319 別室で待っていた者は
ここからどうするか。
今、先程の軍人に連れられて移動をさせられている。
実質一人。警備は手薄だ。この人を倒すことさえできたら逃げることは容易……だが、
(この人に、勝てる可能性は低い)
軍人は階級章によってどの位置にいるかが分かる。
星が将官で、花が左官で、金属ピンみたいなのが尉官。ぼくが知っているのはそこまで。
そして、大まかな戦力というのも把握はしている。
冒険者組合の頂点である黒翼等級は、元帥クラス。
将官クラスとなると蒼銀等級辺り。
左官クラスは大佐や少佐などによっても変わってくるが、翠金等級や一部の白金等級だと。
(ということは……)
この人の胸にあったのは花。
白金等級から翠金等級の人と同等の力を持っていることになる。
レヴィさん、エルシアさん、ムロさん。その三人と同等の力を持つ軍人。そんな人相手に魔素を封じられた状態で戦って勝てるかどうか。……答えは見えている。
だが、抵抗しなければ、生き残れる可能性は限りなくゼロになる。
流れとしては別室に拘束し、その後に、よりレベルの高い人を連れてきて鑑定というもの。
そして転生者だと皆に知られて──終わりだ。
(……エリル。この拘束具を解いてもらうことってできない……?)
(実は先程からコソコソと狙ってはいるんですが……どうも鍵穴で)
それはそうか。簡単に開けられるものだったら罪人を拘束なんてできない。力で強引にちぎることもできないのだろう。
(亜人のスキルとかは?)
(……魔素を使うので)
(なにもできない、か)
アンの父親は拘束具を嵌められた時、机に両腕を叩きつけて腕を千切り落とすことで拘束具から抜けたという話を聞いた。
……この人を前にしたとして、逃げることまでいけるか……?
(もっと……弱い人が警備に着いた時なら――)
「それにしても、称号Ⅰ持ちって本当にいるんだなぁと思ったよ」
じゃり、と鎖が揺れた。
人気がいない通路に差し掛かると、男は最初の気怠そうな雰囲気を取り戻してそう言ってきた。
「……?」
「ん、あぁ、お喋りお喋り。いいだろ? 別に」
警戒心を解くための雑談。それか内情を引っ張り出すための誘導尋問? どちらにせよ、無言は怪しまれるか。
「……。わたしもこのような形で知られるとは思ってもみませんでした」
「そりゃあそうか。まぁ、こんなごつい鎖を女の子に繋いで申し訳ないと思ってるよ。まぁ、監査庁もいたからケガさせるわけにもいかんのでな」
監査庁と王国は蜜月な関係じゃないのか?
「大丈夫です。ある程度は鍛えてるので」
「ならよかった。……ちと、街の復興で軍人も色々と出払ってるからオレも多方面に狩り出されててな」
愚痴を聞かされるとは。この人、佐官だよな……?
佐官ってことは部隊とか率いたりするほどの階級だと思うんだが。
「大変そうで。お力になれることがあったらなんでも仰ってくださいね」
「…………。あんた、不思議なヤツだな」
ジッと何かの音がすると、息を吐き出すような音が聞こえた。
……タバコ吸ってる? えっ、嘘。今、仕事中じゃ……。
「まあ、ふぅー……なんだ。えー、とな。いい子なヤツは警戒しろって言われてるんで。転生者の特徴の一つらしい」
そういうことか。
「なら、手伝いません」
「ハッハッハ! そりゃあ困った。まぁ、そんくらいの方が怪しまれんで済む」
この世界の住人は基本的に失礼というか、不躾な人が多い。といっても転生者も調子に乗ってたみたいだから色々と情報がごちゃごちゃになってそうだな。
……ちょっと失礼な方がいいなら、それでいこう。
「で、ここだ」
扉の前に立たされると、横に並んだ軍人はやはりタバコを燻らせている。左右に立っている兵は正面を向いたまま動かない。
「この先にいんのはお偉いさんだ。失礼のないようにな」
男は鎖を解きながらそういった。
「その言葉遣いが既に失礼な気がするんですが」
「いいんだよ。こんな感じで」
男が目配せすると左右に立っていた兵が動き、扉を開けた。ギィと大きな扉が開き、男にクイと中に入るように促される。
「…………失礼します」
後ろで扉が閉まる音が聞こえた。
連れて来られたのは部屋の一室だ。予想をしていた独房のような無骨な所とは真反対の……第一印象は【寝室】だった。それも一般人の寝室ではなく、貴族が寝るための部屋。
ぼくが三人いても寝ることができそうな寝台。それにはカーテンのような、レースのようなモノが上部から垂れ下がっている。天蓋ベッドというやつか。
入り口横に見える鎧立てには王国の国花が刻まれた鎧が立っていて、調度品も雰囲気を損ねないように重厚感のある黒樫に手が触れる箇所に光を宿す金属が縁取られている。
「ここは……」
足を踏み出すと柔らかい感触が押し返してきた。下を見ると絨毯が敷かれている。
こちら、土足なんですが……。
「お。君が称号Ⅰ持ちって言われた子か」
「……!」
いつの間にか、彼女はその場所にいた。
縦が長い窓の縁に腰掛け、足を内側に投げ出して、クスと笑う。
この人……見たことがある。
──ふふ。
【紫蘭之団】が結成された時に階段を登って後ろの方の席に座っていたシニヨンの少女。
あの時とは違うのは、髪に隠れていた耳が見えるということだ。
「やぁ、始めまして……だよね?」
床に素足を起き、ゆらと立つ仕草。
まじまじと姿を見てみると、この豪華な部屋の中に置かれているどんな物よりも綺麗で、美しいと感じるほどの造形美だ。
始めて神様やエリルを見た時と同じだ。住んでいる世界が違うという感覚。
こちらに足音を立てずに近づく姿なぞ、芸術家によって作られたどんな天使よりも天使のようで、優雅で……華奢だった。
もはや、人というより彫刻と言われた方が納得できる。
その雰囲気の元となってるのは、その顔の成り立ちや立ち姿も挙げられるが……やはり、その白く長い耳が大きいような気がする。
(森人……じゃない。もっと、上の)
いつぞやの多種族パーティーにいた森人とは別格の気品が感じられる。ぼくからの視線を楽しむように顎を上げると、
「ちょっとお話をしようか」
彼女はそういって、耳を動かしていた。




