
「はぁ……はぁ……どうですか、先生!」
相手を無力化。
そして、この状況からならば逃れる術はない。
疲れ切った顔に笑みを浮かべて、声を上げた。
「僕の勝ちだ」




