320 最後のあがき
「【紫蘭之団】の件は感謝をしているよ、確か……アイリスくん、だったか」
右上に目を動かし、思い出すかのような仕草。くすと微笑む顔は幼くもどこか大人の雰囲気を感じさせる。
「……」
そんな目の前の森人を美しく感じながらも、心のどこかで目の前の存在を恐れている自分がいる。
歪なまでに、その形は完成されているのだ。
思い通りに行き過ぎて怖い、という感情があるように、この目の前の少女は出来すぎていて返って歪に感じる。
「ありがとうね。助かったよ。魔族を見事に討ち滅ぼすなんて、さすが称号Ⅰ持ちだ」
「はぁ……」
子どものような無邪気な笑顔で微笑まれ──つばが喉に引っかかった。
──まて、その前にこの人、服を着てないじゃないか……!
今更ながらソレに気付いた。白い半透明なレースだけを着て、よくよく見ると乳房やその下までも見える。
逆に、それらに最初に気付かないほど彼女が纏う雰囲気というのは恐ろしいまでに気高い。
「だが、ねぇ。称号Ⅰ持ちならば、もっと目立とうとするハズなんだよ。……おかしいとは思わないか?」
少女は近づいて、首を傾げた。
「わたしはいろんなことを研究分野にしていて、その中に称号Ⅰ持ちの行動原理の研究があってね。彼らというのは、押しなべて目立ちたがり屋なのだよ。それは歴史が物語っているだろう。この世界を動かしてきた者の多くは勇者であり、賢者であった。そして……転生者も動かしたとも言えるね。これは力を代償に得た縛りさ。力にはそれ相応の代償が付き纏う。称号Ⅰ持ちの場合は、より過酷な運命に縛られる、というモノだ。それはしばしば王国間の戦争であったり、領土戦争であったり、と。常人には乗り越えることが難しい壁が待ち構えている」
ながいながい。
急にびっくりした。なんか怒らせたのかと思ったら、普通に語ってるだけだし。
「……力を与える代わりに、行くべき道を限定しているということですか?」
「その不明瞭な因果は究明されていないがね。その通りさ」
話に着いてきているのが嬉しいのか、うっとりするような笑みを浮かべた。
「これらのことから導き出されることとは……君はおかしい、ということさ。称号Ⅰ持ちなんだろう? 何故、素顔を隠して生きているんだい?」
ゆらりと指をさされ、額に汗が滲んだ。
「顔がバレて不味いことでもあるのかな? 勇者や賢者ならば実名を公開すれば高待遇が待っている。だが、君はそうしようとしない……顔も出さず、素性も明かさず、ほそぼそと生きようとしている。……まるで、称号Ⅰ持ちだと思われたくないように」
この人は……本気だ。
言われたくないであろう箇所を指摘する。そして、それに対してのこちらの反応を待っている。
「どうだい? 図星かな?」
──手枷を嵌められている状況でも分かるほど、目の前の森人から白い魔素が溢れ出した。
「転生者ならばその手枷なぞ無意味だろう」
歯を出して笑い、手を出された。
「さ。最後の抵抗をしてくれ、転生者よ」
森人が横に手を動かすと赤色のルーンが浮かび、魔法陣を空中に刻んでいった。
始めて見るルーンだ。そして僕が完全に把握している中級魔導書までの領域よりも、はるかに緻密で複雑な文字配置。ティエラリードさんの本にも書いてあったが……まだぼくにはできない領域のもの。
……あの文字配置は、大規模な魔素を使用する攻撃魔法に似ている。
「お、理解したかな。そう、王国軍に籍を置いてる私は君を殺す義務があるんだ。悪く思わないでくれよ」
森守人の言葉がただの鎌かけでなく、僕を殺そうと思っているのは肌で感じた。それを冷静に分析している自分がいるというのも、心のどこかで感じた。
…………だから、これは、アレだ。
「降参です。好きなようにやってください」
ぼくは重たい両手をゆっくりと上に上げた。
◇◇◇
「降参……だって?」
「そりゃあそうでしょう。だって無理ですもん。わたしはアナタに勝つことができない」
「おかしいな。これから君は殺されるんだよ?」
「だからこそ降参なんです」
ため息まじりにそういった。
降参をしているようなヤツの態度ではないが、もうこういうのは変に慣れすぎているのである。森人さんは眉を潜めているがしったことか。
「君は──」
「降参理由その1。わたしはこの拘束具を解けないので、抗おうがない」
手枷が付けられたまま指を立てた。
「……そんなことは。……本当に?」
「えぇ。そして、その2。拘束具を解けてもアナタには勝てない」
先程の白い魔素を見ただけで分かる。まだ全力でないというのにあの出力は桁違いだ。
それにこんな密室で一対一をしようと思う辺り、100%勝てる自信がなければできない。それも防具も付けてない状況で、それだ。
「その3。これが最後ですが、あなたの言動には色々と疑問点がある。降参したほうが賢いと思った」
「ほお」
少女森人は興味深そうに目を開く。
続きを話せというように顎を上げたので、お望み通り話すことにした。
「まず、転生者だと疑っているなら公開処刑をしたほうが国にとっても良いと思います」
ぼくはこの世界に対して無知だった。が、過ごしていいく内に多くのことを知った。
想像以上に転生者というヤツは嫌われている。ティナ先生との訓練の帰り道に広場で何か集会をしている人たちがいる思ったら突然「転生者を殺せ!!」と叫びだしたこともあった。あとは張り紙であったり、人づてに聞いたり、あとは自分が体験したりした。
本当に転生者は悪者なのだ。
そして、悪者というのは扱い方によってはとても良いエネルギーになる。
「今まで、転生者は晒し首、公開斬首など人の目に着くような場所でされています。領土戦争という結束力を高める必要がある時に、こんな密室で殺そうとするのは普通に考えるとおかしい。転生者だと分かっているならば、外に放り出して声高々に殺した方が国のためだと思いますが、どうでしょうか」
逆に考えると、ここでこういう風に問い詰められているということは、この人にとってもまだぼくは「転生者」であると確定したわけではないことが分かる。
「……他には?」
「称号Ⅰ持ちのことです。彼らは目立ちたがり屋という話ですが、それは一概には言えません」
強い力を持つ代償に運命を限定する。それは概ね正しいのだろう。だからといって、人の内情までそうであるかと言われると眉唾ものだ。
「ワタシの知っている人に勇者がいます。彼はそれを公表する前はひっそりと暮らしていました。どうも目立ちたくなかったらしいんです。結果的に今は目立ってはいますが、そういう人も中にはいらっしゃるのではないでしょうか」
お察しの通り、あの白髪メガネのことだ。
彼は仮面を買ってまで人目に付きたくはなかったのだと。その理由までは分からないけど、何かそれなりの理由があるのだろう。
「これらのことから、戦うのではなく話し合いで解決ができるのではないかと思い、降参させてもらいました」
手を顔の前まで上げて降参のポーズをすると、少女森人は口を尖らせて嫌そうな顔を浮かべた。
「はああ〜、もっと色々とする予定だったんだけどなぁ」こちらを見上げ、ちょっと苦そうに笑った。「……いいよ、分かった」
残念そうに腰に手を当てると、その小さな胸を膨らませた。
「……合格だ。悪いね、茶番に突き合わせてしまって」
「茶番……て」
「説明はするよ。その前に」──パチンッ、と軽快な音が響いた。「いいよー、二人とも入ってきて〜」
少女森人がそう言うと、入り口が開かれて、部屋外で待機していたと思われる二人がこちらに視線を飛ばしてきた。
一人は男、一人は顔を隠しているから分からない。
男の姿はムロさんとほとんど同い年くらいに思える。金髪で、花が刻印された鎧を身に付けて、腰に佩いているのは一本の剣。その出で立ちからデュアラル王国の騎士なのだろうと推測できる。
もう一人は、あの広間にいた鑑定士と似たような格好をしている。森人の横に立った二人が会釈をしたのを見て、こちらも小さな動きで頭を下げた。
「紹介しよう。このでっかい金髪は、エスタという男だ。私の昔からの知人で王国軍に所属している。そしてこっちにいるのが《解析士》をしているリリーだ。こちらも昔からの知人。【紫蘭之団】の一員であることは君も知っていると思う」
リリーという名前が聞こえて顔の見えない人のほうを向くと、こちらの視線に気が付いたようで手を挙げていた。
「ヤッ」
「広間にいないと思ったら」
知っている顔がいるというだけで、不思議と緊張も薄れるものだ。
だが、同じく聞こえた《解析士》という言葉には心がざわついていた。




