278 族長争い
戦闘に加わる形で身体を広場の上に投げ出した。まだこちらを誰も警戒をしていない今が好機。ぼくが真っ先に向かったのは渡黒鴉の後方だった。
駆けて、モンスターの間を縫って、渡黒鴉へと殴りかかろうとしているモンスターの眼球に《ホワイトボグの短剣》をねじ込んだ。
「よぉ、ウッグ」
『GAAAAAAAAA!?』
暴れる体を蹴り上げながら、武器を引き抜いた。
「相変わらず、大勢で囲むのが得意みたいだな、オマエら」
とりあえずコレでスペースの確保が完了だ。あとは……。
「渡黒鴉ッ!! 加勢する! 話はコイツらを片付けてからだ!」
聞こえているかどうかは分からん。周りが煩いのだ。校長先生もうんざりするレベルの騒々しさだからな。でも、急に言語理解を介して伝えられる言語は耳に入るハズだと信じて。
「僕らを攻撃した瞬間、僕らもオマエを攻撃する! 賢いオマエなら分かるはずだ!」
仲間の恨みを晴らすべく詰めてきたウッグの攻撃を捌くと、渡黒鴉から向けられていた警戒心がフッと止むのを感じた。
これで、背中が安心できる空間になった。
「ははっ……利用できるもんは利用しなきゃな……!」
いくら凶暴状態だとは言え、まだ己を見失ってはいないらしい。第一目標は卵を護ることだろうから。
「じゃあ、やろうか」
あとはぼくはぼくの戦いを始めるだけ。心置きなくやろう。
「戦おう。久々に、なぁ? ウッグ」
両手を広げ、魔素を空中に侵食させていく。
一体多。その戦闘のやり方を、ぼくは目をかっ開いて見てきた。
今回は……それを実践するだけだ。
「かかってこい──ぶっ殺してやる」
あの日のケトスの動きを再現してやる。
◇◇◇
クラディスが先陣を切った瞬間、従者達は合図もなにもせずとも己の敵の前へと降り立った。
スノーウルフのモンドは、狼の群れと
ゴブリンのダンカンは、ゴブリンの群れと
そして、アンは……シュルペーの群れの前へと。
数がそこまで多くないオークは手が空いた者が処理するということに。
それぞれが軍勢を前にし、三人は顔は緊張……どころか、赤色の喜びを宿していた。
「旦那がオレを頼って、暴れろと言ってくれた……!」
「貴様らを屠れば、ご主人は喜ばれるのだ」
「あるじの雄々しい姿に……わたしは感激をしている」
はあと気の抜けたような温かい吐息を零すと……三人の目は刃先のように鋭くなった。
「行くぞ」
一斉に駆け出すと、一番最初にぶち当たったのはダンカンとゴブリンの群れだった。群れを率いるのはゴブリンキングが二体。魔法を放つことのできる妖術士タイプと大きな武器を持つ戦士タイプ。
他はホブとゴブリンの有象無象。ダンカンの視界にすら入らない。
「なぜっ、ゴブリンが渡黒鴉の加勢を!」
「あんな鳥が目当てじゃねぇよ──オレがほしいのは、旦那の喜ぶ顔だ」
担いでいた大剣を大きく振り抜いた。
豪腕で振られた大剣は刃こぼれをして、切れ味など失われた一品。しかし、標的の切り替えがままなっていないホブゴブリン程度ならば、先の一撃で仕留めることなど容易い。
次の踏み込みで、二体を。次の踏み込みでは四体を。ゴブリンも巻き添えにする圧倒的な膂力、そして腕のリーチ。
「ハッハァッ!」
刃先に着いた赤黒い血液を雪の上に散らしながら吼えた。
「かかってこい! ガキども……ッ! 軍門に降るか、死か!!」
「黙れッ!!」
「あン?」
ダンッと地面を大きく蹴る音が聞こえ、上を見上げると戦士タイプのゴブリンキングが空中に浮かんでいた。
その大きさはかつて、ダンカンがホブゴブリンであった時の群れの長よりも大きく、腹も大きい。【小鬼之王】となって、幾つもの季節を過ごしたのだろうと感じる。
だが──それが、どうした。
ダンカンは大剣を地面に突き刺し、素手状態に移行。
「!? 舐めるなァ!!」
「舐めてなんかねぇよ」
体重を乗せたキングの振り下ろしに右の裏拳を合わし──大剣を叩き割った。そしてそのまま、狙い定めた左拳が弧を描き、キングの顔面に突き刺さった。
破片がダンカンの頬や足を掠めるが、もちろんキングの方が重傷だ。
「まさかっ、貴様は統括者──」
よろけたキングに近づいていくと思いっきり頭突きをし、クラディスからもらったマント──ゴブリンキングが身につけていたモノ──をたなびかせたまま、キングの頭を鷲掴みにして氷の張った湖に叩きつけた。
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
「なぜ、統括者が……我々の前に立ちはだかるのですか!」
魔法使いの質問に答える間もなく、ダンカンは戦士タイプのキングの頭を氷に擦り付け、魔法を使う個体の元まで大股で近づき、握っていた身体を振り上げて手放した。
クマよりも大きな体が空中を裂くように移動した。
「ブッ──!?」
咄嗟に避けることも叶わず、倒れ込みの巻き添えとなり、二体のキングがダンジョン上に背中から落ちた。
「答えがほしいかぁ?」
そして、血まみれで気を失っている戦士タイプのキングの体を退かし、空を見ると──青白い舌を出しながら笑っているダンカンの姿。
「──旦那がそう望んだからだよ」
その姿は、まるで……悪魔だ。
主従契約。
それは、見せかけの忠誠心では成立しない契約だ。
亜人とホブゴブリンだったダンカンの間に成された契約によって、今のダンカンは、ゴブリンとしての凶悪性とクラディスの忠誠心を兼ね備えた悪魔となっていた。
◇◇◇
ダンカンが広場で大暴れしている中、モンドは静かな怒りを宿し、スノーウルフの群れへと向かっていた。
戦いを止めて、歩み寄ってくるかつての敗残者をみるスノーウルフは、目を疑った。モンドの周りに蜃気楼が見えた気がするのだ。
──怒りの煌が体の内にだけ留まっていない。
「群れの長よ。未だあなたは若き種をイタズラに浪費しているのですか」
チラと目を向ける。ケガを負っているのは若き者だけ。上位進化個体の群れの長は毛に汚れすらも着いていない。
「長ともあろう者が、高みの見物ですか」
「オレとの争いに破れた者が口を出す権利は無いぞッ!」
かなり空いていた間合いを詰め、噛みつこうと口を開けた長。
──ギロッ。
「!?」
それを睨みだけで制圧した。咄嗟に後ろに飛び退いた長の毛は逆だっていた。
──野生の勘。
今、攻撃を仕掛けたら……負けていた……?
汚れのない顔につつと汗が垂れる。が、彼とて群れのリーダーである。必死に顔に強気な表情を浮かべて。
「今更、何の用だ! 貴様を慕っていた者はこの群れにはもういないッ! 破れた者は去るという話だったではないか!」
「えぇ。その通りです」
が、モンドにしてみればそれこそ今更だ。
モンドを慕っていた者。……言いかえれば、今の群れの長に反抗的だったウルフをモンドが破れた日に全員追放しただけのこと。そして群れに残ったのは、恐れて声を上げることができない若き者達のみ。
「が、聞きたいことがある」
自分が生きやすい環境を作り上げるために邪魔を排除した。そして、己の地位が揺るがぬように……。
「その私を慕っていた者達にオークをけしかけたのは、あなたですか?」
「!!」
その問に、必死に取り繕っていた長の顔が歪んだ。
「どうなんだ? 答えは──」
モンドが一歩近づくと、長は二歩下がる。だが距離は縮まっていく。
種族昇華によって【雪狼之王】になったモンドは、かつての身体の二倍の大きさとなっている。
恐れをなして後退する者の歩幅なぞ、たかがしれている。
「貴様が我々を裏切ったから!!」
「我々を?」
笑わせる。
「あなたがふらっとやってきて、群れを奪っていったのではないか。それが、なんと言った? 我々、だと?」
「今はッ! オレの群れだ! オマエの群れではないッ!!」
必死に叫ぶ群れの長の前で、モンドは前足を雪にグリグリと押し当て……目を上げた。
「……つまり、オークの件を認めたということで構わないな?」
声色が一気に冷え込む。
周りのスノーウルフ達も固唾を飲み込んで見守っていた。
長の目は焦点が合っていないかのように揺れ、喉の唸りも威嚇から恐怖に対してのものへと代わりつつある。
「……ッ!」
だが、そんなの、プライドが許すわけがない。
「お前ら!! 殺せッ! ソイツを殺せ──ッ!」
長は決死の覚悟で、ダッと前に飛ぶようにして距離を詰めた。
一匹で。
「──!?」
そう、周りの者たちは動かなかった。
動くことができなかった。そんな選択肢など頭になかった。
何故なら──群れの長は、彼らの中で以前から決まっていたのだ。
「──っ! オレは!! 群れの長だ!!」
彼はスノーウルフの長。
かつてのリーダーを殺して、群れの長になった優秀なオス。
「縄張りの主で、前のリーダーもオレが殺し──」
「もう、喋るな」
──ガツンッ!
長の視界が、一瞬、暗転した。
「ッ〜!?」
咬合しようとした口が、真下からの衝撃で強制的に閉じられたのだ。下顎が上顎にぶつかり、鼻が目を隠すように上に跳ね上がり、長の身体は宙を舞っている。
なにをした?
「──貴様に殺されたリーダーは私の父だ」
真下から聞こえる声。アイツが魔法を使ったのだ。
そうだ。そうに違いない。アイツは魔法が使えるから──
「──……」
身体の違和感がそのまま違和感となり、思考に届く。
本当に、それだけか? と。
魔法だけでこんなことになるのか?
たかがアイツの魔法一つで、喉に穴が開くのか?
空中に放られた長の身体は落下の姿勢を取ることはできず、背中から落下した。幸い、雪の上。そこまでの衝撃は無いが……喉から絶えず落ちていく血液が白雪の上で斑点模様を作り出していた。
「……っ、ッウ!」
だが、そんな血液なんぞどうでもよい。
長が見つめるのは一点。自分を貫き、打ち上げたモノ。
「これか? これはご主人さまから頂いた力だ」
その信じられないという視線に答えを与えるようにモンドは優しく笑った。
長を下からかちあげたのは【氷の槍】とそれに螺旋状に纏わりついている【黒い魔素】だった。
槍に巻きつけるように魔素を這わすことで貫通力を上げたモノ。もはやそれは槍ではなく、穿孔機だ。
クラディスとの主従契約によって、モンドのステータスに新たに加わったユニークスキル──【魔素操作】。
モンドの周りでは黒いモヤがかかり、空中に溶け、それらは地面の雪を伝って長の方へ伸びていた。
「がっ、ぼ、ごっ、ぐぃ……」
長から発せられた罵詈雑言は喉から血液となって外へ放り出される。気泡になり、キレイだった毛を赤色に染め、雪をも染めていく。
「オマエを殺せば、群れを率いるのは私となる。かつての族長の争いをしようじゃないか。なぁ……おっと、名前は……なんだったかな」
一歩、一歩と距離を詰める。
長は立ち上がろうとして、バランスを崩して、その場に倒れ込んだ。
なにが、と下を見たら──
「! ぐ、ぃ、ぎぁ、ぎ」
モンドから伸びてきている黒い魔素が足に絡みついていた。
このままではまずい。立てないと、なにもできない。
ズッと雪に足を埋める音が、頭の上で聞こえた。
「……そもそも、オマエに名前なんてものがあったか……?」
振り上げた前足を、倒れ込んでこちらを見上げることすらできない長の後頭部に振り下ろす。
「さらばだ。名もなき長よ」




