296 黒魔素と白魔素の違い
色々と課題が済んだ。けど、まだぼくたちは雪山にいた。
そう。まだ雪山の長になれていないのである。……というか、傷が深すぎてなかなか完全回復しない。
「今度は待ってもらう側になったね、渡黒鴉」
「良い良い。ゆっくり休め」
その間に渡黒鴉の傷は治り、ぼくはずっと穴蔵の中で療養中。
毎日、ゴブリンやスノーウルフのみんなが持ってきてくれた木の実とかを食べて、徐々に回復していってます。この前、お肉食べたら吐きました。胃が消化できねぇって怒ってたよ。
エヴァーチェの皆さんも、ロベル王国に帰らなければならないというのに、ほとんどつきっきりで看病をしてくれていた。
観測員としてギルドの職員たちが【フォリスの大森林】の西側にテントを張ってるらしいが、それにこの前挨拶しに行っていた。
話を聞く所によると、西側は人たちが通れるように色々と開拓をしていっているみたいだ。だから、ダンカンやモンドに「西の縄張りは?」と聞いても微妙な反応が返ってきていたのか。
そうして、雪山ライフを謳歌していたんだけど……びっくりしたことがある。
「いやぁ……モンスターの成長は早いんだなぁ」
「ママッ、ママッ!」
「こ、こら! ママは私だぞ!? 坊やじゃない!」
渡黒鴉の子が急成長して、言葉をしゃべるようになった。
いまは飛行訓練もやってるみたい。で、このやり取りから分かるように何故かぼくがママになってる。
「あれかな。前の世界でも、最初に見たのを親だと思うみたいな奴があったからそれヴァ──」
喋る途中で激突され、血を吐いた。そこ痛いんですよ。やめて??
「刺された時に目が合ったからかなぁ。にしてもママかぁ。全然似てないよ?」
「ほら、飛行訓練に行くぞ! 早く空を飛ばなければ」
「いーやー! ママと一緒に寝んねするの!! おばさんキライ!」
うわ、クリティカルヒットだ。渡黒鴉が涙目になってる。
大変そうですね、子育て。
結局、強引に連れて行かれて飛行訓練と戦い方を仕込まれていた。飛ぶ訓練なんてぼくできないから、頑張って〜。
そして、この寝たきりの期間を有効活用するためにアレを取り出した。
そう、ティエラリードさんの本(レヴィさんのメモ付き)である。
「夜な夜な、エリルが読んでるって言ってたからぼくもみていかないと……それに、アレを早く覚えておかないと」
(アレですか?)
「そう。アレ……え、なにか分かってる?」
(いいえ?)
「分からないのに、その自信満々な感じはなにさ」
アレとは雪山にいる間に覚えておいた方が良い魔法です。他は王国でも学べれるし、アレばかりは優先順位が高いと思うのだ。
それと並行して、魔素のことも学んでいくようにしてる。モンドに来てもらって、魔素を出してもらいながら「魔素の硬質化」……勝手にぼくが名付けたんだけど、を解明していっている。
──のだが。
「それなら、坊やはもう使っていただろう?」
と、ある日、渡黒鴉に言われた。変な声が出た。
えっ、ぼくがやったことないけど……。ということは犯人は一人だ。
(エリル? この魔素のやり方知ってるの?)
(…………知っているというか……だって、まぁ、はい……)
なーーにその煮え切らない感じ。どうしたのさ。いつもなら、ドヤ顔で「できますよ!」って言ってくるのに。
そう思って、しばし考え、ぴーんと頭の上に電球が着いた。
「あっ、黒い魔素……使えるじゃん」
(ぷーくすくす。ようやく思い出したんですか、ますたー! うぇへへへへへっ! 笑いを堪えるのが必死でしたよ!)
脳内で転げ回るエリルに青筋を浮かべて口をひん曲げた。
そうだ。この魔障が体を侵食しているから黒い魔素がぼくも使えるのか。くそぉ。
(でもさっ……エリル? 聞いて? 黒い魔素使ったら……その、体の侵食が始まっちゃうんじゃないの?)
ぼくが気にかけているのはそれだった。
ノアが呼んでいた『力の種』を使うと決めてエリルに使ってもらった。
それから、少し火傷痕のようなのが酷くなったのだが、あれから微塵も変わっていない。ということは、使用している間だけ侵食が進むということなのではないかと。
(それはそうです。なので、無駄遣いはいけませんよ?)
無駄遣いって。
(使ったらダメなら、どうしようもないじゃんか)
(いやいやますたー。使うことはできなくても感じることはできます。体の中にあるんですから、イメージは着くかと思いますよ)
そんなこと言われても……やってみるけどさ。
「……」
右手に集中をしてみると、それはそれは不思議な感覚だった。
そこにある。なんていうか。半透明の壁の向こうに燻っているような。
動物園とはまた違って、水族館のような感じでもない。外にあるわけではない、体の中に新たな組織としてある感じだ。
──使おうと思えば、使うことができる。この壁は……ノアが作ってくれたのか?
本来ならこの壁のようなものがないのだろうか。
そんなイメージ中の空間で、ぼくは壁に触れた。すると──
「あ」
ぶわ、と体から黒い魔素が吹き出した。
「っく〜ッ!!?」
「ご主人様!?」
「坊や!」
激痛が体の至る所からする。
細い通路を塊が強引に通り抜けていく感じ──毛穴から臓器が飛び出ようとして──爪と皮膚の間からは骨が飛び出そうになって──眼窩からは脳味噌が出てこようとしているような感覚が一斉に体中で起きた。
「──────がはっ!」
空間に魔素が迸る。
「っあああっ!! くっそ、なんだこれ……!!?」
心臓をギュッと押さえつけて、体を丸め込んだ。
心臓までもが肋骨を押しのけてる気がする。喉仏が鎖骨の方へ移動している気さえする。
「止まれっ……止まれ…………おちつけ……」
雪に頭をぶつけて、鼻や額を雪の中に埋めて深呼吸。
扉を閉じろ。扉を────伸ばしていた手を引っ込めると、その黒い燻りは半透明の空間に抑え込まれた。
「〜っ……」
だが、明らかに大きくなっている。
「ぶはっ!……はぁっ……!! しぬっ、かと、おもった……」
一瞬の出来事だった。でも、あの感覚は……。
心配して駆け寄ってきてくれたみんなを前にして、ぼくは魔素の秘密に気付いた。
「……はぁ……っ」
一回使っただけで白い魔素と黒い魔素の違いが分かるなんてあり得ない? いやいや、これは多分、ユニークスキルが無くても分かる。
「違いは……結合数か……?」
それほどまでに明確に異なっていたのだから。




