322 君たちは嫌いだけど
「あのっ、りりーさんっ」
「ん? どうした、アイリスちゃん」
「あ、ええっと……色々お話をしたいことが……」
出て行こうとしたリリーさんの袖を掴むと、ここではなんだからという理由で案内された場所は城内の広場の端。そこにあった石のような頑丈な素材で作られたそれは、屋根付きの休憩場所だった。
周りに魔素感知を広げ、人がこちらに意識が向いていないことを確認すると僕は座っていたリリーさんに頭を下げた。
「ありがとうございます……!」
「何がだ? 君は《賢者》だろ? はい、繰り返して。私は《賢者》、私は《賢者》」
「ぼ、わたしは《賢者》。わたしは《賢者》」
リリーさんがする手拍子のまま復唱すると、不意に「リリーお姉さんは?」と聞かれて「うぬぇ?」と素っ頓狂な声を出してしまった。
「あ~? なんだその反応」
「い、いえっ。リリーお姉さんは……えっと、ゆう……かんで、お綺麗で、お優しい、お方で……」
「よろしい!」
初対面の時からテンションが高い人だとは思っていたけどその印象は間違っていなかったらしい。
快活で、見た目通りの――顔は布で隠されているが――可愛らしい少女だ。
だが《解析士》であり、あの二人に間違った情報を知らせ、殺されるのを阻止した。それがただの善意……な訳ないよな。
「……で、聞きたいことは何となく分かるよ」
リリーさんは苦笑いをして小さく《範囲解析》と言い放つと、周りを警戒するように僕と同じ目線まで立ち上がった。
「今更どうすることもしないよ、ケトスとなんか約束したんだろ? だから私からは何もしない」
その姿のことを聞いた時に色々と聞いたから、と。
「……ケトスとの約束がなかったら?」
「んー? 聞きたい?」
満面の笑みに、黒色が隠れた……気がした。
キレイな花にはトゲがある──というが、笑顔の裏に隠れた殺意と敵意。蓋を少しだけ開けた時にだけまろびでたソレは、ぼくの意識を引っ張っていくのに十分すぎるものだった。
「いや……やっぱりいいです」
「今後の関係を考えると、そっちの方がいい」
今度は悲しそうに笑って、ちかくにあった石を蹴っ飛ばした。
「……すみません」
「止めておくれ、そんな薄い謝罪をしたら馬鹿にされてる気分になるじゃないかよっ!」
背中をバシィと叩いて、肩を組み、一緒にあるき出した。此処から先は声を小さめに、ね。と言われ、うなずく。
「……まぁ、遅いかもしれないけど、クラ――アイリス君自体は好きだよ。ひたむきに努力をする姿勢とか、礼儀正しいところとか。それにケトスと仲良くしてくれて、あそこまで明るくしてくれたんだ。ケトスが認めた奴だし、私にとっちゃ親戚の子みたいな感じさ」
「親戚の子……ですか?」
「うむ。クラディス君でよかったよ。本当に。そうじゃなきゃ、多分……今まで通りの結果になってた」
肩を組んでいる手に力がこもったのを感じる。
そして、それが緩んだのも。楽しそうに前を向いたまま、その裏では危ない色が見え隠れしている。
「だからこれから先、失望させるようなことをしないでおくれよ。好きな君のことを……嫌いなキミらのせいで嫌いになりたくないんだ」
リリーさんは、解析のスキルを持っている。
そして、転生者に対しては良くない感情を向けている。
……見える、ということは酷なことだろうと思った。だからこそ、ぼくも答えた。
「僕も、僕の持ってるこれのせいで人に嫌いになって欲しくないです」
本心である。目を向けると、リリーさんと瞳が通じ合った。横顔のリリーさんは、汲み取るような時間の後に、天使のように表情をほころばせて。
「……! アハハハハ、やっぱ私、君のこと好きだな〜」
「僕もリリーさんのこと好きですよ」
「おっ、やったじゃ〜ん!! 両思いじゃん。ときめいたわ。死んだはずの子宮が疼くね。なんなら結婚しちゃう? いま、募集中なの」
「考えておきますよ。でも、ケトスとの方がお似合いな気がします」
「アイツは世話を焼かせるのが上手いだけだよ」
少し照れながらそう言うと、恥じらいを蹴っ飛ばすようにつけていた布を取った。
「とまれ、私が欲しいのは情報だ! ここ最近不穏なことが多すぎるから、絶賛お仲間さんを増やしてる最中なのさ」
として、目の前にステータスボードを開くようにして見せた。だが、そのステータスボードは僕の目にも写り、転生者の文字がくっきりとそこに書かれていた。
「それが咎人であっても、な」
「なんっ……ですか、この技術!」
他人がステータスボードを開いているのは見れないはず。
それをして見せる能力の答えは、リリーさんの持つ魔素操作能力が秀でているからにほかない。
「この技術は秘密だぜ」
と口前に人差し指をあてがう姿は見た目は僕とほとんど同じなのに年上のお姉さんのようで。
「《解析士》が転生者を匿うのは……」
「もちもちの大福饅頭さ。元より、私は君等の一番の敵。そんなヤツが匿うとなると……信頼を失うとか、大罪どころではない。これがバレたら私は悲惨な死を迎えるだろうね~」
「そんな……」
「が、知った事か」
柔和な口調から、一気に言葉を変えた。
「大罪を犯して家族や友人を守れるならば喜んで犯すよ。どれだけの人間を敵にしても、私はこの手で抱きかかえられる人だけを大事にしたい。学んだんだよ、私にゃ多くの人間を守れる技量がないって……それはそれは高い授業料を払ってやっと分かったことさ」
小さく笑うリリーさんの前で、僕はたったままズボンに皺を作った。
この人は……強い人だ。その答えに行くまでは様々な葛藤があったはずなのに……。
僕のことをぶん殴れたら殴り飛ばしたいだろうし、殺したい気持ちだってあるかもしれない。そんな人間を前にして笑ってくれている。
「ありがとう……ございます」
こんな言葉しか言えないけど、本当に感謝しかない。
だが、こうして……姿を偽っての王城暮らしが幕を開けた。
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