283 ぼくが歩く意味
「モンドふかふか〜…………」
「毛づくろいしておりますので」
なんかドッと疲れたので、モンドに癒やされ中。
毛づくろいしてたモンドにダッシュで近づき、お腹にダイブ。こどものころから夢だった「自分より大きな犬と一緒に遊ぶ」を実現させてくれる異世界に感謝。
渡黒鴉に聞いた話。あの薬草の使い方なぞ知らんと。
使い方を知っていたら、傷を直してもらえるかもとか期待していたんだけど。ちょっと計画が狂ってきましたねぇー……。
右手の黒い手袋を外して、木漏れ日に当ててみせる。うん、痛々しい。
(痛みはないんだけど、このまま一生コレってのはなぁ〜……)
痛みがない理由は……おそらく、ノアがこの傷に触れた時に身体への侵食が止まっているからだ。
火傷全体が魔素の塊のような状態。力の種、と言っていた。
(体の中に魔石が埋め込まれているって状態なんだろうなぁ)
取り出した方がいいのはそうだ。身体に毒なのは間違いがない。
ジヒル草をペルシェトさんの所に持ち帰ったら治してもらえるのかな。
事前に摘んでおいたジヒル草を収納袋から取り出して、鑑定をしてみる。
▶名称:ジヒル草
▶詳細:ダンジョン上部に生える草。膨大な魔素溜まりを吸い上げており、他の草よりも成長速度が早い。そのため、枯れる速度も早い。枯れた際に魔素がダンジョンへと吸収される。魔素の吸収効果を持つのは開花前の蕾の状態であるが、その状態のジヒル草を見つけるのは困難である。
▶効果:魔素の吸収
(まぁ、見たところで使い方があるわけでもない。根っこを手に絡ませてみても何も起きなかったし)
収納袋へ戻しておいた。とりあえずは様子見ができる状態だから安静にしておけばいいだろう。
モンドにもたれかかって毛先で遊んでおこう。現実逃避である。
「ご主人さま」
「ん? あ、偵察隊が帰ってきたのか」
ダンジョン上の広場がにぎやかになってきた。
「はあ〜……すごい光景だなぁ」
主従契約Ⅱの方で契約した皆をダンカンとモンドの部下にするようにして、統率を取ってもらってる。
ガイドと十六が、アンに教えてもらったことを後輩のゴブリンたちに教えている。いい光景だ。
今はスノーウルフが偵察。ゴブリンが食料調達って役割分担中だ。
今の所、こんな感じの組織図になっている。
モンド──ウルフの進化個体──スノーウルフの通常個体と上位個体。総勢、32名。
ダンカン──ガイド、十六──ゴブリン達。総勢、54名。
数が多かったから、主従契約Ⅱでも魔素はごっそり持っていかれたんだ。種族昇華するのはいなかったけどね。
「クラディス様」
「ん」
モンドの声かと思って見上げると、ちょっと違うことに気付いた。影からひょっこりともう一体のウルフがでてきていた。
「お。ハウル。どうしたの?」
この子がモンドの部下の進化個体のスノーウルフ。モンドと初めて会った時くらいの大きさで、モンドの妹らしい。
「見張りに使っている者たちからの話なのですが、先日の残党達に動きがあるようです」
「ふむ」
さすがに襲撃がアレだけな訳がないか。意地でも縄張りを広げてやるって感じだ。
「警戒はしてて。今の所、渡黒鴉が回復するまでは待機ね。先に攻めてもいいけど、ここで防衛の方が護りやすいとは思うから」
「承知いたしました」
「あ。ちょっと待って」
どこかに行こうとしたハウルを捕まえ、腰を下ろすように伝える。おずおずと座ったハウルにダイブした。
「んぁ〜……モンドとはちょっと違う毛並み。柔らかいというか、なんというか」
「兄とどちらが良いですか?」
「もちろん私の方が良いに決まってるだろう」
「んー…………ハウルの方が優しい肌触りですので」
「そんなぁ……」モンドの尻尾が緩やかに下った。かわいい。
「ならば、わたしの背中にも乗られますか?」
「お、いいの!?──って、うぉ」
フンッとモンドの鼻息が首元に辺り、服を噛まれて持ち上げられた。
「ご主人を乗せていいのはわたしだけだ。話が終わったなら仕事に戻れ」
仲いい兄妹め。
◇◇◇
「二体同時でいいぞ。かかってこい」
「前みたいにはやられないですよ、姉御」
「ご主人さまの隣に立っていいのは私ですよ、アン様」
なんか楽しいことが始まろうとしていた。こっちは渡黒鴉の傷跡とか見てんのにさ。
「止めなくてもいいのか?」
「いいよいいよ。ずっと指導してたから体動かしたいんだと思う」
大木に登って、たまに雪で滑りそうになりながら渡黒鴉の傷口を見ていく。
シュルペーの鉤爪っぽい傷跡、あとはゴブリンキングの大剣とか、そういう尖ってる系の傷口かな。魔法系はまったく受けてないみたい。
あれだけ耐性があっても傷を負うことがあるんだなぁ。レベル差とかもあるだろうに。
「うん。手当てくらいはさせてもらうよ」
ビーッと包帯を取り出した。
「なんだ……それは」
悪い顔をしているのが分かったのか、渡黒鴉が心配そうに聞いてきた。
「これは、略奪品です」
ふっふっふ。ちょっと山賊っぽいことをしてしまった。いや、別に殺生をしたわけじゃない。
みんなに森の中の警戒をお願いしていると、冒険者が森の中に入ってくるワケです。多分、この縄張り争いのこととかも遅かれ早かれ伝わると思う。
今頃、始まりの地では大変なことになってるんだろうなぁーって思う。
『モンスターが!! モンスターが!! なぜか徒党を組んでっ』
安易に想像できる。危害は加えないから安心してほしい。
まぁそんなこんなで、山に入ってきた冒険者をゴブリンが発見し、十六とガイドが出向いた。
ホブゴブリンではあるが、二人の身体能力はゴブリンキング手前の能力を持ってる。身体もデカイし。
結果として、森にやってきていた駆け出しに毛が生えたような冒険者は包帯を献上して、逃げていった。これは、その包帯である。
申し訳ないことをしたという意識はあるが、ぼくもこの雪山の長にならずに帰ろうものなら命が無いかも知れないのだ。
「渡黒鴉は動かないでね〜、包帯の巻き方は心得がある」
素直に動かずにいてくれる彼女の羽の傷口にぐるぐると巻いていく。飛翔の邪魔にならないようにね。違和感があったらダメだから。
「どうよ」
「うむ。なにが変わったか分からん」
「包帯は菌とかその手のモノが傷口に入らないようにするために必要なのだ」
「……そんなの入っても、わたしは死なないぞ」
まぁ、耐性がたくさんあるんですからそうでしょう。
「気持ちだよ。気持ち。病は気からっていうでしょ?」
「そういうものか」
「そういうものなのだ。飛べる?」
「問題はないと思うが」
「じゃあ、お試しで飛んでみて。あ、でもちょっと待ってね、降りるか──」
「構わん。掴まっておけ」
「へ」
咄嗟に首に捕まると、グンッと身体に重力がのしかかった。その後に臓器が浮かぶ感覚。
「イ”ッ”、ばっ、うぅっ……はああああ〜……」
呼吸ができなかったし、まともに心の準備もできてなかったから身体がびっくりしてる。心臓も驚きすぎてのたうちまわってるし……。
「坊や。目をあけてごらん」
「んっ…………あ、わああっ……!」
優しい声色で言われ、ゆっくりと目を開くと太陽が橙色になって沈んでいくところだった。
地面に居た時には見上げてばかりいた巨大な木々が下に見えて、みんな可愛く雪化粧をしている。
「すごい…………きれい」
ふ、と後ろを振り返ると、それはダンジョン上に一本だけ生えている巨木だった。上を見上げると、葉っぱがようやく視えた。
これだけ高く上がってもまだ上があるのか。ダンジョンの魔素で成長をする……下位ダンジョンの木よりも大きい。
「渡黒鴉は……いつもこんな風景を見れるんだ」
「いいものだろう。早くあの子が産まれたら、ともに空を飛び、他の鳥どもを食い殺してやりたいところだ」
「あはは……物騒」
真っ黒い吸い込まれるような毛並みは高級な絨毯のようにふかふかで、でも芯が通っていて、触り心地がなだらか。
そんな首にしがみつきながら、そういえば、と。
「ねぇ、渡黒鴉。なんで、冬の間で子育てをするの?」
「……他の鳥どもを殺し、子を生かすためだ」
「? それが理由……って」
「この時期が終われば、他の鳥どもは子を生み、育てる。同じ時期に子を産めば、他の者共に我が子が負けるかもしれん。だから早く産み、冬の間に狩りの練習までを終わらせるのだ」
「暖かい時期に生んだこともあるの?」
「ある。虚弱な子が産まれ、他のモノに食われた。だから、この時期に産み、育てることが結果的に子どものためになるのだ」
渡黒鴉なりの子育て感というか。モンスターならではというか。外敵がいるからこそ、冬という外敵が少ない時期に子育てを終わらせておく、という。
「春になると一人で生かすこともあるって聞いたけど」
教科書にかかれていたことを思い出しつつ聞いてみる。こういうのは生の声を聞けることなんて滅多にないからな。
「そうだな。それも必要だ」
「それも生かすため?」
「甘やかすことが子どもの幸せに繋がるならば甘やかすだろう。なにも……子どもを過酷な場所に放り出したいワケでも、好き好んで争いをしているワケでもないのだから」
「……って、ここに居る理由は強いやつと戦えるからって言ってたじゃん。矛盾してない?」
「? していないだろう。戦いたくはないが、力がなければ死ぬ。当然のことだ」
あ。という言葉だけがぼくの口から落ちていった。
自然の摂理。この話は別にモンスターだからという話で片付けられるようなものではない。只人も同じだ。
……そして、ぼくも、そのことをよく知っている。
「戦いたくないと甲高い声で泣けば誰か助けてくれるのか。喰らおうとする者の口が閉じるか? 坊やなら分かるだろう」
「……わかるよ。転生者だし」
「故に、わたしはココに立つ」
久々に背筋が伸びた気がした。
忘れては思い出す。
弱ければ死ぬ。
転生者は異物であり、取り除かれる運命だと。
助けを求めても誰も助けてはくれないのだと。
──全部、知っているのに、忘れてしまう。
目の前のことが美しく、楽しいから。
元の世界で得られなかった刺激が、ぼくをただの少年に戻すのだ。
そして、しばらくしたら、思い出す。
自分は転生者なのだと。
自分は力をつけなければならないのだと。
「ありがとう……渡黒鴉」
息と一緒に、声がこぼれ出ていった。
渡黒鴉の首に自分の頭を擦り付けた。
「おかげで、ぼくの歩く意味を思い出すことができた」
その後、しばらく渡黒鴉と世間話をしながら空を飛び、地上に降りるとぼくも身体を動かすために戦闘訓練に混ざっていった。




