307 オレのせいか
「くっそ……入りたくなかったのに」
突如として舞い込んできた依頼に彼らは向かっていた。
エヴァーチェから直接の依頼だったため、しばらくは潜りたくなかったが【フォリスの大森林】に来ざるをえなかった。
彼らは始まりの地の街を護る主戦力である血盟だ。
東の開拓している通路の方からダンジョン上の広場へ向かって登っていく。相変わらず不気味なほどまでにモンスターが出てこない。
「いいんですか、団長……まだアイツがいるかも……」
「馬鹿……。エヴァーチェが無事が殺してくれたに決まってんだろ。そうでなきゃ、あっちから依頼なんてこねぇって」
あの日、ダンジョン上の広場でアイリスと出会った彼らは嘘をついて【ジヒル草】を受け取ってから、広場の上に転生者がいるという連絡をギルドを通じてエヴァーチェに伝え、森から抜け出していた。
そんなエヴァーチェから「ダンジョンの広場に忘れ物をしたかもしれない。それを取りに行ってくれないか?」という依頼が来ていたのだ。
自分で取りに行けと切り捨ててやりたいが、自分たちよりも上位の血盟のご命令だ。従うしかない。
「忘れ物ってなんだろうな」
「知るかよ。でも行きゃあ分かるだろ」
愚痴を零しながら開拓路を北へ登っていくと──山の全体が揺れた。
「なっ!?」
これは只事ではない。強いモンスターが戦っているに違いない。
しかし、彼らとて冒険者である。見えない敵に怯えることなどしない。武器を構えて陣形を固めていると、少女の叫び声がどこからか聞こえてきた。
「たすけっ──て、ください──」
徐々に大きくなる張りのある肉声の方向を見ていると、まるで大砲でも飛んできたのかと思うほどの威力で少女の体が飛んできた。
「!?」
一瞬にして右から左へ移動した彼女を目で追えた者は居ただろうか。衝撃の吸収に使われたであろう木々はいくらか折れている。
何が起こったのか分からず呆然としていると、少女が飛んできた方向から木々を押し倒しながら……怪物が現れた。
『GRRRRRRRRRRR!!』
「ゴブリンキングっ!?」
「いや、それよりも大きい!! ロードだ!」
今まで対峙してきたゴブリンキングよりも大きく、装備も良い。下手をしたら自分たちよりも良い装備を持っているようにも思える。
熱い胸板、石のようにゴツゴツとした肩と腕、それらを覆う装備は赤々しく、希望を絶やすような夕暮れ色をしている。
「GRRRRRRR!!」
「──ッゥ!?」
咆哮一つで足が竦んだ。
みんなでかかれば勝てるのか? ゴブリンキングならばなんとか倒せるが、それよりも遥かに強大なコイツを倒すには不確定な要素が多すぎる。
「助けてくださいー! 薬草を取ってたらアイツに襲われてー!」
助けを求めているというのに、なぜかわざとらしい声が聞こえて振り向くと先程吹き飛ばされていた少女が歩いてきていた。
褐色の肌に長い耳。
装備は付けていないから冒険者ではないのか。
でも、ここらで見ない顔で──
「団長!?」
「!?」
背中がひりつく。可能限り素早く防御の姿勢を取ったが、ゴブリンロードが振るった武器が脇腹にねじ込まれた。
「ぐぅううっ!?」
仲間を巻き込んで道の脇に飛んでいき、背中を打ち付けた彼らは、迫りくるゴブリンロードを見上げるために顎を上げて……ゆっくりと視線を維持したままおろした。
「…………!!!」
それは、前を向くのをやめることを意味していた。
──恐怖に立ち向かうことの放棄だ。
「勝てるわけがない……っ、バケモノに」
「なんでこんなところに、こんなヤツが……!」
武器を構えることなぞせず、届くわけもない言葉を投げる。
ゴブリンロードは近づきながら刀を握った拳で首の骨を鳴らした。
「助けて、くれないんですか……?」
襲われていた少女が救いを求める声に目を向け、顔を引きつらせた。
「お嬢さん……無理だ。オレたちにゃ、こんな奴は倒せねぇ……!」
ドスンッ、と足が地面を鳴らし、そのゴブリンは刀を片手で振り上げて──
『GRRRRRRRRRRR!!!』
「!!」
男たちは目をつむった。
「──大丈夫ですか?」
声が聞こえ、男たちがゆっくりと目を開くと……自分たちに向けて振り下ろされた剣が人型の何かの手に収まっていた。
何がなんだか分からない頭でも、命が助かったのだということが分かった。そして、目の前の人物に淡い期待を寄せて、気づく。
「おまえ、あのときの──」
その人物がダンジョン上の広場にいた仮面だと。
その仮面は壊れており、口元や頬が若干見えるようにはなっているが、それがアイツだと分かる。
仮面は男たちを一瞥すると、再び振り下ろされようとしていた大剣を横に弾いた。あり得ない光景だ、と血盟の団長は感じた。
──線の細い体で、あれほどまでに巨躯のゴブリンの攻撃を防げれる訳がない!
「いつまでそこで休んでるつもりなんですか?」
仮面が手を動かすと、風が巻き上がり男たちの姿勢を強制的に正した。《力ある言葉》で人の体を浮かす仮面に、仲間の魔法使いが言葉を失う。
「まさか、エヴァーチェは破れたのかっ……!?」
「彼らは強かった。なんとか逃げれたから良かったよ」
で──と仮面が男たちの方を見ずに壁を発動し、逃げようとした彼らの動きを止めた。
「なっ!」
正面ではゴブリンの攻撃を片手で受け止めている。片手間で展開された魔法に彼らは行く手を阻まれたのだ。仮面はそんな後ろで尻もちをついた男たちに問うた。
「……君たちだよね。ぼくのことを転生者って嘘を言ったのは」
「っ!!」
男たちは仮面の視線がこちらに向いていないというのに、肌が痛むほどの敵意を感じていた。
──言葉を誤れば、死ぬ。
だから、言葉を返すことなどできなかった。ゴブリンの敵意よりも濃厚なソレに、震えるしかできない。救いなんてない。ゴブリンロードの攻撃から守ってくれてた時に湧いた期待は今や色濃い絶望へと姿を変えている。
「確証がないことを叫んで、ぼくは大怪我を負った。……どうしてくれるんだい?」
パチンッと指を鳴らすと、仮面はゴブリンとの間に鉄の壁を作り上げた。無詠唱ですらない。それはもはや魔法の名前すらも口にしていない。──神業だ。
仮面は自分が作り上げた壁を背にして、男たちを振り返る。
「なぁ──あの子だけを連れて逃げてもいいんだ」
なにか仮面の背後で揺らめいた気がした。
蜃気楼のような、幻覚のような。それが何かは分からないけれど、殺意が膨らんだ気がした。
「どうする? 口は動かせれるだろう」
「ゆっ、許してくれっ……!!」
重圧に抗って喉を開くと、真っ先に転がりでたのは謝罪の言葉だった。
団長の言葉によって、空気が変わると団員たちも口々に謝罪の言葉を発した。
「謝るわ!」
「オレたちが悪かった!」
などと震えながら。
少しの笑みを浮かべながら謝罪をする者もいた。仮面の機嫌を損ねぬように、仲間であると主張するかのように引きつった笑みを浮かべている。
「なんであんなことを?」
「──っ」
誰がそれに、答えられるだろうか。
調査依頼を受けて、そこに仮面がいて、気に食わなかったから、と。皆が言葉を選んでいる間に、頭に酸素が届いていない男が、思わず口を滑らしてしまう。
「オレたちは……だって、あんたがおかしなことばかりいうから」
目の焦点が合っていない男の言葉。
他の者達は耳を疑い、咄嗟に止めに入るが、出た言葉は飲み込むことなどできない。
──空気が、吐き気を催すほど、苦しく締まりつけるようなものへと変わった。
「そうか、オレのせいか」
あぁ、オレたちは死ぬのかもしれない。団長はそう思った。
投稿日はGBB(grand beatbox battle)の三日目なんですよね。
めちゃめちゃ良かったです。
新作を更新させてもらいました。
偽りのレナータ
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