288 安くない代償
「…………」
ユットロールの踏み込みと武器を振るう音が重なった音が響き渡る。
だが、彼の剣はなにもない卵を貫くだけに終わった。
「避けた、だと……?」
振り返り見た先に、ぼくはいた。……赤子を抱きかかえたまま。
「はぁっ……はっ……!!」
危なかった。
本当に、身体強化が一瞬でも遅れてたら……ぼくごと渡黒鴉の子どもが貫かれていた。
「ピーッ! ピッ!!」
「ごめんよ。痛かったよね……」
多少の衝撃なら耐えられるみたいだけど、どこまでが大丈夫なのか分からない。でも、直接攻撃されたら……ひとたまりもないだろう。
ぼくの目の前にいるのは只人の中でも、高みに登っている者たちだ。
冒険者の等級は皆が白金等級以上。全員が、イブと同じかそれ以上の実力者ということだ。
「先の行動は……我々と敵対すると捉えても良いのだな?」
肌に刺さる殺気が増えた。ユットロールだけでなく……【エヴァーチェ】の血盟員全員の視線が鋭くなった。
ここだけ、まるで……夜みたいだ。
武器が抜かれていないだけで、その目は敵を見る目になっている。
「そもそも……何故、貴様はその赤子を護るのだ」
ユットロールはこちらに歩み寄りながら問う。
「…………分からない」
ぼくの返答に眉を潜めた。
何故、と言われても……ぼくも分からないのだ。
「ぼくだって、これまでたくさんのモンスターを殺してきました。……生きるために、強くなるために数え切れないほどのモンスターを殺してきました……」
ケトスと一緒に戦った時に、怯えていたモンスターもいた。でも、後味が悪くなりながら殺した。
ぼくの手は真っ赤に染まってる。なにも綺麗な手じゃない。
「でも……この山で仲良くなったモンスターがいるんです」
スノーウルフ、ゴブリン、渡黒鴉。
言語理解を持っていても、仲良くできなかったモンスターも大勢いる。
ダンカン達を率いていたゴブリンキングや、最初のオーク達もスノーウルフを襲ってる理由なんて知らずに首を刎ね飛ばした。
だから、ぼくが……僕自身がちぐはぐな綺麗事を言っていることは分かってる。
「……最初は……訓練のために渡黒鴉の味方をしました。傷を負っていた渡黒鴉の回復を待つために」
ぼくたちがこの雪山にきた目的は雪山の長となること。
そのためには万全の状態の渡黒鴉を倒す必要があった。
「それで……段々と、渡黒鴉と一緒に過ごしていく中で……話が合って、モンスターにも色々な事情があることが分かった。ちゃんと、生きてるんだって分かった」
笑ったり、怒ったり、眉をひそめたり。生きるために何が必要なのか。子どものために何をすべきかを考えてたり。
会話もできるし、愚痴を言い合ったり、一緒に空を飛んで、綺麗な夕焼けを見たり。
「確かに……渡黒鴉はたくさんの人を殺しただろうし、他のモンスターもそうだと思います。でも、産まれてきたばかりの子に罪なんてない。今までの歴史なんて知らない。今までどんなことをして自分たちモンスターが生きてきたかなんて知らないんだ」
ぼくは赤子を背にしたまま、懇願するように声をひねり出した。
「皆さんだって……殺さないで済むなら、殺したくないはずです」
「………………」
みなの武器の先がゆっくりと地面へと落ちていくのを感じた。
「理由は分かった。……オマエがその赤子を護る理由が」
「良かったです。分かってもらえて……」
ほっと胸をなでおろした。
「だが、アイリス……どうやら、そう上手くはいかないようだぞ」
「え……っ?」
ユットロールはそう言い、通信魔導具を後ろの仲間から受け取っていた。
ほのかに光っている。いつから繋がっていたかは分からない。
でも、ダンジョンから出てきたってことは、ギルドに繋がってる……と思うけど──
『────そいつは転生者です』
思わず、身体が固まった。
耳を疑った。
だって、その声は……まだ、耳が覚えてて。
──あの血盟の、団長の声で。
『騙されないでください。オレたちが上に行った時に渡黒鴉の成体とスノーウルフと何やら怪しげな会話をしていました。よく聞いてみると、街を襲撃する計画を立てていたんです』
なにを、言ってる。
そんな話……してない。
「……うそ、です。それは」
『何が嘘だ! オマエはわざと魔障を負って、魔族と敵対をしているように見せかけてるんだろうが!』
「違う、なんで……そんなこと」
雪が降ってきた。
強く、降ってきた。
身体の体温を勢いよく奪って行かれてるからなのか。
湧き上がってくる熱い感情のせいなのか。
分からない。
でも、ぼくの身体は、震えていた。
『現に、ソイツはジヒル草をこちらに渡してきました。治せる傷を治さずに、です。本来なら治さないと死んでしまうというのに』
それはあなた達が欲しがっていたから。
嘘でも、手を引いてくれると思ったから。
『エヴァーチェの皆様。ソイツは危険です。街を襲った魔族の仲間なんです』
その一言が終わると、風が雪を巻き上げて銀世界がより白くなった気がした。
「…………だ、そうだ」
腹の底から湧き上がる感情。
ぼくは、この複雑な感情がなんていうのかを知ってる。
絶望という言葉では表しきれないほどの、怒りと後悔と嘆き。
──ジヒル草で争いを避けれたんだから、安いもんだよ。
そんな甘い考えでいた自分がいかに愚かだったか分かる。
まだ、ぼくはこの世界のことを本当の意味で理解をした訳じゃなかったのだ。
「戦う理由ができたな。アイリス……」
ゆっくりと目を上げると、地面に向いていた刃先が……全員の武器が向けられていた。
「…………っ」
──モンスターと仲良くできる訳がない。
──魔族と分かりあえる訳がない。
──転生者は敵だ。必ず殺さなければならない。
そんな『みんな』の言う通りにしなければ。この世界の『人間』という鋳型にハマらなければ、
「貴様が転生者だとはな。……よくも我々を騙そうとしてくれたな」
こうなるのだ。
ぼくが普通に生きようとするだけで、周りはそれを指差してこう言ってくるのだ。ただ、みんなと仲良くしたいだけなのに。戦いたくないと言っていただけなのに。
ぼくが、この世界の『人間』ではないから。
ぼくが、みんなと違うことをするから。
(…………あぁ、ほんと)
黒い酸素を吸って生きてるみたいだ。
「──エヴァーチェの総力で以て、貴様を殺す」
受け入れろ。この世界の常識を。
自覚しろ。自分がこの世界において『異質』であるということを。
「──人数差はあるけど、悪くは思わないでね」
取り除かれたくなければ、武器を取れ。武器を握れ。敵に向かって振るえ。血を浴びろ。
そして、全てを斬り伏せた後に初めて、自分が正しいと叫べ。
そうでなくば、大人しく従え。この世界の『常識』に。
「──成体が来るまでがタイムリミット。だから手加減なしだ」
さぁ、まだ生きたいのならば選択は一つだ。
渡黒鴉の赤子を護りたいならば、選択は一つだ。
ぼくは、武器を握った。
「──もう、ほんとうに……どうしようもない世界だ」
綺麗事だけを言って生きていけれるほど、この世界はキレイではないのだ。




