321 綺麗な外套を
僕は《鑑定》を持っていて、どの程度まで見えるのかを理解している。
アレは別に全ての情報が見える万能なスキルじゃない。簡単な情報ならば視ることが可能だが、深い部分になると閲覧制限がかかるかのように文字化けをするのだ。見れる情報としたら名前と情報と弱点ほど。
先程の鑑定士からも言われたのと同じように「レベル差の有無」によっても変わってくる。
ケトスのステータスは文字化けだらけだったし。
だからと言えばいいか、その《鑑定》が万能ではないという情報は僕ら転生者が街を歩いてるだけで殺されない、唯一の救いに思えた。
けれど《鑑定》よりも上位のステータスを閲覧できるスキルならば、話が違ってくる。
「先程までの非礼を詫びよう。元より、君のことは解析士から通達を受けているんでね。今回のアレは、監査庁も同席のパフォーマンスだったって訳さ。転生者を隠してるんじゃないかーって煩くて……」
監査庁の鑑定士を同伴させることで話がまとまった訳なんだけど、と。
「はぁ〜。元より、不穏な者を王国軍に招くわけないだろうっての。監査庁は細かすぎて嫌になる」
やれやれと肩をすくめる少女森人。
──これは、なにかが食い違っている。
僕の知らないところで話がある程度纏まっている……そんな感覚。
「……リリーさん、いいんですか」
確認するように問うと、リリーさんは布の下で森守人の方をチラと見たように思えた。
リリー・フィン・イレネロ。
この人がこの世界で観測されているたった一人の《解析士》なのだという。
《鑑定》の上位スキルである《解析》を持っている……転生者の天敵。
解析の獲得情報量はどれほどのものなのかと昔にエリルに聞いてみたことがあるが、その仕入れることのできる情報量は世界樹にも匹敵するらしい。
そんな人が、僕の身元保証人になってくれる。
回りくどい言い方をしなければ《転生者》だと知った上で保護してくれる訳だ。
「どのようなステータスかどうかは口頭で伝えているぞ。それでも良しと判断をしたのはこの二人だ」
転生者だと分かって、この態度……なのか?
話すべきことを話し終えたように顔を伏せたリリーさんから、二人へと顔を向けるとそこで初めて男が口を開いた。
「ぼくは歓迎しているよ。強い人が増えるのは仕事が楽になるしね」
それだけ言うと、瞑目して手を後ろに組んだ。
(なんだ、これ。そんなことってあるのか……)
おおよそ、転生者に対する評価ではない。
今までのぼくのこの世界の認識が嘘だと言われているような感覚。これは、なんだ?
「まぁ、二人がこの場に遅れた理由を知ってもらえたら納得もしてくれるだろうがな」
頭上にハテナが無数に浮かんでいると、リリーさんがペラっと紙を僕の膝上に落とした。
読みなさいとばかりのジェスチャーに従ってその紙に目を通すと、口が引きつった。
そこに書かれていたのは――『国防に貢献した者に与える称号――単翼蘭花章を授与する。並びに、王国元帥からの推薦と本人の意向により、近年の動向から新設をした即応部隊の隊長として当該称号受領者を任命することが決まった。並びに当該即応部隊は発案者である王国元帥であるマールベリーの直轄部隊とすることとする』
そして、その後にはこう綴られていた──
『また、解析士によるステータス開示により、この者は正式にデュアラル王国に籍を置く公認の《賢者》として認定する』と。
なんとも格式ばったその用紙の右上には王国の国花が刻まれている。
最初は誰のことを指しているのかが分からなかった。だが、口々に言われる言葉で段々と理解が及んできた。
「王国内に二人も賢者がいるのは有り難いな」
「としても前例がなかったからだいぶ無茶をしたんだぞ。新たな部隊の隊長は元より佐官級のヤツが務めるはずだったんだが、それをねじ込んだのだからな。頑固で枯れかけの定命が駄々をこねるこねる!」
「ったく、なんで発案者のお前が会議にいないんだっての。エスタ君がいなかったらどうなってたか」
だって今日、招集しますねって連絡が来たんだもの、という言葉を二人は無視して。
「リリーさんのサポートのおかげです。傭兵上がりのボクは堅苦しいのは拷問過ぎて」
「まっ、決まったから良かったがな」
「そういうことだ。こちらとしては私の直轄部隊としても隊長が軍人だったら扱いにくくて悩んでたんだ。そんな時に、ちょうど【称号Ⅰ申出制度】の話が出てきたから、これだ! ってなってさ」
「ルルは軍人さんから嫌われてるんだもんね」
「嫌われてない。まぁ、この結果はあちらさんにも伝えておくよ。今も広間で待機してるんだろうから」
口々に言われる言葉を飲み込み、僕は冷や汗を垂らした。
これは──ぼくが、転生者だとバレていない……。
だが、なんだ、この違和感は。
手枷がより重たくなった気がした。
「は、ははは……」
助かった……のか?
それとも動揺を誘うためのブラフ?
自分の今いる場所が安全なのか、踏み間違えたら死んでしまう綱の上なのか。
それを見定めるために僕ができることは……話の流れを見極めることだけだ。
「それで、公認された私は……何をしたらいいんですか? 魔王を一人で倒しに行く、とか」
「なーにをいう。そんなわけがないだろう。今さらそんなことさせる王国はどこぞの宗教国家だけだ。君にはそういう軍事的なことをしてもらう予定はしばらくない、君にしてもらいたいのはただただ平和の象徴になってほしいのさ」
「平和の象徴……?」
「最近のこの不安定な情勢下で皆に頼られる存在になって欲しいんだ。《勇者》と《賢者》の本来の役目というか、そういうのを全うして欲しい」
「ぼくやルルなんかは、元帥っていう重々しいのがあるからね。動きやすい位置にいる称号Ⅰ持ちがほしかったんだ」
「そーゆーこと」
突然の風向きが変わったような気がして、ゆるりと顔を傾ける。
「つまり、なにをしたら……」
「分からないか? まぁ治安維持はもちろんとして……称号Ⅰは悪しきモノを滅ぼす者って言われてるけど、それが魔族や魔物だけに留まるとは明記されていないだろう?」
あぁ……言葉半ばで気が付いた。
僕が転生者ということはリリーさんが隠してくれているようだ。その意図は分からないが助かった。
だが、転生者だということが隠されているからこそ、発生する問題がある、
「あー……そうか、そうですよね」
僕は、敵の総数と総力を正しく把握できていなかったんだ。
転生者の敵対勢力は、なにも監査庁や転生者のことを快く思っていない人たちだけじゃない。
この少女森人の言葉で出てきた『悪しき者』に《転生者》が該当するならば。
「《転生者》を《賢者》のわたしが殺す」
同等の力を有する全ての称号Ⅰ保有者からも敵と見なされることだったのだ。
そこに好きか嫌いかは関係ない。
悪しき存在になった時点で、民や平和を護る彼らにとって敵になるのだから。
「そうそう、そっちのパフォーマンスの方もしっかりと頼むよ。今は、魔王を倒しに行くよりもそっちの方が効果があるからな」
「そうー……なんですね」
吐き気を催すほどの絶望が喉元に届いた。
大事な人達を護るために努力して身に付けた力は、皆を傷つける力へとなってしまったということ。
「これからは多分、たくさんのお仕事を任せるとは思う。まぁ、それまではゆっくりしていってよ」
肩をポンッと叩くと少女森人は笑って手枷を解いてくれた。
「【紫蘭之団】の隊長さん」
あぁ、本当にぼくは――……。
綺麗な薄皮を着飾り、同族を殺す裏切り者になってしまったのか。




