303 渡黒鴉の名付け
目をこすって何度も見直した。
でも、毎回出てくるのは同じ文言。
「んっ……んっ!? えっ、んっ!!?」
逆から読んでも、ボードを反対側からみたら何も見えなかったけど、遠目にしても同じだった。
「? なんだい、へんな声をだして」
「いやっ……鑑定で、下の方をみたら……」
【特筆事項:右目を幼年期に欠損。主従契約によりステータスが大幅に上昇】と書かれている箇所をなぞりながら。
「ぼくとの契約で、ステータスがめちゃめちゃ上がってるって書いてて……だから、この子の成長速度が早いのは……ぼくの影響もある、かも……しれないって……おもって」
「すごいじゃないか。さすが転生者だね」
「うわっ、複雑!! 複雑になるからやめてそれっ!」
ニヤッと笑われて、怒っておいた。やめてくれ。その言葉はぼくに刺さるんだ。
「あ、お待ち」
ということは……ぼくの方にも影響があるんじゃ……?
契約っていうのは主人側にも影響があると聞いた。
(ますたーの方には影響はないですよ。魔素を介してないので)
ステータスボードを開こうとしたところで、エリルのお声。考えてたことがよく分かるようで。
(血液はぼくの方には影響はないの? なんで? 魔素の方はあったよね)
(魔素の方はお互いのを交換するために相乗効果といいますか、そういう風にステータスが上がります。血液を介す方は、主人から従者への一方通行なんです)
(なにゆえよ)
(ヴァンパイアが主にしていた契約方法〜っていうのは説明したとおりなんですけど、ステータスが上がるならヴァンパイアは眷属作りまくって最強になってますよ?)
あーー、心まで許して無くても強制的に眷属にできるし、種族差があればできる。いってしまえば一番簡単にできる主従契約になるのか。
ヴァンパイアの眷属にされた人は強くなるみたいな話を聞いたことがあるから、そういう感じですか。
(あ、じゃあ、前みたいに亜人の種族値になんらかの影響が?)
(あると思いますよ? +の影響が。今回はお体は大きくなってないみたいですけど)
なんだそれ。ランダム性高くないか? 次に契約した時、急に身長が5mとかになったりはしないよな。不安だぞ。
「って、待って?」血液を介する契約でそうなるんだったら。「もしかして──ユットロールさぁん!! ちょっとぉ!」
奥の方でアンとの訓練をしていたユットロールさんを母親のように呼ぶと、その隙に団員達がアンに壊滅状態にさせられていた。ごめんよ。タイミングが悪かったみたいです。
「呼んだか……?」
ぼろぼろな姿で登場。連戦も連戦ですものね。お疲れさまです。
「ちょっと、ステータスボードを見てください。鑑定するのはなんかプライバシーの覗き見みたいであれなので」
「アイリスは鑑定もできるのか」
「それはいまはいいので」
ピシッと話を切り、ステータスボードを見てもらうことにした。
「開きました? 下の方に特筆事項ってないです?」
「ある」
「そこになんて書いてます?」
「スキルが統合したとか、そういうのだな。あとは……おっ──」
涼しそうな顔に冷や汗たらり。顔を上げてこっちを見てきた。
「ありました? ぼくの名前」
「アイリスって名前じゃないのか……」
この人はなんだ? こういう人か? ぼくの名前なんてどうでもいいでしょうよ。アイリスでも、クラディスでも、一番最後はスで終わってるんだから一緒よ。
「大幅上昇とかなんとかって書いてないです?」
「大幅ではないが、少し上昇みたいなことは書いてあるな」
「あっ、大幅じゃないのか……ならよかった」
レベル差とかが影響してるんだな。
渡黒鴉の子は産まれたばかりだから、ぼくのステータスの影響が大きくて、エヴァーチェの皆さんはぼくよりレベルが高いから上昇効果はある程度って訳か。ふむ。
「クラディスという名前なのだな」
そこが気になってるのね。分かりましたよ。
「一応は。でも、アイリスで活動してますので、仮面を付けてるときはアイリスって呼んでくださいね」
仮面はあなたの攻撃で壊れちゃいましたけどね。あ、そうじゃん。どうしよう。変装用の仮面を買っておかないと。
「名前を隠しているのはやはりあれか?」
「それもありますけど……ちょっと色々ありまして」
アイリスって別の人物を仕立て上げて、そっちに注目をしてもらい、クラディスの方はヒソヒソとレベルアップをする作戦。
結構穴だらけの作戦だけど、まぁ、ないよりはいいだろうということで。で、これを説明するのは骨が折れるからまた今度で。
「ありがとうございます。それだけなので」肩をポンッとたたき、奥を指差した。「アンが待ってますよ」
「くっ……もう少し話とかは……」
「ないです」
ニコリと笑って、背中を押してあげた。頑張ってアンの練習台になってくれると助かりますよ。
「坊や」
「んぉ」
グイと嘴で持ち上げられた。話の途中だったろうと言わんばかりの目。ごめんなさい。
「鑑定結果、あなたの息子さんはぼくの従者になってました。申し訳ありませんでした。誑かしてたわけじゃないんです〜……」
「? なぜ謝る。護った結果、この子は血を浴びた。そして、受け入れた。子どもであれど、一つの生命体さ。複雑ではあるがな」
最後の一言だけ大きく言われ、渡黒鴉は我が子を抱き寄せた。
「でも、坊やの従者となるのだから、名前をつけてやってくれないか?」
「名前? いいの?」
「モンスターは名前を持たない。名付けなくとも良いからな」
「じゃあ、名付け親になれる訳だ」
「変な名前は付けるなよ?」
「つけないって。その目しないで、こわいから」
両手を出して子どもに近づいてきてもらい、頭や嘴や喉を触りまくった。名前のインスピレーションを得るために必要なのである。ふっかふか。さすが子ども肌、すべすべだ。
「うーん、なんて名前にしよう。渡黒鴉だから、レイ、なんてのは安直か」
「良い名前だと思うがな」
「こういうのは直感と、少しの複雑さがあった方がいいからね。もう少し考えさせて」
雛鳥のときに契約したから、ひな……ひな……? 雛菊とか。【紫蘭之団】が花の名前だからそっち系でもいいなとは思ってはいるけど……ごっりごりの日本語か。違和感すごし。
あ、ならデイジーっていうのはどうだ。確か、雛菊を英語にするとデイジーだった気がする。
「ぐぬっ……いや、もっと考えさせてくれ……」
直近で名前をつけた虚霊質の呼び名である『オイラー』も右目を失明していたって言ってた気がする。オイラーの名前は『レオンハルト』だっけ。レオンはライオンって意味だったよなぁ。
……百獣の王じゃなく、鳥だから、鳥類の王様の名前か。ふむ。
「いっぱい候補がでてきた……どんな名前がいい?」
「ママにつけてもらえるならなんでも!」
「うぅ……悩む……なんでもいいが一番悩む」
「こういうのは気持ちがこもってたらなんでもいいんだぜ、旦那」
「さすがダンカン。良いこと言ってくれる」
男漢の名前を与えた君にそう言われると、溜飲が下がるよ。
じゃあ、ちょっと長くなるけど候補を全部つけちゃえ。
「【デイジー・レン・アルジェント】。ぼくと同じ姓のデイジーくんで!」
名前を呼んで嘴に触れると彼は淡い光で包まれた。名付けが完了したらしい。
「デイジー……」
「そ、でいじー」
雛鳥から、雛菊になって、雛菊の英名とかがデイジーだったっけということで「デイジー」に。これでも安直だと言われないために頑張って考えてみたんですー。
あと、ミドルネームの「レン」は鳥の王様の名前だ。
昔に百獣の王はライオンだけど、鳥の王様とかいるのかなって思って調べたことがあった。その時に出てきたのが「ミソサザイ」で英名は「レン」ということが分かった。
肝心のミソサザイは小さいらしい。渡黒鴉は大きいからミスマッチ。だから、ミドルネームに置いておくことに。
そしてアルジェントはその名の通り。ぼくの名前だ。
「気に入ってくれた?」
「デイジー……でいじー……うん、うん……!」
「よかった。これでいい? おばさん」
「名前の良し悪しなぞわからんのでな。真剣に考えてくれたならそれでいい」
「真剣も真剣だよ。だって、ぼくの子どもらしいし。よし、無事に名付けも終了しヴァ──」
遠いところから飛んできたユットロールさんにぶつかり、ぼくの体も飛んでいった。
「ぐぇ……ゆっとろーるさん、おもい……」
「っ……私のせいではないぞ、これは」
「飛んできたってことは……あーー、そういう」
奥で拳を高く上げて喜びを噛み締めている少女の姿を見て、ほっと息をついた。
どうやら、とうとうアンが勝利を掴んだらしい。




