290 届かない
「どうなんだよ。答えられないのか?」
「…………」
なにを言ってんだ、この人は。
お前らにとって都合のいい奴を、そう言ってるだけ……?
それを聞いて、何の意味があるのだろうか。
そんな質問に、意味なんてあるのだろうか。
はいって答えても、いいえって答えても、結果が変わらない話じゃないのか。
「どうせ、聞く耳を持ってないだろ」──という言葉が喉から出かけたが、止めた。
(これは……なるほど、そういうことか)
この問いは、彼の中に答えがあって、ぼくが答えた先に言う言葉もなんとなく決めてるような質問だと気付いた。
そして、それをユットロールがする理由もなんとなく分かった。
自分の意見が正しいと再認識するためだ。
自分の感情が正しいと再認識したいからだ。
今、彼らの中には罪悪感が生まれている。
人を痛ぶるというのは非常にストレスがかかる行為だ。
それも、小さな少女をよってたかって正義を振りかざして。
でも、なにも、気が変わったわけじゃないのだ。
殺すことは確定している。その前にただ、再確認したい。
自分たちは正しいことをしているのだ、ということを。
ここでぼくがなにか答えを言ったとする。だが、結果は変わらない。
答えを彼らは既に持っているからだ。そして、彼らの心を靡かせることも納得させることもできなかったら、彼らが既に持ってる気持ちを優先して、また武器を振るってくる。
じゃあ、この質問は無駄だ。何の意味もない。
だが、彼らは聞くし、どうしてもぼくに答えてほしいのだ。
自分たちの持っている『答え』よりも響かない言葉を。
「…………むかしさぁ」
だから、ぼくは力を一回、抜いて上を見上げた。
なんか……もう、疲れた。
もう、ほんとうに疲れちゃった。
「みんな、いつも何かと戦ってるなぁって思う時があってー……何と戦ってるんだろうって思ってて……。平気で人の悪口を言うんですよ。すごいですよね。人柄が良いって言われる国民達がですよ? それがみんな戦ってるんです」
彼らのワガママに付き合ってやる義理もない。
けど、答えないと今度は押さえつけられて聞かれるんだろう。
──オマエの話を聞いてやるから聞かせろ、って。
言うしか無いなら、言ってやろう。
「……はぁ」
空気を喉に入れると、押さえつけられるような痛みがした。
新鮮な空気が身体を巡ってるのを感じる。
強張っていたのが弛緩したことで、一気に疲労感が押し寄せてきた。
あんたらが聞く耳を持ってるなら……感じなくて済んだ感覚だ。
「……で、今日、ようやく気付いたんです。みんな、戦ってる相手のことを知らないんだなって。何も考えてないんです。何も考えていないし、知らないから戦えるんだって」
あー、ほんと、疲れたなぁ……。
戦っても……みんな強いし。
話しても……話が通じないし。
「いま、皆さんの前のいるのは……アイリスというたった一人の只人ですよ? 転生者って名前でも、敵って名前でもない。こうやって話をすることができて、武器を手放すこともできる人間です」
握っていた武器を収納袋に入れて、手を広げて見せた。
力が抜けていたから肘は下がり、肩もリラックスして、手のひらも上を向いてる。
ふらつく身体を支えるために足が肩幅くらい開いて、膝が曲がると崩れそうだから真っ直ぐ伸ばして。
「…………しかし、貴様は転生者だ」
「はははは! やっぱり! 結局、その一言で終わる話じゃないですかあ! それがあなた方の中にある『答え』なんですよ……!」
赤黒い瞳を向け、武器を構えた──ユットロールっていう……今日、会ったばかりのおじさん。
そして、同じように睨んでくる……今日あったばかりのみなさま。
「────じゃあ、あなた方は、ぼくの、なにを知ってるんです?」
それらに疲れ切った目を仮面越しにぶつけた。
「……なに?」
「なにもしらないでしょう? 産まれた場所も、親の名前も、どんな心情なのかも、昨日誰とどんな会話をしたかも──どんな気持ちでここに立ってるかも。知らないし、知ろうともしないんだ。知ったら武器が鈍るから、知らない方が都合が良いから」
脱力していた身体に力を込めて武器を手元に出し、刃先を擦り合わせて磨いた。
「結局は誰かが『敵』だと言った人を何も考えずに『敵』って叫んで……同じように叩いてるだけの脳無しなんですよ。世界が変わっても変わらない。全員、そうなんだ。あなたも、みんなも! みんな! 知らないまま相手を叩けるんです! 知らないから思いっきり叩けるんです!」
削いで。削いで。
「さっき、転生者にとって『都合の良い人』を『良い奴』って言ってるって聞きましたね? そうですよ。僕のことを分かろうとしてくれて、理解しようとしてくれて、ちゃんと腹を割って話すことができる人達が『良い人』なんですよ。だって、あなた達がたとえ良い人だったとしても──武器の先には僕がいるじゃないですか」
疲れ切った目を向けると、彼らの顔が顰められた。
その顔を見て僕は笑みを浮かべた。
「ちゃんと僕を見ようとせず、転生者っていうズタ袋を被せて袋叩きにする。あなた達のほうこそ……人間としてどうかと思いますよ」
小刀の表面を磨き、反射するのを確認。
うん。これくらいでよく見えるだろう。
「でも、今日は皆様に会えてよかったあ……。昔は、みんなどんな顔してそんなことしてるのかなーって思ってたんですよ。どんな顔をして相手を叩いてるんだろうって。どんな気持ちなんだろうって」
小刀の表面の反射で相手の顔が見えるようにして、にこと笑った。
「そんな正義ヅラしてんだな。──吐き気がします」
「──!!!」
次の瞬間、ユットロールの姿勢がグラと揺れ、一歩でぼくの元へ──
「自分に酔う者の言葉は違うな」
「自分に酔えないほど浅い人生が送れるなら、送りたかったですよ」
武器を合わせると──《ホワイトボグの短剣》が割れる音が聞こえた。
破片が仮面に刺さり、首に刺さり、腕に刺さった。
「──…………」
そこからは、もう、蹂躙だった。
ユットロールの武器が首に真っ直ぐの赤い線をつけた。
ぼくの攻撃は届かない。
魔法部隊の攻撃が降り注ぎ、ぼくの膝は撃ち抜かれた。
ぼくの攻撃は届かない。
エマの攻撃がぼくの頬を貫いて、抜けていった。
「──────」
ぼくの声は届かない。
ユットロールの攻撃が肩に刺さり、鎖骨を貫いて肋骨を数本砕いて止まった。
ぼくの腕は届かなくなった。
ぼくは……その場で倒れ込んだ。




