332 軍事顧問VS国定魔導士
流れでティナ先生と戦うことになったのだが、周りの人が心なしか増えた気がする。皆、この戦いが気になるのだろう。
それらの情報を削ぎ、目の前のことに集中した。
先生と戦うのはこの前ぶりだ。いや、違うな。
(……初めまして、か)
目の前にいるのは、僕のことを知らないティナ先生。
その瞳にはいつものような灯りは宿っておらず、黒くくすんで、僕をどこぞの雑兵の類と見なしている。
だから、戦うのは、初めましてと考えたほうが良い。
訓練場で戦うティナ先生は、僕に手心を加えてくれていた。あくまで訓練。真剣勝負ではない。お前どれくらい戦えるんだよ、という程度を推量るためのもの。
だが、今は違う。
大尉は言った「今、機嫌が悪い」という言葉。
つまり、コレは僕に手心を加えるつもりが一切なく、不機嫌な先生との一騎打ちということ。
(……これで、力試し?)
ツバが喉を通らない。
下手したら死ぬんじゃないか。
「新しい部隊ができたと聞いてやってきたんじゃが……隊長がお前で合っているな?」
「任命はされました」
そう小さく呟き、袖を捲りながら落ちていた木刀を拾い上げる。
兵士とティナ先生が戦っていた時の獲物だ。刃先は長く、昔の自分の三分の二くらいの長さはある。
それを持って、ブンッと振った。
軽いな、と感じた。
……数週間前に負けたばかりだけど、少しは食らいついてみるか。
「それでは、模擬試合を開始します。彼方におられるは、ティナ軍事顧問殿。此方におられるは、国定魔導士殿」
簡略化された古臭い言い回しを聞き、もうすぐ始まる戦いに備える。
魔素を溢れさせる。
手に力を入れる。
(あぁ……なんだか、嬉しい)
仮面下の僕の表情が、不敵に笑いだした。
先生は、そんなに、鋭く磨がれた刃のような殺気を放つんですね。
「国定魔導士……か」
「そういうあなたは軍事顧問なのですね」
「勝手に呼ばれてるだけだ――それと、すぐに倒れてくれるなよ」
グンッと震えるほどの眼圧に、恐れと同時にどこか楽しんでいる自分もいた。
(せっかくだから……全力でぶつかってみたい)
訓練ではなく、試合として。
先生と生徒ではなく、相手として。
戦うしか無いのだから、せっかくならば……楽しまなければ。
ウズ、と口角が動いた。
「勝敗は、どちらかが「参った」と口にするか、戦闘不能とこちらが判断した場合によって決する」
双方、よろしいか。その言葉に「えぇ」と応え、「あぁ」と応えて。
開始と、試合を見守る審判が言い放った瞬間、それは始まった。
一閃。
ティナ先生が、こちらに真っすぐ槍を伸ばしてきて――飛びのいた。
「ほぉ?……武器の心得があるのか」
最速で終了させようとしたか、もしくは実力を見定めようとしたのか。
木で作られた槍であったとしても、貫かれてしまいそうな一撃だった。
それを、僕は威圧だけで抑えた。
初めてティナ先生と対峙した時にされたように。
──そんなに簡単に近づいて大丈夫なのか、と。
「そうか。安易に接近すると、首を掻っ切られそうじゃな」
くっくっく、と不敵に笑い。
「ならば――」
と言って、先程よりも速度を上げて目の前まで迫ってきて。
「――その間合いで戦おう」
長剣では不利な間合いに、瞬きをする間もなく来た小柄な体に僕は向かっていった。
「槍も苦手な距離でしょう」
グッと手を引き、剣を二つの槍の刃先を止めるようにあてがう。
カンッ。乾いた衝突音が広場に広がった。
(あぁ、これ──)やっぱりそうだ。体に良い違和感がある。
その正体は【身体変化】による恩恵だろう。
体を少し大きくしたことにより、筋肉量が以前よりも多くなった。おかげで常時、魔素を使用しているようなものだけど、軽い身体強化を使っているような感覚がある。
まぁ、身体強化の出力を調整した方が魔素消費も少なくていいだろう。これはメインの恩恵と考えない方がいいな。
「この間合いで槍を使えるとは、さすがですね」
「喋る余裕があるのか」
繰り広げるのは、長い獲物を持っている両者の近接戦闘。
槍を突き刺される。躱す。
長剣を引き、斜めにして膂力でごり押す。
上空に飛んだ先生を追撃し、重撃を放つ。
着地を狙ってきた連撃に応じ、こちらも連撃で応じる。
穂先に剣を当て。逃げれない時は側面から叩くようにして軌道を逸らす。
「ふん。鬱憤晴らしには、なりそうじゃな」
「ストレスのはけ口くらいには、ならせてもらいますよ」
「そうか、なら……上げるぞ」
速度が上がった。それによって、徐々に均衡が崩れ始めた。
優勢はティナ先生。劣勢は、僕だ。
武器の本数が問題じゃない。不得手な長剣だからという理由でもない。
ただ、シンプルで明確な実力差がそこにはハッキリと存在しているんだ。
次の攻撃に至るまでの流れ。突き方。捌き方。武器だけでなく体を使った攻撃。立ち回り。重心の置き方。
戦闘に纏わるもの全てにおいて、僕はこの人に勝っていない。
「賢者が武器をここまで扱えるとは。お飾り賢者ではないようだな」
「こっちの方が、得意なんで!!」
「いいぞ、賢者。もっと、食らいついてこい! ワタシを超えてみろ!」
最高だ。最高に、楽しい。
劣勢だというのに、先生にここまで食いついていけているのが、ただただ楽しい。
だが、そんな楽しい時間も長くは続かない。
先生の殺気をあてられたことで──なにかを感じた。
――殺せ。
――全力を出してねじ伏せろ。
「これっ──」
まるで悪魔のささやきのように、僕の全身を駆け巡ったソレは──おそらく、体を侵食している魔族の力。
「ぐっ」
劣勢だろう? 自分だけの魔素を使って勝てる相手じゃない。魔族としての力を最大限使え。
黒い魔素で空間を覆ってみせろ。
さぁ!
さぁ!!
さぁ!!!
「――──」
なにかが原因でスイッチが押されたように右手の魔障が熱くなっていくのを感じた。
「なに、他の所に意識を向けている!」
少し戦闘から意識が外れた隙を狙って、グンッと目の前にまで迫ってきた槍。
「――あっ」
防御が間に合う訳もなく、金属をも貫きそうな一閃が顔面に直撃。
小さな弧を描き、僕の体は数メートル後ろに吹き飛んでいった。




