281 渡黒鴉とのお話会
「じゃあ、改めまして。挨拶でもする?」
「要らん」
「アンという名前だ。あるじが名付けてくれた」
「要らんと言ったが」
「アンには渡黒鴉の声が聞こえないんだ。ごめんよ」
ダンジョン上の広場をあらかた片付けると、渡黒鴉が目の前にゆっくりと降りてきた。まるでラスボスのような登場の仕方だけど、敵意は感じられない。警戒はしているみたいだけど。
なので、いまは武器を収めてお話タイム。
で、目の前で鼻を鳴らしている彼女なんだけど……鑑定結果、とんでもないバケモノだと分かった。
まず手始めに鑑定結果を、どうぞ。
個体名:渡黒鴉──成熟個体
耐性:打撃攻撃大幅軽減、衝撃耐性軽減、魔法攻撃大幅軽減、状態異常無効化、精神攻撃耐性、虚弱耐性、威圧耐性、寒冷無効、疲労耐性
特筆事項:産卵期のため、凶暴化の可能性
弱点:レベル差により不明。
耐性がてんこ盛りです。その上、アンの感知スキルの内『脅威感知』がずっと止まないらしい。肌がチクチク頭がガンガン。アンよりも格上であることはこれで明らかになっている。
レベルまでは明らかにはなっていないけど……多分、とんでもないレベルなんだろうなぁ。弱点も見えないし。逆によくあのモンスター達がこうやって傷を与えれたんだと感心する。
「狙いはなんだ」
羽の怪我をぺろと舐める渡黒鴉。隠し事しても見破られそうだから正直に。
「きみと戦うために」
「……? 頭がおかしいのか?」
「僕たちは万全な渡黒鴉と戦う必要がある。から、早く傷を直してほしいんだ」
「ぷっ、ハッハッハッハ!!」
おもわず渡黒鴉が吹き出して、バサッと風で僕らを煽った。どうも機嫌が良くなったみたいだ。
「それはそれは──……嘘ではないようだな」
「看破でもやった?」
「長く生きてるとね。色々と分かるものだよ」
年の功とでも言うつもりですか。まぁ、渡黒鴉ほどのモンスターならその場しのぎの嘘なんて付かれ慣れているだろうから、そういうことを言っているのかもしれない。
「キサマの傷が治るのは、あとどれくらいだ」
「まぁ待ちな。このダンジョンの上にいたら、魔素が回復してくれるよ」
アンの問に答えても肝心の声が届いていない。翻訳係でもしてみますか? せっかくだし。
「ダンジョンが回復してくれるってさ」
「そうですか。……まだかかりそうだな」
説明をしていると、渡黒鴉がふむと首を傾げていた。そして、喉あたりを押さえはじめて。
「…………あー、あーー……どうだい? 只人の言葉だが」
「お」
「聞こえるかい? ダークハーフエルフの子よ」
こくりとうなずくアンに満足気に嘴を鳴らした。驚いた。只人の言葉を喋るか。喋るほどの知能があるとは勉強会で学んではいたけど……。
「久方ぶりだからね。ちくと言葉が違うところもあるかもしれない。だとしたら悪いね」
「お上手ですよ、ご婦人」
「そんな年齢でもないんだがね」
翼を器用に動かして、おばあさんのリアクションのマネごと。
もしかして、この渡黒鴉……面白いのでは?
「今日は良い日だ。おまえさん方が雨風を凌げるくらいの穴蔵ならあるよ。卵もそこさね。──触ったら頭から食い散らかすから、気をつけな?」
前言撤回。殺意マシマシだ。言葉遊びというかそういうのが面白いだけで、まだ完全に信用はされてない。
そりゃあそうだ。いっても凶暴化状態。理性を忘れて暴れていないのは、彼女が産卵できるギリギリの年齢だからか。
若い時に出会ってたら、おそらく言葉を交わす前にここにいるボクたちは食い殺されていただろう。
◇◇◇
穴蔵に案内してもらうと、そこはダンジョンの上にある一番デカイ巨木の根本だった。ぼくが何も知らずにやってきたら「お、ダンジョンの入口じゃん!」って入りそうなくらいでっかく立派。
ちゃんと行き止まりがあるし、その先には卵がふさふさな草の上に転がってる。
怖いので近づきません。卵に手を出すとか、子どもとかに手を出すのってやっぱり抵抗感ありますよね。ずっと入り口から渡黒鴉が睨んでるし。こわいですよ。
上を見上げる。渡黒鴉も入ってこれるほど。というか、モンドが入れるんだから渡黒鴉も余裕のよっちゃんで入居可能です。
「で、なんだい。あんたは」
穴蔵でゆっくりしようとすると、渡黒鴉が襟首を器用につまんできて吊り下げられた。
ぼくのこと? と指をさすと、頷かれる。
「そこのはゴブリンロード。で、そっちはキングのウルフだろう? それと素早いダークハーフエルフ。そんな奴らに慕われてるアンタ」
「んー……なんだいと言われても……」
ねぇ? と後ろを振り向くと、モンドとダンカンは頷いていた。
「たしかに、ご主人が何者かは気になっていました」
「うむ。ただならぬ気配は感じてたが」
「ふふん」
この中で、一人だけドヤ顔の人がいます。誰でしょう。まぁそんなことはどうでもいい。だから、アンのドヤ顔は置いておいて。
何者なのかって言われてもなぁ。……まぁいいか。
「ぼく、転生者なんだ。よろしく」
「ほお」
渡黒鴉の瞳が大きく見開かれ、嘴をお腹あたりに押し付けてきた。くすぐったいですって。
「転生者とキタか。それに、この感じはただの人族じゃないねぇ」
いろんな角度から見られる。パチパチと綺麗なお目々。わっ、まつげ長っ……びっくりした。
「白状しな。気配で分かるんだよ、こっちは」
「……一応、亜人らしいです」
「! 亜人! デミ・ヒューマンか! 初めてみた」
わぁ、その反応なんか嬉しい。学歴マウントを取る人ってこんな気持なのかなぁ。
というか、モンスター相手だったら、なんでも気軽に言える。今の会話を人に聞かれてたら即刻拉致監禁斬首の流れだろうし。
後ろの方でダンカンとモンドも驚いてらっしゃいます。皆の中では「亜人」ってどういう立ち位置なんだろ。ってか、亜人って聞いて驚くってことはそれなりに只人に対しての知識があるのかな。
「まぁでも、亜人っていっても……なんにもできないので、あはは……」
「そんなことはないだろう。現に、粒共を従者にしているではないか」
「縁があっただけだよ。ダンカンとモンドもぼくを攻撃してこなかった。ダンカンに限っては勇気を見せてくれた」
「角で震えてただけですがね」
あらあら、なにを言いますか。
「無謀と勇気は違うさ。あの時、ぼくに突撃するよりも逃げる選択を取ったり、怯えることができるのはそれだけでも他のゴブリンとは違う。自分たちで考えて行動ができるってことだからね」
渡黒鴉が気を利かせて地面に下ろしてくれた。さすがに吊り下げられたまま語ることじゃあないか。ありがとう。
「……それに、ダンカンは、ぼくがゴブリンの言葉が分かると理解したら仲間を護りながら最善の提案をしてきた。だからぼくはダンカンとガイド、十六を仲間にしたんだ」
攻撃もしてこなかったしね、と。一回でも攻撃をしてきてたら話なんて聞くつもりもなかった。一回手を出したのに「助けてくれ」っていうのはさすがに無理がある。
あのときのダンカンは力強い瞳をしていたよな。よく覚えてる。
「モンドも。オークの強いやつの攻撃から助け出してくれた。で、共闘を選んでくれて、そのまま言葉も分かっていない状態で着いてきてくれた。他の子はそんなのできないよ」
クールな顔をしているモンドの尻尾が元気に動いていた。かわいいやつめ。
「二人は選択してくれたんだ。ぼくの仲間になることを。だから多分、亜人じゃなくても何かしらで仲良くなってたと思う」
「…………」
「あ、ダンカン嬉しそう〜」
「……はい」
「おぉお、お、素直になられると困るというか、なんというか」
でっかい任侠者の人の頬が赤らんでるのって見るの初めて。かっこいいんだから、ギャップになっちゃうよ。萌えはしないけどさ。
「まぁ、ぼくの方はこんな感じだよ。なにも特別なアレじゃあない」
「……オマエは変なんだな」
「転生者だからね。次は渡黒鴉の方の話も聞かせてよ。傷が治るまでは一緒にいるんだからさ」
「なっ、傷が治るまで本当にいるつもりなのか?」
「うん。それまでの間は、ぼくたちが護衛になるよ。傷口を広げたら許さないから。ね?」
三人に促すと、頷いてくれた。同意は得られた。
「それは……しばらくは、喧しくなりそうだねぇ」
渡黒鴉からの同意も得られたことで、ボクたちの当面の方向性が決まった。
自分たちよりも強いこの渡黒鴉の母親を護る。そして、傷が治ったら勝負をする。
拠点もここに移した方がいいだろう。
あとは、ガイドと十六にも話を通してーとやることが色々とあるなぁでも、ちょっと楽しくなってきた。




