298 これは、なにかな
エリルの話を受け、ぼくは雪の上に尻を乗せてるまま。
「なぁんだ。金色は魔族か。ならいっか」
「魔族……そうですね。驚くことでもないかと」
アンと腕を組んで頷いた。
「ええっ!? 普通は驚くところですよますたー! そして、あなたこそもっと心配すべきです! あなたのあるじの体が人ならざるものになろうとしてるんですよ!!」
エリルがアンにしかめっ面を向けている。エリルの姿はアンには見えないし、声も聞こえないからなぁ。
「なんでますたーはそんなに落ち着いていられるんです? 普通、怖くないです?」
しかめっ面が表情筋に来たのか、頬をぐにぐにとマッサージしながら聞いてきた。なんでと言われましても。
「身内に魔族がいるからなぁ〜……今更というかなんというか」
「ですよね。あの……まっっったく似ていない妹は魔族だし」
エリルが「あ」という顔をしている。忘れてたでしょ?
「それに微々たるものだから大丈夫だと思う。他の人はそんなジロジロ目なんか見てこないし」
魔族に近づいているのは薄々と感じた。『力の種』とやらを使うと決めた時に、舵をそっち方面へ取る覚悟はしていた。本当になるとは思ってもみなかったけど、なったならなったで「あ、やっぱり?」という程度。
ノーリスクで力を得られるなんて考えてないです。
使えば使うほど黒い瞳が金色に近づいていくのかな。そうなったら、いよいよ両目に眼帯をする覚悟も決めないと。
「それで、なんですが。あるじは……先程、なにをされていたのですか?」
「ン。気になる?」
「はい」
「えっとねー、なんていうか」魔素を細分化して……なんて言うのもアレ出し「……ざっくりいうと、自分の可能性を見つけてたって感じかな。おかげで強くなったと思うよ」
「さっきの一瞬でですか!?」
「たぶんね。また手合わせでもしよう」
「! はいっ!! でしたらわたしも頑張らなければっ!」
おぉおぉ、アンの目が輝いてる。尻尾があったらブンブン振ってそうな感じだ。そう思えば、モンドとアンってちょっと雰囲気似てる気がする。
アンと手合わせするのは楽しい。やっぱり生身の人間は駆け引きをしてくるから、モンスターとの戦いとはまた戦い方が違うのだ。それに、アンは対人戦のスペシャリストなので。
「アンは先生になんて課題を言われてたんだっけ? 持続力?」
「です。あまり具体的なことは言ってはこなかったので、本当にそれだけです。魔素の使い方を賢くしろ、そうしないと格上とは戦えないぞ、と」
「魔素の使い方、持続力……か。この山でそんな長期の戦闘ができないし、そもそもアンよりも強い格上のモンスターがいなかったと」
「なので、あるじ……お願いがあります。あの血盟の者たちと戦わせてください」
「! それは……」
アンの目には闘志が宿っている。
それといくらかの鬱憤晴らしや、敵討ちのような感情も。純粋な気持ちではないことは分かった。でも、止めることなんてしない。
「そうだね。いい練習になると思う。……あと、あの人達、強いよ」
「承知の上です。格上との戦闘の仕方も学んでおく必要があります」
ここまで素直に格上と認めているアンも珍しい気がする。ティナ先生との訓練の影響かな? ここ最近、アンも負けっぱなしだったからなぁ。
闘技場と外の世の戦い方は違う。アンはまだソレに完全に慣れている訳ではない。だけど、闘技場で身に付けた戦い方である程度まで戦うことができる……そのせいでアンは自分の課題の解決に遅れている。
スポーツ神経自体は鬼のように高いけど、特定のスポーツで身についた癖が抜けずに困ってるって感じだ。
そのためには格上との戦闘経験を積む必要がある。なら、彼らは最適な相手となるだろう。
「ユットロールさーん!」
遠いところで素振りをしていたユットロールを呼んで、さきほどの話をすると、アンの方を向いた。
「ほぉ……手合わせと」
「そちらは血盟全員でいい」
ピクと瞼が痙攣したのが見えた。彼にもプライドはある。だからこそ、すこし、付け加えておいた。
「彼女は、闘技場の戦士だったんだ。最長連勝記録の」
「! 不堕姫か。どこぞの貴族に買われたのかと思っていたが……そうか、アイリスくんが。……ならば、その余裕の説明もつく。歴戦の賜物か」
ロベル王国にまでアンの武勲は轟いていたらしい。ぼくの従者さんはすごいんですよ。どや。
「いいや、余裕なんぞない。いま、あるのは……貴様らを叩きのめしたいという意思だけだ」
「あるじを手にかけられた復讐かな?」
こちらを見てきたので、会釈をしておいた。
「いい従者を持ってる。良いよ。戦おう」
ユットロールさんが承諾し、他の血盟員にも説明をすると、広場に再びエヴァーチェが陣形を取った。
ぼくと戦ったときの陣形だ。今回は邪魔は入らないから、純粋にアンVSエヴァーチェの構図。それらを遠巻きで見つめるのはダンカンやモンド達で、どっちが勝つかを話し合っている。
「……ますたーはどっちが勝つと思います?」
横で座っていたエリルは、それを見つめながら聞いてきた。木の実食べてるし。美味しい? あ、美味しいのね。
「ぼくの従者は強いよ」
「……はあ〜、ますたーってほんとそういうところですよ」
「なにがよ。でも、まぁ……アンはぼくにとって目標としてる人だから──で」
そう話を一方的に切り、広場で行われそうな戦闘に目を向けるのではなく……ぼくが気になっていたのはその上。
「これはなにかな」
その視線の先には、見たことのない装飾がされたボードが浮かんでいた。




