310 訓練の成果
訓練場に着くと、適当な間合いを作るために先生が奥へ進んでいった。
ひらひらと揺れる二つ結いのワインレッドの髪。クルッと振り向いた時に遠心力で先生自身の髪にペチッと当たっていた。お尻辺りまで伸びてるんだから、動きづらそうだよなアレ。
「ン、じゃあ始めるか」
「武器は本物でいいんですか?」
「ナグモとはソレなんじゃろ? なら、ワタシが木剣でという訳にもいくまい! まっ、安心せいっ」
腰に手を当てた先生はにこやかに笑った。
「どうせ、当たらんッ!」
「なら――」僕の横にいたアンの姿勢がグイッと低くなり、地面を蹴り上げて加速していった。「望み通り殴り殺してやる」
拳殻を召喚装着しながら淀みのない動き。一瞬の内に間合いにまで入ったアンは、拳を振り上げるために速度を僅かに落とし、先生の真下で急停止するとそのまま右手を顎に目掛けて振り上げた。
──パシッ。
「所詮、この程度ぞ」
「!」
歯を見せて笑う先生は、アンの拳殻を素手で受け止めてみせた。次の回し蹴りも、二段蹴りも、全てを弾くか真正面から受け止めて。
「クラディスもほれ。遠慮するな」
「……ははっ」
話す余裕さえ見せてくる。
冷や汗が喉にまで落ちてきた。
あぁ、やっぱり、この人はすごい人だ。
「遠慮なんてしてないですよ。では、胸、お借りしますね」
──武器を順手と逆手で握り、先生の方に向かっていった。
そして、そこから一時間もの間、みっちりと戦闘訓練を行った。
戦いは互角。拮抗状態が続いていた……のだが、鐘の音が微かに聞こえた。ギルドの受付が閉まる時間を知らせる鐘だ。
「もうこんな時間……」
息も微かに上がっている程度、いつもはもっと長い間訓練しているからまだまだ余裕がある。
「ふむ。戦い方は変わっとらんが、実力がちと上がっとる。なら、もうちぃと実戦形式で……引き出してみよう」
素手だった先生に木で作られた槍が握られた。
「構えろ」
そこから、まぁ、酷かった。
手も足もでないというのはこういうことか。
渡黒鴉と空中戦で戦った時に感じた「技術不足」「経験不足」を地面に足をつけた状態で感じることになるとは。
「武器を取っただけじゃぞ。そら、どうした!」
「ぐっ……」
武器を振っても当たらず、先生の攻撃は当たる。アンとの代わる代わる攻撃を仕掛けど、手が何本もあるのかと思う捌き方で……攻めているはずなのに、圧され始めていた。
「ふむ……以前なら、これくらいで魔素が切れとったはずじゃが……クソガキの方も課題は解決したみたいじゃの」
「あるじのおかげでな」
アンはまだ涼しそうな顔をしている。エヴァーチェとの訓練結果が十二分に発揮されているみたいだ。それを受け、先生は楽しそうに笑った。
「なら、次の段階に移ることも考えんとな!」
今まで歩むようにして攻撃を流していた先生が、一歩前に踏み込んだ。
全体のリズムが狂った──
「レベルを上げるぞ。この速度について来い」
「!」
刃のような言葉が耳に刺さった瞬間、先生の槍がぼくらの体を突き上げた。なんとか逃れた先の体を回し蹴りを喰らわされ、壁にまで飛んでいく。
「今、お主らが使っとるのはただの身体強化じゃろ。レベルが上がれば自ずとソレも強化されるが、その上の段階もあるのは知っとるかの?」
壁にぶつかって脳味噌が酩酊したようにグラグラとなっているのに、話なんて聞こえる訳もない。ので、答えれる訳もなく。アンの方は受け身をなんとか取れていたみたいだけど、口元から血が滲んでいた。
「能力向上……のことか?」
「じゃ。魔素の無駄遣いに気づけた次は、有効的に使うように仕向ける。基本じゃろう」
アンと先生の会話を聞きながら、よろけながらも体勢を立て直す。
「が、スキル習得にかまける訳にはいかん。スキルを使わずともワタシは二人よりも強いからな! まずは素の能力を高めることじゃ、ハッハッハ!」
ぴょんぴょんっと小気味よいリズムで跳躍を繰り返し、先生は目に狂気を宿した。
「して、瞬きをするなよ? ガキども。ワタシの攻撃を凌いでみせろ」
語気の強い言葉の後、ダンッと訓練場にヒビが入るような音が聞こえ──ぼくとアンの視界は暗転した。




