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295 なにをもとめてる?




「……」


「……」

 

 えっ、喋ってくれないの? きまずいですよ、ちょっと。

 口をモゴモゴとさせて、遠くに目を向けるユットロールさんの姿を見て、こっちもなんか口が重たくなってきた。

 じりじりと間合いというか距離感というかを確かめるような時間が経つと、ユットロールさんはぼくの体を近くに抱き寄せた。


「………………アイリス。あのな」


「ちょ〜っとストップ!」


「……?」


 びっっっくりしたっ! キスされるかと思った……っ!!!

 顔を横に向けて顔をあまり見られないように。ようやく動くようになった手で顔を扇いだ。顔があつい……。


 いや、たしかに……その、ユットロールさんはかっこいいと思うよ。

 騎士って感じの顔をしてるし、男らしい。うん。あと若いし。


 いやっ……待て、落ち着け、クラディス・ヘイ・アルジェント。

 そんないきなりキスされる訳ないだろ。落ち着け。だって……ぼく、見た目は男の子……に見えないか? 女の子って思われてるよな、コレ。

 

「えぉ、と……あぅ、その、なんです?」


「…………あ、あぁ」


 なんです? この甘酸っぱい空間は。

 それともぼくがそう感じるだけ? 

 ぼくたちちょっと前まではボコボコに殴り合ってた仲ですよ?


 ……これは、主導権を握られてなるものかっ!


「ダンジョン攻略できたんですよね? ギルドに報告しないで良いんですか?」


「先程しておいた。これで、協会に行くことができる」


「おっ、おめでとうございます……」


「あぁ」


 会話が続かないよぉ……。どうしたらいいの? 元々そんなにコミュニケーション能力が高い奴じゃないからなぁぼく。


「仲間の話なんだが……」


「ひ、ひゃいっ」


「感謝している」


「へ……? 感謝、ですか……?」


「あぁ。脅迫のような形ではあったが、オレたちの命を助けてくれた」


「き、脅迫って……そんな……」


「アレを脅迫と言わず、なんというのだ」


「あ、えへへ……ちょっと意識が朦朧としてて……」


 こら、エリル。何をやったんだ。

 全て丸く治めてくれるように頼んだのにさっ。

 

「……転生者だということも、言わないと誓った」


「それは……はい、ありがとうございます」


「もとよりアイリス。オマエが死ねば、オレたちも死ぬのだと分かったからな。この契約というのはそういうものなんだろう?」


 そうなんですか? エリルから「はい」と言われた。


「そうみたいです……」


「他人事だな」


「いえっ、その……ほんとに記憶がなくて……」


 いくつかある契約の段階でも血を交わす契約は……あーー、まぁ、位階としては高い契約方法だったとは思ったけど。

 魔素を介する契約だと、どっちかが死ねば契約が解除されるとは聞いたけど、道連れって。


「だと思った。気配が違うからな。ハイになってたのだろう。だから、こうして時間を取ってもらっているのだ」


「? というと」


「オレたちも命が惜しいのだ。ロベル王国にこのまま帰っても良いが、鑑定を持つ者に関わるとこの契約について知られるかもしれないし、知られたら問い詰められることだろう。監査庁の支部があちこちにあるからな」


 げっ、ロベル王国ってそういうところなの?

 なんか、イブから治安が悪いとは聞いてたけど。この大陸で二番目に大きい王国がそれかぁ。うーん……。転生者殺しに躍起になってるというか。


「だから、今のオマエに聞きたい。オレたちに何を求めているんだ?」


 真っ直ぐな瞳でそう言われ、口を思わず噤んだ。


「……」

 

 ぼくは……というか、エリルはとんでもないことをしたのではないか、と思った。


 新聞にも大きく取り上げられる新進気鋭の血盟。いけいけどんどんで、準上位血盟にも上り詰めて、これからが期待されるこの人達に……ぼくは大きな枷をしてしまったのではないかと。


「…………ぼくは」


 なんて言えば、理解してもらえるんだろうか。

 でも、そんないい言葉なんて見つからない。

 エリルに頼んだのは、人は殺さないでほしい、と頼んだ。その理由は……。


「転生者のことを、知ってもらいたいと思いました」


 これしかないのだ。

 本当に、これしかない。裏も表も横も斜めもない。


「……そう」


 ユットロールさんの顔が少し、歪んだ。

 なにか期待をしていたのかも知れない。明確なことを。

 極悪人が仲間になれと誘ってきて、理由を聞くと「オレたちのことを知ってほしい」と。

 なんだそれはってなるのは当然だ。ぼくだってそうなる。


 だけど、ごめんなさい。ぼくが求めているのは【理解】だ。

 

「……多分、ユットロールさんも転生者に対して嫌な感情があるんだと思うんです」


 そうじゃなきゃ、殺そうとしてこないでしょう? と。

 

 頷くことはなかったが、否定もない。


「でも……ぼくが転生者だって話を聞くまでは話をちゃんと聞いてくれてた。だから、分かり合うことができんじゃないかなとは思いました」


「オレたちはオマエを殺そうとしたじゃないか」


「わたしたちはあなたの仲間を殺しました」


「それは……おれたちが、傷をつけたから」


「だからといって、殺すことはしていない」


「殺すつもりだった……」


「事実、死んでない。謝罪の意なんて要らない」


「……っ」


 謝罪の皮を被った言葉なんて、いまは必要がない。

 被害者側が求めていない謝罪は、なんの意味もないのだ。

 いま、それを言われたところでぼくはどうでもよい。


「あのときは話せれる余裕も時間もなかった。そんな時に自分の意思決定をするのは、今までの事柄で形成された自分の中の常識であったり、優先順位であったり、正解という皮を被ったもの」


 この世界は「転生者が咎人であり、この世界を混沌に堕とす者」だと教えられている世界だ。

 そんなところで、目の前に転生者が現れたら、警戒もするし、余裕もなかったら敵とみなすのは仕方がない。

 あの場合は、早くしなければ渡黒鴉《レイヴン》の成体が来るかも知れないというタイムリミットがあったし。

 

「……転生者のことが嫌いなのは、ぼくもです」


 ぽつりと愚痴るように呟くと、意外そうな顔をした。


「ぼくだって転生者に迷惑被ってるんです」


「……それは」


「まだこの世界に来て一年もたってないくらいなのに、何回殺されかけたか! ふんっ!」


 腕を組もうとして組む力がなくて、鼻息だけ勢いよく吐いた。

 

「でも、ね、ユットロールさん。周りからしたら……ぼくもその転生者なんだ。だから、慣れっこなんですよ。慣れちゃったんです。殺されそうになるのは……あの時みたいな目で見られるのは」


 転生者なんじゃないかという疑いの目。

 ぼくが転生者だと分かった瞬間、向けられる殺意、恐怖。


「……ぼくは、ぼく以外の転生者や、これから転生してくる人にはあんな思いはしてほしくない。少しでも呼吸をしやすい場所を作りたいと思ってます」


 目を合わせた。真っ直ぐ向けられた瞳は、何を感じているのかは分からない。ただ、真面目に、ぼくから発せられた言葉を正面から受け止めてくれているような気がした。


 良かった。今度こそ、届いている。


「……まぁ、まだまだ模索段階ですけどね。だって、今までモンスターも戦争もスキルも……なんなら、包丁以外の刃物を握ったことがない人がですよ? こんな殺伐とした世界にきて……どうしたらいいか分かる訳ないじゃないですか」


「……そんな世界で暮らしていたのか?」


「そうなんですよ。こっちの世界に来たばかりのときに狼に襲われそうになったんですけど、その時に腰抜かして泣いたんですよ? 知らないでしょ」


「オレは三才のときにはゴブリンを殺していたぞ」


「ぼくの三才は子どもばっかりいる学び舎で、その世界の言葉を学んでいました。十歳のときはどうです?」


「十の時には冒険者に武器の振り方を教わったりしていたな。次の歳には冒険者に登録していた。ホブゴブリンをそのときには殺せたな」


「ぼくが十歳のときは友達と一緒に家の中で遊んだり、勉強ばっかりしてました」


「もしかしてアイリスは見た目よりも年上かな?」


「大丈夫ですよ。元の世界でもユットロールさんよりは年下ですから」


 お互いにクスと笑った。


「そんな世界からやってきたなら苦労もするか。ゴブリンやウルフ、オークなどもいないのだろう?」


「魔王も、魔族も、モンスターも一匹もいませんよ?」


「それはそれは……平和な土地だ。一週間も居たら腕が鈍りそうだ」


「えぇ。だから、そんな転生者がこの世界で生きていくために、ユットロールさん達のお力を借りたいんです」


 ダンジョン上の広場の明かりが影に負けるほどの境界線で立っているユットロールさんに抱かれたまま、ぼくは手を差し伸べた。


「言葉は可愛いが……咎人の仲間になれ、ということだろう?」


「いや、ですか?」 


 首を傾げて微笑むと、はぁ、とため息をわざとらしく吐いた。 

 そして、再度、ぼくに向けられた顔は……ふんわりとした笑顔だ。


「……いいや。手伝えることがあれば、手伝わせてもらおう」


 手を力強く握られ、ぼくも握り返した。

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