329 どうやら、私はイヤな奴らしい
「はあああ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ……」
賢者らしからぬ声を発し、僕は体を伸ばした。堅苦しい場所というのは世界が違えど慣れはしないものだ。
(というか……いつまでこの暮らしをしないといけないんだろう。下位ダンジョンに行く日も近づいてきてるのに……)
一人だけ都会に置き去りにされた気分だ。
はやく家に帰りたいなぁ……。
(……寂しい)
仮面を少し傾けて口だけを外に出して久々の外の空気を吸っていたら、王国軍のような人達とすれ違って首を少し傾けるだけの会釈をした。
けれど、返ってきた反応はピシッとした敬礼でなんとも面を食らってしまった。
「……?? みんな顔コワイ」
今までの生活ではされなかった対応をされて混乱していると、僕の肩の上に誰かが飛び乗ってくる衝撃が走ってよろめいた。
頭をぽこぽこ殴ってくるコレは、この場所にやってきて何度か味わったことがある。して、乗っかかっている人物の脇腹に手を差し込んで目の前にぶら下げてその憎らしいご尊顔を拝んだ。
「ルル……先輩、止めてください」
「んふふ。どうだい、助手クン。隊長になった気分は」
「どうもこうもないですよ……っていうか、なんで式典中に笑ってたんですか」
「あの手の緊張感があるところは口元が緩くなるものさ」
「……で、元帥なんですね? マールベリー元帥サマ」
僕の肩に飛び乗ってきたのは先輩。もとい、ミルクティお団子だ。
「それと、上位森人のな」
「そこら辺はリリーさんに聞きました」
「お喋りめ。驚かすつもりだったんだが……まぁ、そういうことだ。それを聞いても敬わないでくれよ? 歳を取るとある程度生意気なヤツの方が可愛らしく思えるんだ」
「ならこのままでいますよ。わたしの世間体での評価は低くなるでしょうが」
「ハッハッハ! どのみち、賢者や勇者というのは腫れ物さ!」
「おい……あれ」
「……?」
「!」
王国軍の兵達の小さな声が聞こえてゆっくりと先生を下すと、その間に最低限の敬礼だけされ、目を合わせないように横を通り過ぎて行った。
「……嫌われてる?」
「言っただろう。腫れ物だと」
お団子は服を払いながら、その軍人たちの背中を見て、口元をゆっくりと歪めた。
「ステータスというものは人々の暮らしを便利にするものではあるが、人と他人を比較させる材料の一つになる」
瞳を細めて、ぼくの裾を掴んで見上げた。
「わかりやすくいうならば、気に食わない、というヤツさ。ましてや君は今、佐官級の権限を持っている。尉官からしてみれば目上の存在であるのには間違いないし、そんな相手と長く話すことはないだろう。それらに加えるなら」
言葉を切って、んふふ、と上品に笑いながら。
「外部から王国元帥直轄の部隊に引き抜かれた、っていう色んな段階を飛ばしてエリート街道最前線に立った人物でもある。妬み、恨まれ、募りに募って嫌われるに決まっているだろう。好かれる方がおかしい」
「……」
なるほどな、と思った。
この世界には『天才』がいたら、すぐに分かるようになっている。ステータスにそれらが反映されるからだ。
だが、歳も幼い頃は皆自分のことを『天才』だと思うものだ。
なんでもできる、と夢を見る。
ぼくだってそうだった。
この世界ではその『夢を見る権利』すらも持たされない人がいる。
若い頃からステータスがあるのが当たり前。何をしたいとしても、ステータスがどうだからどうだ、という話になるのだろう。
すべてがステータスに書かれるからこその弊害だ。
得意なことと好きなことは一緒ではない。それが数値となって、文字となって教えられる。
──お前には向いてないと。
──お前は劣っているのだと。
親切に見えて、ステータスは残酷だ。
それを煮詰めたのが『称号』というものなのだろう。
選ばれたモノ。天才中の天才。人が手を伸ばしても届かない存在──。
「わたしは相当イヤなヤツらしい」
彼らの姿はもう見えなくなったが、今後もああいった態度を取られることを考えると胃がキリキリする。
ぼくはステータスのおかげでここに居ると言っていい。
称号Ⅰ持ちだからこそ生きてこられた。こんな勲章までもらった。
……なんだか、久々だなこの感覚。
何も悪いことをしてないのに、何か悪いことをしているような気持ちになる。
自分では解決できないことに思いを馳せて、自己嫌悪に陥る感覚。
(コッチの世界じゃそこまでなかったのに)
誰かに謝ったらスッキリできるわけもない。
あの目、あの反応。……息苦しい。
(なんだかなぁ──)
「が、王国元帥がそうあれとしたのだから、気に留める必要はない。堂々としていたまえ」
「そのつもりですけど……でも、義勇兵なんですよね?」
「一応はな。が、キミだけは国定魔導士。国のお抱えの賢者サマだ。軍の組織内には在籍をしているよ」
「……なるほど。逃れられないか」
組織の一員としているのだ。今後もああいう態度は取られるだろう。世知辛いというか、なんというか。居心地が悪い。
「そんなことより――」
空中に溶けていた意識が引っ張り落とされた感覚。
真下を見たら、ミルクティのお団子が跳ねていた。
「後輩賢者くんは、今日は暇かい?」
ワインのような瞳の色が光に当たって宝石のように輝いていた。
「そんな友達みたいな調子で聞かれても。今日は蔵書の使用許可を取って、勉強をしようかと思ってますが」
「勉強熱心なのはいいことだ。優秀な魔導士クンとは気が合う……だが、残念だが任務があるから我慢をしておくれ」
「任務? なんのです?」
「隊長になったんだぞ! そんなの部隊とのおはなし会に決まってるじゃないか!」
「? あ、顔合わせってことです?」
「そうとも言う!」
どうやら、【紫蘭之団】の皆とようやく自己紹介ができるらしい。




