285 ぼくをぼくだと気付かないまま
えーと、顔は知ってる。けど、名前までは知らない。というか聞いたことあったっけ?
大柄の男性。頭にバンダナみたいなのを巻いて、髪がツンツンとして。昔のゲームからそのまま出てきたみたいな人だ。あの時のお仲間さん達も見える。
こんな場所に何の用なんだろう。とりあえずは出方を伺ってみるか。
「…………」
「……」
ごくり、と。男が喉を鳴らした音がここまで聞こえた。それほどまでに静か……あ、風が吹いた。一気にうるさくなった。
葉が擦れ、水面が揺れ、草花が揺れて蛍のような明るさの光源を空に運ぶ。地面に積もった雪の表面が持ち上げられ、思わず目を閉じてしまうほど舞い上がった。
(なんで、何も言わないんだろう……。固まってるし)
こちら側からなにかするべきなのか?
いやでもなぁ、知ってる顔とはいえ、あんまりいい思い出は無いし。
「お、おまえは……」
おっ、ようやく喋ってくれた。
それでもなぁ……んー、なんて答えるべきか。
「いやっ……す、すまない」
悩んでると何か謝られた。なんでだろう。中々答えなかったぼくが悪いんだけど。
「ご主人さま。周辺警戒終了しました。加勢します」
風が吹いたと思ったらモンドが横に並び、グルルルと威嚇をし始めた。
「──おっ、おれたちは戦いにきたワケじゃない!!」
白旗を揚げるように両手を上げてそう叫んだ。モンドがビビらせちゃったみたい。せっかく喋りだしてくれたのにさ。
「モンド、唸るの止めな?」
「不躾な奴らには下手に出る必要もありません」
「だとしても。まだ敵かどうかが分からないんだからさ。余裕を持つ練習しておこうよ」
小声で注意をして、鼻先を撫でておいた。すると男たちはなにやら話し始めて。
「オレたちがここに来たのは…………じっ、ジヒル草を取りにきたんだっ!」
「……へぇ」
あ、ごめん。適当な返事を返しちゃった。でも、そうなんだ。ジヒル草を取りにきたのか。
「だから、そのっ……戦いに来たワケじゃないんだ」
「そうです。わたしたちの仲間が先日の魔族襲撃のときに……魔障を負ってしまい」
「ジヒル草がないと、死んでしまうかもしれないんだ。だから、それさえ手に入ったら……」
「…………そうか」
事情は分かった。収納袋からジヒル草を取り出して見せてみる。
「これか?」
「……! そう、それだっ。それをいただけたら」
「《風よ》」
風に乗せてジヒル草を彼らの前に落とした。それらを拾い上げ、男たちは腰を折って感謝を述べた。
「あっ、ありがとう! これで治せるよ!」
こちらを何回も振り返りながら、逃げ出すように男たちはダンジョン上の広場を後にした。魔素感知が切れるまでの範囲はそのまま待機して、範囲外に出てから仮面を外した。
「ぷはっ」
「坊や。良かったのか」
「んっ」
渡黒鴉がボクの後ろに降り立った。嘴をこちらにおろしてきたので、顔を上げてそれに触れた。見た目よりも堅く、光すら寄せ付けないソレを撫でて。
「大丈夫だよ。分かってるから」
「…………そうか。ならば、選択をしたのだな。何も言うまい」
「優しいんだね、渡黒鴉は」
「吐かせ」
バサッと飛びだって行ったのを見送り、モンドにもたれかかった。
なーんか、妙に疲れた。
「ご主人……あの草は」
「いいんだよ」
「でも……」
モンドが心配そうにしてきたので手を上げた。そこに頭を擦り付けてきたのでわしゃわしゃと撫で回す。
「……あの人達は嘘をついてたんだよ。渡黒鴉もそれに気付いてた」
「!!」
「彼らが護ってる街は魔族に襲われた。でも、魔族と直接戦ってはない。それに……さっき、全員が揃ってたからね」
外に白い息を放り出した。
あの日……ぼくが血盟ホームに謝りに行った時にいた人たちは全員いた。あと、血盟のことをギルドで調べたんだけど、その時に見た所属人数とここに来た人数が一致していた。
水をかけてきた人、罵詈雑言を吐き捨てた人、頭を掴んで頭を下げさせてきた人もいたし。これは間違いない。
彼らが魔障にかかるワケもない。魔族と戦ってすらいないのだから。ダンジョンにも潜らず、上位魔族であるノアとの戦闘にも加わらず……。
そして、ぼくをあのときのクラディスという少年と同一人物だと思わず、その場しのぎの嘘をついた。
「それでも」
と、口にした。
「ぼくの気の所為かもしれないし、今後、魔族が出てきた時のためにあの薬草を持っておくのも悪くないよ」
「ご主人の身体は……どうなるのですか」
「そんな気負うことじゃないでしょ。だって、このダンジョンの上にいたらまた咲くかもしれないんだしさ」
ダンジョン上に生える草なら、また生えるのを待てばいい。
「あの草一つで戦闘を避けれるなら安いもんだ。あの人達がいなくなったら、あの街は誰も護れないだろうから」
彼らはあの街の常在戦力。始まりの地を護る要なのだ。
そんな人達を傷つけると、モンスターの襲撃に備えるのですら難しくなってしまう。近くの王国からの援護を来るのを待つにしても、その間を耐えるのですら厳しいだろう。
それが薬草一つで片付けられるなら安い。本当に安い。
あの場面で「いや、コレはぼくの身体を治すために必要なんです」なんて言える勇気もないし、ぼくはここからしばらくは離れられないから治癒の優先度は低め。
「まっ、どのみちまた咲くんだし! ゆっくりしようよ」腰に手を当ててすっきりポーズ。あーなんか緊張した。「さっ! さっきの魔素の続きを──」
「ご主人の良いところは」
モンドはぼくの背中を鼻で突きながら透き通るような声で喉を鳴らす。
急になんだなんだと思っていると、こちらを見上げて。
「優しいところだと思っています」
「……なにさ、急に。嬉しいこと言ってさ。なにも出ないぞ」
モンドの顎を撫で回すと、今度はズイと鼻をボクのお腹の下に押し当ててきた。んぉ、と身体が持ち上げられて、目がパチッと合う。
「そして悪いところは、優しいところだと思っています」
「あ、お説教……? もしかして」
「説教なんてとんでもない。ただ、知っておいて欲しいことです」
モンドはきれいな瞳をぼくに向けたまま。
「私達からしてみれば、優しさに救われることもあります。ですが、先程のようなところをみると……ご主人はもっとワガママでもいいのではないかと思います。お身体のためにも」
「モンドにもそう言われるとなぁ〜……前よりかは成長をしてるつもりなんだけどね」
「もっとです」
「もっとかぁ」
モンスターから見たら、他人のために何かを施すっていうのがないからなんだろうけど。
……いや、モンスターも只人も『生きる』ために必要なことはそれか。
ゆっくりと鼻先から降ろされ、モンドの顎下の毛を触る。
「それに、族長が優しすぎると我々も優しくならねばなりませんから」
「それは頑張ってほしいなぁ〜、はははは」
族長って言われてもなぁ。そんな意識なんてないんだけどさ。
「それで、あの者たちは何が目的でこの森にやってきたのでしょうか?」
「ね。見張りとかもわざわざ掻い潜ってきたみたいだし」
一応、主従契約Ⅱをしたモンスター達にはここら一帯の警戒をしてもらっている。何か来た時に真っ先に分かるようにだ。もちろん、人殺しなんてはさせるつもりはないからあくまで監視という程度。
腰に手を当てて考えてみる。なんで、あの人は来たんだろう。
「ジヒル草は咄嗟に出た言い訳だろうし、あんな武装で来たってことは……ぼくらのことが依頼になってるのかもね」
「依頼と」
「そ。下の街は今はピリピリしてるから。でも、今回の一件で見逃してくれたらいいんだけどなぁ〜」
──ぺり。
頭の後ろで手を組むと、聞き慣れない音が聞こえてきた。
「「?」」
──ペリペリ。
「モンドも聞こえる? この音」
「はい。これは……」
ぼくらが見つめる視線の先、それは穴蔵の中。
そして、最後にベリッと一際大きな音が鳴ると──




