287 準上位血盟との遭逢
突然魔素を感じたかと思ったら、上位ダンジョンから出てきたのか。ダンジョンの入口がこの木の裏側にあるから……そうか。
構えていた武器を降ろす。下手に刺激はしないほうが良い。
「もう一度、問うぞ。何故、人間がこの場所にいる」
青がかった黒髪。クマですら捻り潰しそうな剛鬼のような体躯。
それでいて顔は精悍としている。二つの眼に映るのは【冷静さ】だ。
(これが魔導士協会に入る人の身体だって……?)
鍛え抜かれた身体は腰に差している刀剣がお似合いだ。だが彼は魔導士でもある、と。協会に入れるような人はバケモノばかりということか。
「ぼくは……いま、ここで訓練をしてるんです」
気の利いた嘘が思いつかず、正面を切って話をした。
「訓練だと?……名は」
「エヴァーチェの皆様はご存知ありませんよ」
「良い。名乗れ」
「……」
クラディスではなく、目立つ方の名前で。
「アイリス」
「アイリスか。……聞いたことはない。皆はあるか?」
口々に反応が返ってくるが似たようなものだ。知らない、と。
デュアラル王国が襲撃に合った時に、彼らはおそらくダンジョンに潜っていた。情報などが届いている可能性は低い。が、そこまで話す必要もない。
「手にあるのは魔障だな。魔族との戦闘をしたのか」
くそ、手袋め。すぐに乾かないからだぞ。
「……はい。上位魔族との戦闘を経験しました」
「この街に出たという魔族か?」
「そうです」
この手の魔障はノアではなく、佳奈の方だけどね。そこまで厳密にいう必要はないだろう。
というか……ずっと質問ばかりだなこの人。警戒されてるのはそうなんだろうけど。
ダンジョンの攻略後は上の広場にいるであろうモンスターを倒すのが常だ。疲弊した状態でダンジョンを出て、そのまま食い散らかされた冒険者の話などもよく聞く。
そんなこんなで警戒して出てきたらボクがいた。うん。警戒されるはずだ。
「オマエが只人であることは理解した……が、そこにいるのは渡黒鴉の子だろう」
ユットロールが腕を組んだまま、顎でクイとぼくの背後を指した。
「そうです」
「殺さないのか? それとも殺せないのか?」
「まだ赤子です。そこまで警戒する必要はないかと」
ぼくの返答で──ピリッ、と空気に緊張が走った。戦闘をし続けて、肌に刺さる感覚はよく分かるようになったおかげでよく分かる。
いままで安全だった立っていた場所が、死地へと変化しようとしている。
「まぁ、若い子には分からないわよ。魔障を受けちゃうくらいですものね」
ふわと空気が和らいだ。あの人はたしか副団長だ。
「でもね、お嬢ちゃん。モンスターは危ないのよ。それくらいは分かるでしょう? その子どもだって、成長したら人を襲うの」
「そうかもしれませんが、そうとは言い切れないとも思います」
「会話もできず、意思疎通もできないモンスターのことを信じるよりも、人間同士の話を聞いたほうが懸命だと思うけど?」
「ですが──」
「口答えはいいの。答えはもう、決まってるんだから」
「時期的に渡黒鴉の産卵期に直接当たることは想定していた。渡黒鴉がいないとなれば、その赤子を殺せば未来の被害を少しは減らせるだろう」
あぁ、この人達は……元より、そのつもりだったのか。
このダンジョンに潜る時に知っていたのだ。
渡黒鴉の産卵期の前後に、自分たちはダンジョンを出てくるのだと。
そして、ダンジョン上の広場に「凶暴状態の親鳥」と「孵化したばかりの赤子」がいる可能性を。
抜き身の刀剣を片手に穴蔵にジリジリと近づいてくる男に圧され、後退りをした。
──殺気だ。微量も情けや同情の気持ちが入り込んでない。
「ピーッ!」
「……どうした、アイリス。そこを退け」
後ろから何も知らない子どもの声が聞こえる。
これ以上、下がったらダメだ。
「一度、考えてみて、くださいませんか……?」
「なにをだ」
「ぼくはっ……モンスターと意思疎通が取れます! だから、そのっ……」
「下らん」
踏み出された鉄靴の音が、ぼくの内蔵を揺らす。
「もしそれが可能だとしても、人間を襲わぬ確証などないハズだ」
声色に刃が籠もる。目に光が当たらなくなった。
そんな人を前にして、ぼくは。
「……それは人間だって同じじゃないですか?」
震えて、怯えて、でも勇気を振り絞って言葉を投げた。
ユットロールが固まるのが見えた。
「100%のことなんてない。確証があることなんてないんだ。人間同士だって種族が違えば争うんです。人間同士ができないことを、モンスターができないからって殺す……それは違うでしょうっ……?」
「モンスターに魅入られたか」
目が嫌そうに細められた。でも、ぼくは力強い語気を保ったまま。
「そんな話じゃないのは分かってるハズです! ぼくはモンスターの言葉が分かるから、彼らと意思の疎通が取れる。実際、この雪山のモンスターはここ数日間、人を襲ってなんかいないんだ」
「──だから、どうしたというのだ」
「だからっ……」
「意思の疎通が取れたら、モンスターに殺された同僚や仲間は帰ってくるのか? モンスターに身内を殺されてない奴ほど、そうやって平和だの平等だのと語る」
なんで、そんな話になるんだ。
そんな話をしたい訳じゃない。そんな話をしている訳でもない。
「貴方のお仲間を……殺したモンスターは、ここにいるモンスターとは関係がないでしょう。少なくとも……この子は関係がないハズです」
「関係がない、関係があるという話ではない。モンスターは敵なのだ」
「この子はまだ、誰も殺してないじゃないですか……!」
「オマエが言葉を交わすことができても我々は言葉を交わせれない。良いモンスターがいるかもしれないと思ったことはある。だが、良いモンスターがいたとしても大多数は敵なのだ、アイリス。その見分けを我々は付けることができない」
故に──と武器を握る手に力がこもったのを感じた。
「モンスターが目の前にいたら殺す。殺さないのは目の前に出てこないモンスターだけだ──ッ!!!」
一閃。
まるで、天から雷撃が大木に打ち込まれたような轟音が響いた。




