308 雪山の長
「なァ……オレのせいって言いたいのか?」
仮面はその男の顎の下に人差し指を立て、優しくなぞった。
妖艶な女性が男性を誑かすようなソレ。言葉尻も優しい。
だが、男にしてみればソレは鋭利な刃物と同義だった。
「喋れよ」
「──……。」
これは、威圧だ。怯えている者に更に畳み掛けるように放たれたソレによって、男は口端から泡を吹いて倒れ込んだ。その男から視線を切って、横で震えていた者へ視線を移した。
「そこのお姉さん。どうなんです? オレのせいですか?」
目を向けられた女性──あの日、少年の頭に水をかけた女性だ──は、言葉を発せれなくとも、小刻みに顔を横に振るうことに全力を出した。
「そうですか。なら良かった。……じゃあ、あのジヒル草はあなた方の団員を救うことができたんですね」
「……あ、ぅ……」
「どうしました? 顔色が悪いですが」
「救った! 救ったよ! あんたのおかげで!」
女性をサポートする団長の姿を見て、仮面は密かに笑みを浮かべた。
……何故、笑った?
仮面は壊れていて、口元は見える。
だから、男たちにもソレが見えていて……。
「お役に立てたなら光栄です」
にこやかに笑う仮面は、すくっと立ち上がりざまに壁を壊した。
すると、ゴブリンロードの姿の他に巨躯のスノーウルフや渡黒鴉の姿が。暗がりで目が光るそれらの怪物達は、仮面が抑止力となっているように感じた。
「ヒッ──!?」
「……!!!」
後ろでも唸り声が聞こえてきた。──通常個体のモンスター達だ。そちらを見上げていると、仮面は緩やかに手を動かして。
「安心してよ。ぼくがこの雪山に居る限りは、モンスター達に悪さはさせないからさ。下の街の治安維持に協力してあげるよ。──おじさんたちの代わりにね」
「! それは──」
乾いていた喉が、期待で潤った気がした。
「たすか──っ?」
前のめりで嘆願しようとした男を止めるように仮面は指を指した。その指先を見つめていると、ゆるやかに落ちていき、腰辺りで指が止まった。
「でも……その前に……袋に入ったままのジヒル草を説明してくれないかな」
「──!!? 違うんだっ、これはっ……信じてくれっ!! これから使う予定で、な、ナァ!?」
「う、うんっ! 治癒士が中々捕まらなかったからっ」
男は団員たちと話を合わせながら、湧き出てくる汗を散らす。
なぜ、収納袋の中身が分かる!?
ハッタリのような雰囲気ではない。
さとられないように上手く取り繕わなければ──
「…………おじさんたちさ。嘘つきすぎだよ」
ピタッ、と。
体が磔にでもあったかのように動かなくなった。
「う、嘘なんかっ。人聞きの悪い……!」
「それも嘘だ。ジヒル草を取りに来たって名目で、広場の上を調査。するとぼくがいた。だからあの血盟に殺してもらうように嘘をついた」
「ちがっ! ちがう! 信じてほしい!! 悪気が合ったわけじゃないんだ!!」
「触るな」
すがるように肩を掴んできた男の手を仮面は払った。その口は不快そうに歪んでいる。
「──善意で救おうとした人に嘘をつかれ、殺されそうになる。これをおじさん達がされたらどうするの?」
「オレたちは殺しはしないっ! 殺しは絶対にしないっ! なっ!?」
「そうよ! 私達は、そんなことは絶対にしないわ!」
「だから、助けてくれっ、許してくれぇっ……!!」
後ろのモンスター達が揺らめき、木の上に立っていた少女の方から鋭い舌打ちが聞こえた。
木々もざわめき、雪が落ちる音が聞こえた。
「…………そうか、そういう人たちなんだな。なら、もういいや」
仮面は人さし指を口元に立てた。
「これは──お願いだ。ぼくらはゆっくりしたいだけなんだ。だから、どうか、ぼくたちの安寧の邪魔をしないでくれ」
優しい口調であって、その言葉の裏に隠された意味を男たちは否が応でも分からざるを得なかった。
──邪魔をしたら殺す。
──森に入ってきたら殺す。
「……っ」
「分かったら、消えろ」
ドスの利いた声で言われたその言葉によって、解き放たれるように男たちは山を後にした。
◇◇◇
転がりながらも雪山を降りていく姿を見ながら、仮面を外したクラディスはモンドにもたれかかった。
「ご主人さま、殺さなくてもよろしいので?」
「殺したくないからああやって警告したんだよ。でも、ぼくがいなくなった後に君たちに危害を加えてきたら──どうしようか」
普段の口調で言われたからこそ、周りの者達は背筋が伸びた。
自分たちの主人の怒り。感情が契約を伝わって伝わってくるようだ。
「あっ、それとダンカンは武器を全力で振り回しすぎ〜、あとアンは棒読みすぎたね」
「事前に話を聞いていたので、不慮の事故を見立てて殺そうかと」
ダンカンは後ろに手を組んで、お気持ち表明。
この「イタズラ計画」を実行する際に先ほどまでいた血盟にクラディスが何をされてきたかは説明を済ませておいた。
そのこともあって従者の彼らにとってあの者たちは「殺しても良い者」としての認識になっている。
「あのような者に救われるくらいなら、舌を噛み切って死にます」
アンも同じような気持ちらしい。
「あははは。ほどほどにね……別に悪評を高めたいわけじゃないからさ」
モンドの首を持って、グルンッと上に跨ったクラディスは大仕事が終わった後のような息を吐いて体を伸ばした。
「これで、しばらくは森に入ってこないだろうー! さ、広場に戻ろっか!」
「「「はい!」」」
ぞろぞろ、と。この山の長とその従者達は、多くの仲間を引き連れて広場に戻っていく。そうしている時に、アンがくたびれたような声を出していた。よほど、あの演技がしんどかったのだろう。
「お疲れ様」
「本当に疲れましたよ……」
「姉御が自分で飛んでいったときには笑いをこらえるのに必死でしたよ」
ダンカンはあの血盟達の元へ高速で飛んでいった時の光景を思い出していた。
アンは体を伸ばしながら「オマエに飛ばされるよりも、わたしも不慮の事故を見立てて殺したい」と言い、飛んでいった。結果として彼らが足を止めたから誰も巻き添えにはできなかったのだが。
「演技が下手でしたものなぁ」
モンドはくつくつと笑う。
「あるじ、コイツラはなんと?」
「アンの演技は伸びしろがあるってさ」
「のびしろ……演劇の練習もやってみても良いかもしれませんね」
──彼らは、【フォリスの大森林】に突如として現れた只人を主人にする変わり種たち。
元は異なる縄張りを持ち、互いに火花を散らしていた仲。
その中には、準上位血盟のエヴァーチェも加入し、現在ではモンスターと只人の垣根を超えた連合軍となっていた。
「そういえば、あるじは演劇というかそういうのが得意な気がします」
「確かにそうだ。旦那の演技は最高だったな!」
「なにかやられてたことがあるんです?」
「演技じゃないよアレ」
そんな者たちを束ねる小柄な少年は雪狼王の上にまたがりながら笑った。
「あの人達よりも、みんなが大事だからさ。アレはぼくの本心さ」
最弱の転生者は、着々と力を付けていっていた。




