305 雪山の長、決定戦
皆が固唾を飲んで見守る先にぼくはいた。
体も回復しきった状態で、武器を構えて上を見上げる。その先にいるのはこの雪山の長である渡黒鴉。
皆にお願いをして一騎打ちをすることにした。
ティナ先生はぼくかアンのどちらかが雪山の長になれば良いのだと思う。で、色々とお世話になったことでぼくが相手をすることに。もちろん、ぼくが負けたら次はアンの番が回ってくるので準備をしてもらっている。
(別に一騎打ちにこだわる必要はないんだろうけど)
雪山の長になれるのは、やはり一人のみ。
そして、ティナ先生に納得してもらえる結果を出すため。
この二つを満たすのが「一騎打ちでの勝利」だと、アンと話し合った。
勝てるかどうか……という思いを抱きながら小刀を握った。
《ホワイトボグの短剣》は壊れてしまっているので、あるのは簡素な小刀のみ。これでも今ある最大限の装備だ。
「いくよ、渡黒鴉」
「こい、坊や」
日曜日のお昼のような顔をしている渡黒鴉に、変な汗をかく自分がいた。余裕の表情は崩れる気配がない。ならば、と。
「身体強化」
グイッと足をひねり、爆発するような加速で渡黒鴉の元へ真っ直ぐ伸びた。
小刀で地面に傷をつけながら、彼女の真下で武器を振り上げて雪の幕を作り上げて──翼の羽ばたきでかき消された。
「隠れん坊かい」
視界を一瞬でも奪えた。空に飛ぶのは予想していた。
だから、ぼくも同じように──魔素で作った翼で。
「ほお!」
結合数を頑張って高めた魔素でつくった翼。飛べるほどの力なんてない、から。渡黒鴉が飛翔した風をそのまま誘導し、ぼくの上昇力にした!
「いくぞっ──って、うぁ」
武器をぶん回しても届かない。
「あっ……!」
というか羽を作っても、ソレをどうやって動かしたらいいかまでは考えてなかった!! 翼に角度を付けたら飛べれるのはそうだろうけど、えぇっと、どうやって動かせば──
空中で緩やかに下降をしていくぼくの目の前に、渡黒鴉の嘴が迫った。
「ぐぇ」
ぷに、と優しく押され、バランスが保てなくなったぼくの体はギュンッと重力に押されて落ちていく。
「やばっ」
手を広げてパタパタしても空気が他人事のように通り抜けていく。もう一度魔素の翼を作ろうとして、作った側から風にかき消されていく。
──結合が甘すぎるのか!!
「あばばばばっ……風よっ!!」
ぶわ、と真下方向に《力ある言葉》を放って少し体を浮かせて、その隙に翼を作った。
「なんとかっ、これでっ!」
が、彼女からしてみればそれは愉快なほどまでに遅かったのだろう。ガシッと肩に違和感が走った。
「え」真上を見上げると、渡黒鴉の足が見える、気品のある笑い声が聞こえた「うわっ」
彼女は足でぼくの体を掴んで、急上昇をし始めたのだ。
そして、天高くまで登ると急下降をして、また急上昇をして──
「吐くっ!! 吐くっ……!!」
臓器が上へ参ります、下へ参りますを繰り返していると、ちょっと高いところから放り投げられた。
ふわっと体が開放された喜びが一瞬。その後は、また自由落下に抱かれながらの恐怖がぼくを襲う。
「うわああああああっ!!」
──ボスンッ。
情けない声と音を立てて落下したぼくの近くに渡黒鴉は着地し、お腹の上に足をグニと押してきた。
「うぇ……渡黒鴉、強いなぁ……」
「当たり前だろう。空中で私と戦おうなどと思わぬことだ」
「……頑張ったんだけどなぁ」
全く歯が立たなかった。レベル差は当然あるのだが、空中戦闘となれば経験値が違いすぎる。あんな自由に動きまわることなんてできない。あんなんジェットコースターだよ……。
「だが、知恵を絞っていたのは分かった。空中に出れば何もできまいと思っていたが、まさか同じ高さにまで上がってくるとはな」
「飛ぶかなとは思ってたよ……だって、ぼくが飛べるなら飛ぶし」
自分にとって得意で、相手にとって苦手な戦闘。そんな美味しい戦闘があれば誰だってするだろう。だからこそ鳥類のモンスターは手強いのだ。
「それで、どうする? 抜け出せるかい?」
ぐにぐにと力加減をされながらお腹を押されながら、圧倒的に「敗北感」が漂ってきた。
まだ戦おうにしてもこの状況から脱しないといけない。でも、渡黒鴉は抜け出せないように猫の手みたいに丸めてガッチリとホールドしてきてる。意地でも逃さないつもりだ。
「はあ〜、戦闘続行は不可能かな」
「そうだな」
「じゃあ、こうさ──」
「降参だ。坊や。わたしの負けだ」
ぼくの声をかき消すほどの大きな声で言われた言葉を、押さえつけられたまま聞いて、眉間にシワを寄せた。
何いってんだこの鳥さんは。
「渡黒鴉? えーと……降参って?」
「わたしの負けだ。この雪山の長はたった今、坊やに変わった。おめでとう」
「なにいってんの……??」
「言葉の通りの意味さ」
最後に足全体でむにむにと掴まれたと思ったら、足を退かせたのでむくりと起き上がった。
「……情けのつもり?」
「いいや? 空を飛んで見上げるだけだったら大怪我を負わせるつもりだったよ」
「でも、ぼく完敗だったじゃん。無様だったでしょ」
ちょっと不貞腐れていると、頭をグイグイと押し付けてきた。
やめろやめろ。ペシペシと叩くと、満足げに笑ってきた。
「元より、わたしは子育てが終わればこの雪山から離れるつもりだったのだ。雪山の長だがなんだかは知らん話でな。名乗ったつもりもない」
「雪山のみんなは渡黒鴉を長だって」
「本当にそう言ってたか?」
「……言ってた」
「嘘を付くな嘘を」
「むぅ……」
言われてみれば、直接「この雪山の長は渡黒鴉だ!」と言われた記憶はたしかにない。
もとより、ダンジョン上を縄張りにすることで、他のモンスターと全面戦争になって、手短に山の長になれるというのが元々の計画だった。
そしたら「どうやらダンジョン上の広場に渡黒鴉がいるらしい」と聞いて、雪山の長になるためにはこの森で一番強いヤツを倒す必要があるので、「渡黒鴉を倒す」必要が出てきた、と。
「でも! 前から居るみたいな話しぶりだったよ!? ねぇ、みんな!」
「前からいたにはいましたが、ずっと居るわけでは……」
「寒くなったらこの広場に来るだけだったよな」
「〜! そういうのはさっ! 先に言ってよね!! ってかなんかそれも聞いた気がするし! もうっ!!」
ダンカンとモンドに八つ当たりして、ふいと渡黒鴉を睨んだ。というか、なんかそういうの聞いたきもしてきた。後で謝っておこう。
「あの子が独り立ちの時期になったのだから、そろそろ住処を移す時頃さ。だから、この縄張りはわたしの子に渡すつもりだ」
「……それで、デイジーはぼくと契約してるから、ぼくが長だって?」
「話が早いな」
「なんだよれぇ……めっちゃ準備したのにさ。もやもやする!!」
腕を組んで不満ですとアピール。渡黒鴉は器用に足で頭を撫でてきた。
「やめろっ、撫でるなっ! やめろ! やめろったら!」
むすっとしていると、渡黒鴉は大仰に笑った。
「人の子とこれほどまでに話すのは久方ぶりだった。楽しかったぞ、坊や」
「うるせっ!」
「イダッ!」
撫でていた足を抓ると、嘴で体を持ち上げて木に投げ飛ばしてきた。
「ぐぇっ!?」
多少なりとも力加減はされたのだろうが、衝撃で雪がズボッと頭の上から落ちてきて視界が真っ白になった。
ぷはっ、と顔を出すと、みんなが笑っていたので、釣られるようにぼくも笑った。
「はあ〜……なにはともあれ、だな」
紆余曲折ありながらもなんとか雪山の長になれたみたいだ。これで、先生から課せられた訓練も終了で──
「おめでとうございます。クラディス様」
聞き慣れない無機質な声が聞こえ、バッと顔を上げるとそこには……女性が立っていた。




