282 主従契約Ⅱ
かくしてダンジョン上での生活が始まった。
とりあえずは、仲間はずれ状態だったホブゴブリンのガイドと十六を呼んで説明をした。アンがまた食べれる木の実や近くの川へ行ってみて、食材選びに奔走してくれるみたいだ。
あとは先日の縄張り争いで主戦力を失った縄張りの場所を大まかに把握をしておく。仲間になるかもしれないが、期待はしていない。モンドとダンカンがそういう奴なだけであって、他のモンスターがそうであるという可能性は低い。
そもそも忠誠心がないと契約はできないしな。
「渡黒鴉もさ、穴に入ったら? 寒いんじゃないの?」
「寒くなどない。幼き頃から寒さには耐性があるのでな」
「卵は? あっためなくていいの?」
「寒さに当てておかなければ、耐性など得られる訳もない」
生まれる前からスパルタ教育ですか、そうですか。
卵はあくまで放置と。大丈夫なのかな。まぁ、渡黒鴉流の子育て方があるのだろう。部外者がとやかく言う必要はない。
「……で、これは?」
渡黒鴉との会話が終わるとモンドとダンカンが引き連れてきたのに視線を向けた。説明を求む。そんな視線を送ると、ダンカンは胸を張って答えてくれた。
「旦那の魅力をつらつらと語ってやったら、仲間にしてくれと言ってきた。忠誠心は保証するぜ」
次はモンドくん。キミはどうなんだね。
「族長を殺した後、問いかけました。そして応じた者だけを連れてきました」
そんな嬉しそうな顔をしながら言わなくてもさ。
ダンジョンの上にはたくさんの新顔が並んでいる。いつも森で見るような子たちばかりだ。なにを隠そう、モンドとダンカンが連れてきたのはゴブリンとスノーウルフ達。ウルフの方には上位個体や進化個体もちらほらといる。
「えーと」
こういう時、どうしたらいいんだろう。
(エリル〜? どう対応するのがベストなのかな)
(全員と契約するのは難しいです。ので、ちょっとグレードを下げましょう)
(グレード? 主従契約を結ぶんじゃないの?)
(いえ。主従契約Ⅱです)
(つー……もうなんでもありなんだ〜)
(むっ、そういうワケではありませんよ! ちゃんとした契約方法ですっ!)
話を聞いてみるとぼくが結んだ【主従契約】は強い契りなのだという。
そして、もう一つの契約方式である【主従契約Ⅱ】というのは、言ってしまえば弱い契りという立ち位置。
何が違うのかを大まかに言うと、与える魔素の量が異なるらしい。
イメージでいうと主従契約で結ばれる主人側は社長で、従者側が部長とか課長とかって感じ。で、主従契約Ⅱとやらは、その部の中の平社員達って感じ。
要するに、リーダーにしたいヤツには主従契約で、そのリーダーが率いるその他大勢には主従契約Ⅱって感じか。
「なら、それにしよう」
穴蔵から出て、きれいに並んでいるゴブリンとスノーウルフに目をやる。その先頭にはダンカンとモンドが立ってる。すっかりボスの顔になってる。
全校集会の校長先生ってこんな感じなんだろうなぁと思いながら、あーあー、と喉を鳴らす練習。おっけー。
「少し、話を聞いてもらえると有り難い」
雰囲気を出して話してみよう。亜人なんだし……そんな自覚ないけど。
「ぼくと契約を結ぶという話だが、それに際して一つだけ」
人さし指を一本だけ立てた。
「ぼくと敵対する者だけを攻撃をするよう。決して、罪のない者を襲わないと誓ってもらいたい」
威圧のやり方なんてわからないが、コミュニケーションとかは第一印象が肝心だとみんな言ってたしな。ぼくはフレンドリーな上司が好きだったけど、こんな大勢の上司となるんだったら……ある程度は締りのある態度を取った方が良いだろう。
「いいね?」
目を細めると、ゴブリンやスノーウルフの一部が気絶するように倒れてしまった。
「えっ、あ、え。貧血……?」
辛うじて姿勢を保ってる者もふらふらと苦しそうな顔を浮かべている。
一方で、ダンカンとモンドの顔は真剣な表情のまま笑みを浮かべている。なによそれ。なんの顔ですか。
「ま、まぁ。さっきのことを守ってくれるならいいよ〜! はい、契約していきますね〜!」
パンッと手を打って、まずはゴブリン達の方にトトトと歩いていった。
もーーーー、慣れないことした。ちょっと恥ずかしい…………。
◇◇◇
一部始終を見ていた渡黒鴉は目を愉快そうに細めた。
広場中に並んだモンスターに怯えず、目の前に立ち、あろうことか威圧をやってみせた。
少年が「いいね?」と確認するような言葉を発すると、ピリッと空気が一瞬だけ重たくなった。
気の所為ではない。重圧にも取れるソレが原因で、一部のモンスターが気を保っていられなくなったのだ。
ゴブリンロードとキングウルフもそれに気付いている。
仲間たちがバタバタと後ろで倒れているというのに、少年の方を真っ直ぐ向いて、肌がひりつくのを楽しむようにしている。
あくまでクラディスに絶対的な信頼を置いているのか、日が浅いというのにその忠誠心は高いらしい。
──モンスターほど、強者と弱者が明確に分かれているものはない。
通常個体、上位個体、進化個体、上位進化個体、王個体、統括者個体、と。
その上にもモンスターではなく魔族がいる。魔族も下位個体、上位個体。その上に魔王がいる。
立場の弱い者は立場の強い者の下に着く。この世界の摂理だ。
下剋上などを考える者もいるが、主従契約が結ばれた時点でそれもまずはないだろう。
(それにしても……モンスターと只人が主従契約を結ぶとは)
従魔契約とはまた違う契約方式。渡黒鴉も初めて見るモノだ。
モンスターと只人の間で結ばれることが多い契約は従魔契約。種族差がなくとも契約ができるのが利点で、召喚士などが主に使う契約方法だ。
が、モンスター側や只人側から一方的に切ることもできる。心の底から従属をせずとも結ぶことができる。いわば、簡易的な契約方法だ。
只人同士、魔族同士でも契約というのは結ぶことが難しいというのに、それをモンスターと契約してみせるとは。
(亜人で転生者。おもしろい奴がいるもんだねぇ……)
そこからは空気が変わって、一体一体と主従契約を結んでいっているが彼らも気が気でないだろう。
契約中に何体かは気絶してしまっていた。その度に少年はあたふたとして、心配していた。
それらを渡黒鴉は面妖なことを見るように眺めていた。
「そういえばさ」とクラディスは渡黒鴉を見上げてきた。「今思い出したんだけど」
契約も途中だと言うのに、どうしのただろうかと首を傾げる。
「薬草を守ってるならさ、それで傷を直したらいいんじゃないの?」
「ふむ。なにか勘違いをしているな」
渡黒鴉はその貴重な薬草とやらに視線を向けた。
「アレは傷を治すようなものではない」
「えっ」
「効果を知らずに言っているのか? アレは、魔素を吸い出すモノだ。我々が使う理由はないぞ」
ダンジョン上に稀に生えるあの薬草──ジヒル草というのだが、アレの使用目的は治癒などではない。クラディスもペルシェトからそう説明されたハズだというのに、絶妙に勘違いをしていたらしい。
「あー……そういえば、そうとかなんとか」
魔素を吸い出す。その使用用途は濃い魔素に中てられた人の治癒に使われる。つまりはモンスター達は使う理由がない。魔素に身体を侵されることがないからだ。
只人にとっては価値があるものであり、モンスターにはただの草と同義。だったら、とクラディスはまた見上げた。
「なんでソレを守ってんのさ」
当然の疑問だ。それに返す渡黒鴉も当然、といった顔で。
「アレを守っておけば、強い只人と戦えるだろう?」
「戦闘狂なのね。了解した」
ジヒル草を取りに来た冒険者達との戦闘を心待ちにしている。モンスターらしいというか、なんというか。クラディスは聞きたかったことが終わったのか、契約に戻っていった。




