304 お別れ前の確認を
アンの課題が全速力で解決に向かっていく中、ぼくの方の体もある程度回復してきた。
途中途中、襲撃してきたモンスターの戦闘に駆り出たり、ダンカンやモンドと手合わせをしたりして傷口が悪化したこともあったけど!
あとは、もう一つの方。勉強をしている方もエリルと読んでいくと習得が完了。
序盤の方にぎっしりと内容が詰まっていたこともあって長く感じていたけど、今日で雪山に来て一月半が経とうとしていた。
そんな日差しがいつもより強く感じる今日は、エヴァーチェが帰国する日。
アンとの訓練をずっと付き合ってくれていた彼らは、ダンジョンから出てきた時よりも草臥れているように見えるけど、全体的に強くなっている。
最後の方はアンの胸を借りて、エヴァーチェの訓練をしてたみたいなもんだし。治癒士のお姉さん大活躍だった。ぼくも治癒には加わらせてもらったよ。ぼくには治癒魔法の効きが悪いのに、ぼくの治癒魔法は人に聞くなんてとんだ横暴だ。
「それじゃあな。短い間だったが、楽しかったよ」
「はい」
身支度を終えたエヴァーチェの皆さんに挨拶を。ユットロールさんと握手している間に、団員の皆さんはモンスターたちとも挨拶をしていた。
エマさんはモンドに抱きついてるし、ダンカンは重戦士の二人を両手で抱きしめている。他の皆も同じ感じで手を振ったり抱きついたりしていた。
知らない間に仲良くなっていたらしい。言葉が通じなくとも仲間になれるなんて素敵だな。
「それでなんだが……」
ふい、と声をかけられるとユットロールさんはぼくの頬をムニッと掴んできた
「ふぇ……?」
「改めて、にはなるが。オレたち【エヴァーチェ】は、アイリス様に忠誠を誓います」
「みっ……めぇ、ほこをふあいああらしゅうおおえはあいえうお」
「膝をついて誓った方がいいか?」
「ほあいあうお!」
パッと手を離され、ハッハッハと笑われた。なんだよぉ。
「で……なんですか、いきなり……」
「いいや、こういうのはしておいた方がいいと思ってな。じゃあ、お前らも」
「おまえら?」ユットロールさんの背後から、団員たちが駆け寄ってきた「うあ」
体を持ち上げられたり、抱きしめられて、力強く頭を撫でられたり。
それらをしながら、団員の口から聞こえてくるのは謝罪だった。
ごめんなさい。悪かったな。ゆるしてくれ、と。
言ってることとやってることが違うんですが。
「あの日の話をコイツらにしたら、ずっと謝りたかったんだってよ」
「……? あ、転生前の話ですか?」
「そ。みんなのイメージが変わったって。で、アンさんからも……アイリス様のやってきたことを聞いた」
目を向けると、アンが胸を張ってた。何を言ったんだか。
「だから改めて──謝罪と忠誠を」
「そんなっ、いいですよ……忠誠だなんて、みなさんの方が強いんですし」
「いいや……そんなことはないさ。それに、今まで、コイツラには義を重んじるように周知してきた。口うるさく言っていたんだ。それで、真っ当に生きてきたつもりだった」
表情に暗いものが差し込まれ、彼らはぼくに向かって頭を下げた。
「本当にすまなかった」
「…………」
もう、済んだ話だって言ったのに……。
渡黒鴉の方を見上げ、デイジーに近くに来るように手招きをして、肩を組んだ。
「過去は変えられないけど! 未来は変えれるんですよ! 知ってましたか! ねっ、デイジー!」
わざとらしく叫んでやった。エヴァーチェのみんなが目を丸くしてる中、デイジーと横に揺れながら笑った。
「確かにあの時は本当にどうしてやろうかと思ったし、この子にも傷をつけやがってと思った、けど! いまはこうして話ができてるんだ。なんかい言っても気持ちが晴れないなら、何回でも言って差し上げましょう!」
最後にどーんと胸を張って、吹き飛ばすように笑ってやった。
「気にすんなって。分かってくれるだけで、助かってるんだって!」
「…………ありがとう」
「なっ、デイジー」
「なんのことか分からないけど、そうだぞっ!」
デイジーはモンスターの言葉と人間の言葉を使える。この言葉は彼らにも届き、彼らの表情が和らいだのが見えた。でも、エマさんは申し訳無さそうに。
「でも本当にいいの? デイジー。目の傷は……私達が」
「それなら。ママ!」
「あいよっ」
仮面ではなく、眼帯を装備してみせた。そして、デイジーには包帯を巻いてやった。
「ママとお揃いだから別に良いもーん! だから、気にしないで!」
快活なデイジーにみんなは救われたような顔を見せる。そして、ヌッと現れた渡黒鴉に少しだけ表情を強張らせた。
「そう緊張するな。とって食おうって訳じゃない。最初は食うつもりだったがね」
嘴を鳴らす渡黒鴉。そして、言葉を続けた。
「モンスターっていうのはねぇ、若い頃に苦労をしていたら耐性を得ることができるんだ。そして、この子は産まれたばかりの時に負ったケガと単眼になったことで……わたしにはない感知系スキルと、鳥類には珍しい耐性を獲得できた」
デイジーのスキルというのはぼくも確認済み。みんながこちらに視線を向けてきたので頷いておいた。その場しのぎの嘘だなんて、彼女がつく訳もない。
「だから、ざまあみろ、と言ってやる。貴様らがこの子を殺そうとしてくれたおかげで、この子はより強くなった。モンスターに良いように使われたのだ貴様らは! ハッハッハ!」
この言葉をどう受け止めるかは彼ら次第だ。
だが、みんなはちゃんと意図を理解して、正しく受け止めてくれているみたいだ。
「そうだな。……本当に、申し訳なかった。…………有り難う」
厳しく言ってくれることで、救われることもある。それはぼくには中々できないことだ。
これで彼らの胸につっかえていたのがなくなったことだろう。あとは、王国に帰るだけ。
「じゃあ、お別れの前にちょっと確認したいことがあるので、みんなはここにいてね」
そう言い残して、ぼくはデイジーに離れた場所まで連れて行ってもらった。みんなが不思議そうにこちらを見つめているのを感じながら、耳に手を当てた。
『聞こえる?』
『『『『!!!!!????』』』』』
『うわっ、びっくりした。みんなの声が一斉に聞こえるんだ……』
調整の必要があるな。よかった、音量調節とかあるのかな。そんな便利なのはないか。あるとしても今のぼくには使えないものですかね。
『アイリス様の声が聞こえるのは、これは……』
『これは主従契約を結んだみんなにだけ声を届ける魔法だよ』
アンと渡黒鴉は何が起きてるのか分からないって顔をしてるし。隣のデイジーは声が二重に聞こえてびっくりしてる。
『ただ、魔素の消費がびっくりするくらいデカイからそんな長時間はできないんだけどね。距離が長ければ長いほど消費が激しいと思う』
『でもこれがあれば……ご主人さまと離れていてもお話ができるという』
『そう! ぼくとアンは雪山に来た側だから、王国に戻る時がくる。その時が来ても大丈夫なようにちょっと勉強してたんだ。あとは──これっ!』
パチンッと手を打って、魔法陣を展開させた。このままだと割と力が持っていかれるから、魔法杖を召喚して、と。
『じゃあ、ダンカン。呼ぶよ』
『呼ぶ、とは』
魔法陣を展開。すると、広場の向こう側にいたダンカンがぼくの目の前に現れた。
『簡易的な転移魔法……』
『そう! エマさん正解です。ここ最近、転移魔法を見る機会が多かったから、勉強してみたら案外いけた』
転移魔法は地点Aと地点Bという予め決められたポイント間を移動するというものだ。
適当な場所に転移をすることは、今のぼくにはできないし、そんな魔法があるのかすらも分からない。
で、その地点の設定を魔法陣に刻んでいくのだけど、それは主従契約を結んでいるから簡単に決めることができた。
もっと高度な魔法かと思ってたけど、主従契約のおかげで色々と簡略化できるところが多かったのが救いだ。
『じゃあ、ダンカンは向こうに戻ってもらって──それもできるかな、あ、やり方わかんないや。ごめん』
ここは要勉強でした。主人と従者はできるけど、従者と従者は今のぼくではちょっと難しそう。気づけてよかった。
あ、まてよ。でも……そうか。
『モンド、動かないでね』
『は、はいっ?』
モンドの元に転移をして、そこでダンカンを送れて呼ぶ。
うん。できた。あとはデイジーも呼んで……と。
「もう、魔素ないや…………消費が激しすぎるのが痛い……」
ぐったりと肩を落として、舌をだらんと出した。空気が美味しい。
「こんな感じなので、エヴァーチェの皆さんも何かあれば連絡くださいね。ぼく側からじゃなくて皆側からもできるようになってるので」
「…………すごいな、キミは本当に」
「これをあの短期間でできるようになったって……」
「え、でもまだまだですよ? 弱いから頑張って強くならないとなんです」
「いやっ……もう十分な」
「先生にボコボコにされるし、強い人に囲まれたらひとたまりもないんですよ!?」
「…………」
生暖かい目でみんなに見られるが、十分な訳がないだろう。なに言ってんだ。ナグモ先生や、ティナ先生にもボコボコにされるし、ケトスにだって勝てたためしないし……。
アンがユットロールさんの肩に手をおいて慰めてる。慰めるようなことなのか……?
「まぁ、自分たちが仕える主人だ。何も言うまい」
「なんですか! 失礼な!!」
「いや、ほんと、ここ最近は驚くことばかりだ。あと、エヴァーチェの拠点もデュアラル王国に移そうと思っているから、またそっちに行った時にはよろしく頼むよ」
「訓練が終わってたら会えますね。ぼくはこの渡黒鴉に勝たないといけないんですから」
「はははは。そうかそうか! じゃあ、頑張るんだな!」
手を振ってエヴァーチェのみんなは山を降りていった。
後ろ姿を見送りながら、隣に立っていた渡黒鴉に声をかけた。
「契約したらいつでも会話できるよ、契約しない?」
「レベル差を考えてモノを言うんだな、坊や」
「手厳しいや」
肩を竦めて苦笑い。
主従契約は本来、レベルが低い者としかできない。
ぼくと渡黒鴉の間にある力の差は計り知れないのだ。
契約の件は諦めるとして……そろそろ、決めないといけないことがある。
「じゃあ、明後日くらいにしよう渡黒鴉」
「……分かった」
誰が、この雪山の長かということを。




