323 クラディスがいなくなった
クラディスが帰ってこなくなって三日が経った、その日。
ティナは貸し与えられている女性寮のベッドの上で身を捩りながら苦しんでいた。
「ぐぬぅぅぅ…………」
枕を抱き寄せ、爪を立て、敷布に噛みつく。
ワインレッドの髪色がボサボサになるのもお構いなしに、ベッドの上でイモムシのように蠢いて──枕を放り投げた。
「はぁっ……はぁっ……! 誰でもいいから、戦いたい……!」
そう。戦闘欲の我慢が限界になってきたのだ。
クラディスとアンという教え子が下位迷宮に挑むのだという。
そのため、ここ数日間というか一週間というか、なんならそれよりも長い期間もの間、訓練という訓練をしたらダメだと言われた。誰に言われたかって? 眼鏡をかけたナグモの上司だ。
冬山から帰ってきたクラディス達と手合わせをして、ウッキウキで山に連れて行こうとした所を見つかり、こっぴどく叱られ、歯向かっても口答えができないような言葉を突きつけられ、涙目になるまでそれが続いた。
ナグモは叱られるのに慣れているが、ティナは自分を叱られてない。なにか言ってこようものなら力でねじ伏せたらよいのだから。
だが、ナグモの上司だし、冒険者の決め事に口を出せるほどティナも詳しいわけではない。
(ナグモと喧嘩でもしていいが……あやつも今はなんかバタバタしとるし……)
そもそも戦えるからという理由で王国に来ているというのに、戦えないならばこの王国にいる理由もない。
ソバドアに「そろそろ帰った方がいいんじゃないか」って言っていたのは、自分ひとりで帰るのもアレだから一緒に帰ろうっていう意味も含まれていた。まぁ、拒否された訳だが。
「ふぅっ……ふぅ……はぁ……」
肩で呼吸し、そこらへんに投げ散らかしていた服を足の指で掴み、器用に手元に持ってきた。
「……ちょっとくらいなら、バレんだろう」
ボサボサな髪のまま適当な服に袖を通し、荷物なんて持たずに部屋の外に出た。
目的地は決まっている。教え子達がまとまって住んでいる男子寮の一階。かつてティナが住まっていた場所だ。
ドアノブを捻ろうとして手を止めた。ふむ、ノックをしろとクラディスがなにやら言っていた気がする。
(面倒だが)
コンコンッとノックをしてみると、中からドタドタと足音が聞こえてきた。
「ふふ」
クラディスが来客が来たと焦っている姿が思い浮かぶ。今の間に髪の毛をちょっとだけ整えておくとしよう。
ガチャッとドアノブが捻られ、ニッコニコの顔で待っていたら。
「──あるじっ!」
「──お兄ちゃん!」
バンッと扉が開くと、そこには満面の笑みのアンとアルマがいた。
「……?」
だが、すぐに様子がおかしいと気付いた。
表情は笑顔だが、元々の顔が憔悴しきっている。疲れ、悲しみ、苦しみ。それらの上に乗っかった笑顔というのは、それらの重々しい感情から開放されることを待ち望んでいたような顔だ。
「じゃない……なんだ、おまえ、か」
「……そんな……うぅぅううっ……」
そして、その笑顔は薄れていく。
力が抜けていくように二人は玄関で体を落とした。
アンはペタンと冷ややかな床に崩れ、涙を堪えるようにグッと目に力を入れた。
アルマは玄関を閉めなければ外に聞こえるくらいの声で、涙を流して泣いた。
「なんだ、どうした」
「……知らないのか」
「なにを」
「あるじが……帰ってこないんだ」
目を真っ赤になったアンの言葉を聞き、ピクとティナの瞼が痙攣をした。
「クラディスが……帰ってこない?」
「そうだ……どこにいったかも分からないんだ……置き手紙も、なくて」
「……」
いつもは気丈なアンがこれほどまでに狼狽えている。
クラディスという存在が、彼女にとって大きな支柱であることは分かっていたが……ここまで崩れてしまうとは。
そして、アルマという少女。ティナにとってはそこまで面識はない。が、クラディスの姉であるということは聞いている。
それが泣き止む気配がしないほど泣いて、絶望をしたような顔になっている。
二人にとって彼の存在がどれだけ大きいのかはティナは分からない。
「……そうか」
だが、ティナにとっても彼の存在は小さい訳ではない。
「少し、探る」ティナはそれらから視線を外して、閉めていた玄関を開けた。「お前ら。ちょっと待っておけ」
ティナの顔は二人の顔とは真逆の様相をしていた。
アルマが思わず涙を飲むほどの形相での──怒り。
「知ってそうな奴に聞いてくる」
その表情は背中で隠され、ギィと扉が閉まる音だけを残してティナは冒険者組合へと向かった。




