279 アンVSシュルペー
『KYYYYYYYYYY!!』
「きんも」
木々を飛び回るシュルペーの前にアンは立っていた。
移動する彼らの速度は、木々がガサと揺れたと思うと次の木へ移っているというほど。
まさに、俊敏、という名をほしいままにする。
森林地帯における最速のモンスターは間違いなく、彼らだろう。
身体の大きさは人ほどであるが、人との見分けは容易につく。
脳みそが肥大しているのか頭部だけが異常に膨れ上がっており、舌も長い。指が人間の関節の倍はあり、爪も黒く、鋭い。夜にみたら失禁しそうなほど気持ちが悪いもの。
『KYYYYYY!!』
「速さ自慢……か。だったら、もういいか」
拳殻を装着している手首を回し、拳を握る。
シュルペーの数、おおよそ──12体。それを前にして、わざわざ森林部に近づくアンは、あるところで足を止めた。
「……」
そこは森林に入り込んだ平らな土地。
シュルペーにとって最も戦いやすい場所だった。
「かかってこい」
そう言い、スッと目を閉じると、だらんと脱力をした。
戦闘放棄とも取れるその行動にシュルペーは舌なめずりをして、唾液が木々の間に線となって落ちていく。
恰好の的だ。
高速移動をしながら、皆で狙えば──
肥大化した脳みそでアンという敵を殺す算段を立てて行く。
そして、それは訪れた。
『KYYYYYYYYYYY!!』
木に飛び移ったままの速度を殺さず、アンに向かって真っ直ぐへと伸びていく。
その速度は時速200Kmを超える速度。緩急のことも相まって、一瞬にして目の前へと鉤爪が届く。
アンの皮膚に触れようとした瞬間──ソイツの脳みそが破裂した。
「次」
何をしたか分からなかった。
ただ、先に向かった奴が砕けて死んだ。
──ピタ、と。
「止まったな」
ギロと見上げるアンの視線に、いつの間にか自分たちが体を止めていたことに気づき、焦りの鳴き声を返して再び木々を移動していく。
次は一斉に攻撃だ。
一斉に、一斉に──と、気づいたことがあった。
──数が減っている。
ハグレたのか? いや、だとしても……逃げたのか? 何も命令は聞こえてこなかった。だとしたらなにが……。
シュルペーは脳みそをフル回転させながらも、移動は止めずに爪と爪を擦り合わせて研いだ。
『KYYYYYYYYYYYYYYYYY!!』
「それが最高速か?」
枝を使って回転をしようとして、目の前にアンの姿──ふわ、と浮かんで、拳を引ききった鬼のような少女の姿があった。
『KYYッ──』
ブレーキの効かない体はそのまま吸い込まれるようにアンの拳にぶつかった。
顔面を穿った拳はそのまま背後にあった木を貫通し、へし折るまでに至る。轟音が森中を揺らす中でアンは、薄い胸元についた葉っぱを叩きながら呟いた。
「速さ自慢の奴は攻撃が分かりやすい。速度に慣れていない証拠だ」
背後から伸びてきたシュルペーを皮一枚で避け、伸びていた舌を下からのかちあげて噛みちぎらせた。
「次だ」
血液を浴びながら、アンは歩く。歩く。あるきながら、襲いかかるシュルペーを避け、カウンターを的確に浴びせていく。
ダンッ、ゴンッ、グンッ、ガンッ。
一体。また一体とアンの拳に触れた瞬間、死んでいく。
数がみるみるうちに減っていき、そうして残ったのは一際大きな個体──上位進化個体。
『KYYYYYYYYYYYYYYYYY…………』
「速さ自慢なんだろう? 来いよ。来ないなら──」
グイとアンの重心が前に乗った。
刹那、今まで隠れていたシュルペーが現れ──
「……」
死んだ。
『KYYY……?』
視えなかった。
唯一、分かったのは……全て、アンが立っている反対側に向かって脳みそが弾け飛んでいるということだけ。
空中にあったシュルペーの身体は出てきたままの姿で亡骸となり、地面に沈んでいく。
「数が減ったと思わせて、待ち伏せか」
血液すらも着かず、残った胴体に衝撃すらも残さない早業──
「脳みそがデカイ癖に考える策は凡だな」
シュルペーの本能が訴えかけた。逃げろ、と。
予備動作なしに後方へ飛び退き、木を掴むとそのまま森の奥へ──ダンジョンから離れるように──……。
森の中で、シュルペーの移動速度の右に並ぶものはいない。
鈍重な亜人種には到底追いつけるわけもない最高速を保ったまま──横に降り立ったアンに気付いた。
『────』
「じゃあな」
上げていた右足が脳天直下に突き刺さる。
言葉を発する前にシュルペーの身体は地面へと落下し、二つに分たれていた。
「速さ自慢だったんだろうが、あのクソガキの方が何倍も速いな」
こういう形で訓練の結果が出たことに、アンは嫌そうな顔を浮かべた。




